EBMを研修医の武器に(香坂俊,大橋博樹,谷口俊文)
対談・座談会
2014.02.10
【座談会】EBMを研修医の武器に論文を携えてベッドサイドへ出よう! | |
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EBM(Evidence Based Medicine)の提唱(JAMA. 1992 [PMID: 1404801])から20年以上が経過し,日本においてもその概念は広く普及した。しかしながら,その実践が現場に根付いたかと言えば,欧米と日本ではまだギャップがあり,さらには国内の医療機関の間でも温度差があるようだ。
どうやったらわが国の忙しい臨床現場でEBMを実践できるのだろうか? また,EBMの情報ソースに当たる上で留意すべき点はなんだろうか? 「学ぶ」EBMから「使う」EBMへ――。そのカベを打ち破るのはズバリ研修医だ!
指導医の模倣からの脱却,標準治療とのギャップの解消
香坂 まずお二人のバックグランドをご紹介ください。最初に大橋先生からお願いいたします。EBMとの出会いはいつごろでしたか。
大橋 武蔵野赤十字病院での初期研修時代です。教育熱心な指導医のもとで恵まれた研修環境でした。その一方,経験豊かな指導医に教わった通りに診療しているだけのような気もして,「このままでいいのだろうか」という疑問を持つようになったのですね。
ちょうどそんなときにEBMをテーマとした講習会の話を聞き,同じ病院の一年後輩だった谷口先生と一緒に参加したのがきっかけです。
谷口 私たちが研修医のころはEBMという概念が日本に広まり始めたばかりでしたね。その具体的な手法については,まだ普及していなかったように記憶しています。
香坂 実際にそうした講習会を受講してみていかがでしたか。
大橋 講義内容は,臨床的疑問の定式化,情報収集と批判的吟味,実際の患者さんへの適用というEBMのステップを,症例を通じて学ぶ形式でした。想像していたほど敷居は高くなかったというのが第一印象です。
そして特に感銘を受けたのは,演者の名郷直樹先生(現・武蔵国分寺公園クリニック院長)の話でした。「この論文に基づいて治療方針を変えるかどうかは,患者さんの利益を第一に考えて皆さん自身で決めてください」といった内容で,結論は出さないのですね。指導医に教わった通りに診療していた当時の私にとって,エビデンスに基づき自らが意思決定するというEBMはとても魅力的なものでした。
香坂 一方の谷口先生はどのような動機でその講習会を受講されたのですか。
谷口 EBMの手法自体に特別な関心があったというよりは,標準治療が普及していないことに対する問題意識のほうが強かったです。
一例を挙げると,急性心房細動症例の脳梗塞リスクを評価して抗凝固療法の適応を検討することは,当時の日本ではまだ徹底されていなかったように思います。一方,論文や海外のマニュアルを読むと,抗凝固療法が既に推奨されていました。そうしたギャップを知ることで,エビデンスに基づく標準治療に対する認識が日本の医療に欠けていることを痛感し,自然とEBMに行き着きました。
香坂 似たような経験があります。私の専門の循環器に関して言えば,1990年代後半ごろですが,慢性心不全や虚血性心疾患に対するβ遮断薬投与なども,日本と米国のアプローチが異なる時期でした。そのときは研修医の立場で海外のガイドラインを持ち出しては,指導医になだめられたりしていましたね。
一つひとつの医療行為に対しての裏付けを取る
香坂 初期研修後,大橋先生は総合診療・家庭医療の道に進まれましたが,そうした場での診療はいかがでしたか。
大橋 「common diseaseは誰でも治療できる」という風潮があったせいか,経験則に基づく誤った医療も含めて,本当にバラエティがありました。そこで武器になったのがEBMです。風邪,副鼻腔炎など,探せばいくらでもエビデンスが出てくる。EBMによって,学問としての楽しみをプライマリ・ケアに見いだすことができました。
香坂 谷口先生は米国での内科研修を選択されたわけですが,どうでしたか。
谷口 あらゆる臨床実践において,エビデンスに基づく標準治療がベースになっていました。指導医による回診においては,標準治療の根拠となるエビデンスに基づいて議論が行われます。そうやって,一つひとつの医療行為に対して裏付けを取る姿勢が研修医のうちから身につくことがわかりました。
香坂 内科研修の後,感染症科フェローに進み,本格的に臨床研究を行うようになりますよね。そこでEBMに対する考え方は変わりましたか。
谷口 生物統計学の講義を受けたり,実際に論文を執筆したりするようになって,論文の読み方が変わりました。批判的吟味の奥深さを知ったとも言えます。
