量的研究はリンガ・フランカ(加藤憲司)
連載
2014.03.24
量的研究エッセンシャル
「量的な看護研究ってなんとなく好きになれない」,「必要だとわかっているけれど,どう勉強したらいいの?」という方のために,本連載では量的研究を学ぶためのエッセンス(本質・真髄)をわかりやすく解説します。
■第3回:量的研究はリンガ・フランカ
加藤 憲司(神戸市看護大学看護学部 准教授)
(3065号よりつづく)
第2回に続いて,量的研究の二つの特徴のもう一つ,「リンガ・フランカ」について説明します。「リンガ・フランカ」とは,異なる母語を持つ人同士が意思疎通するために用いる共通言語を指す言葉です。
世界のグローバル化と統計学
世界はいわゆるグローバル化が進行中です。グローバル化とは,「世界のどこへ行っても同じ制度やルールが通用するようになる変化」と表現できます。たとえば世界のどこへ行っても同じ味・同じサービスを受けられるファストフード店やコーヒーショップの普及は,グローバル化の象徴と言えるでしょう。
言語についても同様です。2005年の文科省の資料1)によると,英語を母語とする人は世界で4億人と中国語の9億人を大きく下回りますが,英語を公用語・準公用語として用いている国々の人口で見ると20億人を超えます。つまり英語を用いている人の大部分は非母語話者(ノンネイティブ・スピーカー)だということです。国家に限らず企業においても,英語を社内公用語とするところが増えつつあります。英語は現代の世界における共通語(リンガ・フランカ)の地位にあり,わが国においても英語教育の若年齢化が進められようとしているのは皆さんご存じのとおりです。
量的研究法の基礎となる統計学的な考え方についても,言語のグローバル化と似た現象が起きています。今,特にビジネスの世界を中心に,統計学やデータサイエンスと呼ばれる分野が脚光を浴びています。統計学のことを「最強の学問である」と主張する本もあるようです2)。統計学がなぜ「強い」のかと言えば,分野を問わず同じ考え方が適用できる,というように汎用性が高いからです(図)。グローバル化した社会における英語と同様に,統計学という学問世界の共通語を身に付けることは,学問のグローバル化の時代を生き抜くうえで,力強い武器になると言えるでしょう(なお,「統計学」と「量的研究」という用語の指し示すものはイコールではありませんが,本稿ではあまり厳密に使い分けていないことをお断りしておきます)。
図 統計学は汎用性が高く,さまざまな学問分野に適用できる |
統計学は歴史的産物
と,ここまで統計学の強みを説明してきました。読者の皆さんは,筆者のことを「これからは統計学の時代だ」「統計学がわからなければ時代から取り残される」といった,イケイケの「統計学至上主義者」の一人とお思いになったかもしれませんね。でもそれは筆者が今回お伝えしたいことのせいぜい半分にしか当てはまりません。では,残りの半分は何であるかを説明するために,「リンガ・フランカとしての統計学」という比喩を用いてもう少し掘り下げてみたいと思います。
英語が国際共通語となったのはそれほど古い時代のことではありません。かつてのヨーロッパではラテン語,そしてフランス語がその地位にあったと考えられます。後に大英帝国そして米国が世界の覇権を握るという歴史的な流れの結果,英語がフランス語に取って代わったのです。別に英語が他の言語より優れているとかいうことではありません。したがって歴史が移り変われば,いずれ他の言語が英語に代わってリンガ・フランカになる日が来ないとも限りません。
同じように,大学などで現在教えられている統計理論も,歴史的な産物と言えます3)。本連載でおいおい説明していきますが,現在の統計理論はあくまで現時点での主流な派閥のようなものに過ぎません。しかもその主流派の地位は年々危うくなっています。そういう意味では,本連載で取り上げる内容の賞味期限はそれほど長くないかもしれませんね。言い換えれば,現在の統計学を学んだ皆さんが,「どうも統計というのはよくわからない」という印象を持っているとしても,あまり心配しなくていいかもしれません。なぜなら,統計の専門家同士の間でも,統計的な考え方に関して激しい論争が行われているからです。統計学者が理論をめぐって論争するということは,理論の方法に限度・限界があることを示していると言えます3)。したがって統計がわかりにくいのは,現在の統計理論そのものが抱える問題であって,筆者や皆さんのような統計ユーザーの責任ではありません。そこのところはどうか安心してください。
統計学はコミュニケーションツール
UNESCOによると,世界には消滅が危惧されている言語が約2500語あると言われています。恐らく,英語はこれからもリンガ・フランカとしての地位を保持するでしょう。しかし,「英語以外の言語はすべて淘汰されればよい」ということにはなりません。言葉というのは文化ですから,多数の異なる言語が存在することは,人類文化の豊かさや多様性のために良いことです。それと同様に,統計学はこれからも学問分野の垣根を越えて共通して用いられる言語のようなものであり続けるでしょう。でもだからと言って,「統計学を用いた研究でなければ学問(あるいはサイエンス)ではない」ということにはならないはずです。英語がコミュニケーションのための道具(ツール)として便利だから使うように,統計学もコミュニケーションのための道具というぐらいの軽い気持ちでとらえてほしいのです。
言い換えれば,日本語話者が必要に応じて英語を用いてコミュニケーションを行うように,必要に応じて量的研究法を用いた研究を行えばよいということです。あなたがもし,「自分は統計がわからないから」という理由で量的研究を避けているとしたら,それは「自分は英語が話せないから」という理由で異文化の人たちとのコミュニケーションを避けることと似ています。ですから,大切なのは「コミュニケーションしよう」という勇気を持つことと言えるでしょう。本連載でも次回以降,量的研究に親しんでいただけるよう,統計的なものの考え方を順に説明していきます。
今回のエッセンス●統計学は諸学問同士をつなぐ共通言語である。●統計学を用いることによって,分野を問わず同じ考え方が適用できる。 |
参考文献
1)文科省.世界の言語別使用状況.
2)西内啓.統計学が最強の学問である.ダイヤモンド社;2013.
3)佐伯胖・松原望編.実践としての統計学.東京大学出版会;2000.
(つづく)
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