もの忘れ(黒川勝己)
連載
2014.03.03
こんな時にはこのQを!
"問診力"で見逃さない神経症状
【第6回】
もの忘れ
黒川 勝己(川崎医科大学附属病院神経内科准教授)
(3062号よりつづく)
「難しい」「とっつきにくい」と言われる神経診察ですが,問診で的確な病歴聴取ができれば,一気に鑑別を絞り込めます。 この連載では,複雑な神経症状に切り込む「Q」を提示し,"問診力"を鍛えます。
症例患者:87 歳,男性主訴:もの忘れ 病歴:妻と二人暮らしである。妻の話では「約1か月前から同じことを何度も聞くようになり,日付もわからなくなった。先日は午前2時に起きて,急に服を着替えて出かけようとした」とのこと。高血圧にて通院しているかかりつけ医からの「ここ1か月ぐらい急に認知症が進みました。改訂版長谷川式簡易知能評価スケールで7点でした。CTまたはMRIの精査をお願いします」という紹介状を持って,妻と娘に連れられて神経内科を受診した。 |
患者には「もの忘れ」の症状があり,かかりつけ医にて認知症と診断され,精査依頼で受診されました。改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)では30点満点中の7点であり,認知症であれば高度と考えられる結果です。老老介護の二人暮らしであり,奥さんは,いつまで自宅で生活できるだろうかと心配されています。本邦の認知症高齢者数は460万人以上(65歳以上の15%)と言われており,決して珍しい外来風景ではないと思います。
認知症が疑われる場合,まずは認知症と類似する,「せん妄」や「うつ状態」などの病態を鑑別することが重要です。その上で,「アルツハイマー病(AD)」「血管性認知症(VaD)」および「Lewy小体型認知症(DLB)」以外の「治療可能な認知症(treatable dementia)」を見逃さないことが大切になります。代表的なtreatable dementiaには「甲状腺機能低下症」「ビタミンB12欠乏」および「葉酸欠乏」といった採血で確認できるものや画像検査が診断に有用な「正常圧水頭症」などがあります。
さて,本症例ではどのような病態を考えるべきでしょうか? 実は,病歴部分にとても気になる箇所があります。
***
尿失禁や幻視・幻覚はないとのこと。家族の心配に比して,患者本人の自覚は乏しかった。血圧142/72 mmHg,脈拍66/分・整。明らかなパーキンソニズムはなく,wide-based gait(開脚歩行)ではなかった。頭部MRIではVaDを来すような血管障害も,正常圧水頭症を示唆する所見も認められなかったが,左の海馬の萎縮が認められた(図)。なお,後日判明した血液検査の結果は全て正常範囲内だった。
図 頭部MRI |
FLAIR 画像にて側脳室(下角)の左右差を認め,左海馬の萎縮が示唆される。 |
診察では,典型的なせん妄症状(不穏,易刺激性,暴言や幻覚等)は認められませんでした。また,うつ状態であれば,患者本人が自覚症状として記銘力障害を訴えるのが一般的ですが,こちらも否定的でした。Treatable dementiaの検索でも,血液検査に明らかな異常所見はなく,尿失禁やwide-based gaitなど正常圧水頭症を示唆する徴候や画像所見もありませんでした。では,海馬の萎縮所見と合わせ,ADと診断してよいのでしょうか。
私が気になったのは,かかりつけ医からの紹介状の「ここ1か月ぐらい急に認知症が進みました」という部分です。典型的な認知症では"経過は緩徐"ですので,"急な進行"は非典型的と思われます。
■Qその(1) 「いい日と悪い日がありますか?」
奥さんは「いい日と悪い日があります」と即答しました。典型的な認知症は"経過が緩徐"であるとともに,症状は比較的安定し"変動は少ない"と考えられます。本患者の場合,経過が緩徐とは言えず,症状に変動があるようなので,認知症としては非典型的と考えられます(例外としてDLBは認知機能が変動します。しかし本患者には幻視やパーキンソニズムは認めず,DLBは否定的と考えます)。
では,認知症様症状が変動する場合,どんな疾患を疑うべきなのでしょうか?
***
脳波検査では明らかな突発波は指摘できなかったが,「てんかん」を疑い,本人と妻に説明した上で抗てんかん薬を開始した。1か月後の再診時,妻によると「今は自宅生活で困ることはありません。自転車で買い物にも行ってくれます」とのこと。HDS-Rも21点と改善していた。日付も日にち以外は正答された。半年経過した時点のHDS-Rも,21点を維持している。
抗てんかん薬の投与にて,HDS-Rは7点から21点まで改善しました。奥さんも,老老介護の負担が減って喜んでおられます。
「てんかん」と聞くと,子どもに起こる病気,あるいは,手足をガクガクさせる全身けいれん発作をイメージする方が多いと思います。しかし,てんかんは決して子どもにだけ起こる疾患ではありません。実は65歳以降...
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