香坂 私が渡米したのは谷口先生の少し前の90年代後半でしたが,当時は景気がよかったこともあって,大規模RCT(Randomized Controlled Trial;ランダム化比較試験)のエビデンスがどんどん出てきていました。そのころは,言ってみれば,こうしたRCTの結果さえ知っていればEBMになった時代かと思います。
そしてその後,RCTの結果を臨床に応用することに対する難しさが提示されるようになった。谷口先生が渡米したのは,そうやって「EBMの中興期」に差し掛かった時期ではないでしょうか。
谷口 そうですね。実際の臨床現場に即した前向き研究を行っていこうということで,オバマ政権初年度(2009年度)にはCER(註1)という分野に膨大な予算が下りるようになりました。
大橋 CERは,エビデンス構築においてRCT以上の評価を得ているのですか。
谷口 いえ,現時点ではRCTがゴールドスタンダードであることに変わりはないです。専門家の間でもCERの位置付けは明確ではありません。
香坂 確かにアウトカムにつながっているものはまだ少ないですね。
谷口 ただ,今後はこのたぐいの論文が増えていくことは間違いないでしょう。ですから,論文の批判的吟味の方法も,より進化していく必要があります。
質の高い情報を日本語で発信していく必要性
香坂 大橋先生は現在開業されていますが,日常診療でEBMをどのように実践されていますか。
大橋 時間が限られているので,なるべく労力をかけずにエビデンスを活用することを心掛けています。日々の診療における疑問については,まずUpToDate®やDynamedなどの二次媒体を活用し,満足な答えが得られないときはPubMedで検索して原著論文に当たるパターンが多いですね。
ガイドラインも,幅広い診療範囲の知識をアップデートするには有効なツールです。ただ,ガイドライン自体の質が千差万別なので,裏付けとなるエビデンスには注意しています。
香坂 開業医・勤務医を問わず,大橋先生のように蓄積されたエビデンスを重視されている医師もいれば,そこにあまりウェイトを置かない医師もいらっしゃいます。その是非はさておき,こうしたスタンスの違いはどこから生まれるのでしょうか。
大橋 知識をアップデートするための情報源をよくよく聞いてみると,メーカーさんから聞いた話やパンフレットだったりする医師も多いのですね。彼ら自身も,バイアスがあることは気付いている。ただ,反論できるツールを持ち得ていないのです。
香坂 誰だって臨床的疑問が生じるし,最新の研究成果を知りたいという気持ちを持っていますよね。ただ,その手段として手っ取り早くメーカーさんに聞くのか,自分で文献を調べるのか。その違いでしょうか。もし後者を志すとなると,どういうやり方が日本に合っているでしょうか。
大橋 文献を調べる上でネックとなるのは,UpToDate®などは高額なこともあって二次媒体へのアクセスが経済的に難しいということ,そして英語の問題です。
谷口 その場合は日本語の商業誌や書籍に頼ることになりますね。ただ残念なことに,質のばらつきを感じることが多々あります。すべての医療者が原著論文を批判的に吟味する必要はありませんが,少なくともガイドラインの作成にかかわったり商業誌に寄稿したりする人は,そういったトレーニングを受けるべきではないでしょうか。
香坂 日本では,病気のメカニズムを詳細に追ってきた方が臨床のオーソリティとなる場合が多いと思います。しかし,そのメカニズム解明後の臨床応用に当たって,データの批判的吟味の部分がデッドスポットになっているように感じます。メーカーさんからの情報がそのギャップを埋めているのかもしれませんが,そこには利益相反が絡んでしまう。
大橋 商業誌においては執筆のトレーニングも必要でしょうね。執筆者のエキスパート・オピニオンなのか,根拠となる論文があるのか,はっきりしないものも見受けられます。
谷口 批判的吟味ができる各領域のエキスパートが,質の高い二次媒体に通じる情報を日本語で発信していく必要がありますね。
香坂 その思いが谷口先生が帰国後,書籍(『内科診療 ストロング・エビデンス』)を出版するに至った動機になったのでしょうか。
谷口 ええ,その思いは研修医時代から,まったく変わっていません。現在は日本で一般内科医として診療していますが,エビデンスに基づく標準治療が最も普及すべきであるcommon diseaseにおいて,残念な実例を時々目にしています。一般医や研修医が効率よく標準治療を学べる環境を整えなければならないし,今回の書籍がその一助になればと思っています。
EBM実践のカベを打ち破るのは研修医!
香坂 EBMの実践においては,医学生や研修医などへの教育がやはり重要です。そうした時期に少な...
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