医学界新聞

インタビュー

2014.02.03

【interview】

臨床試験は誰のために

勝俣 範之氏(日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授)に聞く


 第2次世界大戦下の非人道的な人体実験への反省から,科学的・倫理的に妥当な臨床研究の原則が「ヘルシンキ宣言」で定められ,今年で50年。しかし日本の臨床研究領域では今,ヘルシンキ宣言の趣旨が損なわれるような事態が相次いで起きている。

 勝俣範之氏は腫瘍内科医として臨床の第一線に立つ傍ら,患者目線に立った臨床研究の在り方を常に模索してきた。昨年11月には,アバスチン®(ベバシズマブ)が抗悪性腫瘍薬としては初めて,国際共同・医師主導治験の結果から卵巣がんへの効果が追認され承認に至ったが,その日本側主任研究者を務めている。「臨床試験は誰のために,何のために行うのか」があらためて問われている今,日本における臨床試験の構造的課題と今後めざすべき方向性について,勝俣氏に話を聞いた。


ドラッグ・ラグを防ぎたい

――まずは,アバスチン®がどのように承認に至ったのか教えてください。

勝俣 アバスチン®はもともと,大腸がんと乳がんについては企業治験で適用が承認されていた薬です。卵巣がんにも非常に有効というデータがありましたが,卵巣がんのマーケットは他のがんに比べると小さく,企業が治験を行うメリットが少ない。そこで2005年から,米NCI(National Cancer Institute;国立がん研究所)内のGOG(Gynecologic Oncology Group;婦人科がん臨床試験グループ)が医師主導での治験を開始しました。そこに,厚労科研費を取得して日本から参加したのが2007年のことです1)

――国際共同試験というかたちをとられたのは,なぜなのでしょう。

勝俣 日本において,特に婦人科がんの領域は長年欧米とのドラッグ・ラグに悩まされてきました。例えば卵巣がんのドキシル®は10年,トポテカン®は15年,米国に比べ承認までのタイムラグがあります。アバスチン®でも同様の事態が起きることを防ぎたいと,同時承認取得をめざしたのです。

――他国に遅れることなく,新薬を使えるというのは患者さんたちにとって福音ですね。

勝俣 そうですね。一つの新しい選択肢として,適応や副作用などのリスクもきちんと精査して使ってもらいたいと思っています。

痛感した日米の差

――米国と協同して試験を行う中で,違いを感じる点などはありましたか。

勝俣 日本のシステムの煩雑さ,未熟さはいろいろな場面で痛感しました。

 まず日本には「医師主導治験のために薬を輸入する」ための手続きが存在しませんでした。NCIが製薬企業から無償提供を受けたアバスチン®を輸入したのですが,劇薬扱いのため厚労省医薬食品局の監視指導・麻薬対策課と交渉し,NCIからも担当者が来日してやっと輸入の態勢を整えたのです。

 また,最もロスが多いと感じたのは重篤有害事象報告です。単一の有害事象を,研究者側,企業側などが重複して厚労省に報告している。しかも,試験とはかかわりのない,全世界で起きた副作用も全て,毎月報告する必要がありました。米国では逆に,例えばNCIに副作用を報告すれば,FDA(食品医薬品局),GOGにも同時に報告が届くような仕組みが整っています。

――試験を支えるインフラに,米国と日本では大きな差があると。

勝俣 日本はまだまだ未整備です。それが,医師主導治験がなかなか浸透しない第一の原因でしょう。

 2007年のデータですが,米国ではIND(新薬承認臨床試験)が2589件行われ,うち医師主導治験(Research IND)は1810件です。日本では,2012年のデータで治験総数556件,医師主導治験はわずかに31件です。

――米国では,医師主導治験のほうが多いのですね。

勝俣 ええ。がん領域で言えば,米国には政府組織であるNCIのもとに10の臨床試験グループがあり,公的資金をもとに多くの新薬の研究・開発が行われてきました。一方日本では,公的資金による医師主導治験はわずかな件数しか行われていないのが現状です。

 日本では,新薬開発は企業がするものという認識が根強いですが,欧米では,科学の発展のため,医療者主体で行うことが常識として根付いている。そもそも治験を特別扱いせず,そのほかの臨床試験と同じ基準で考え運用しているのです。この意識の違いも,治験の数の差につながっていると思います。

二重基準が引き起こしたディオバン事件

――逆に,日本ではその二つを別々に考えているということですか。

勝俣 そうです。欧米では,治験も臨床試験も,ともに日米欧で定めた臨床試験の基準(ICH-GCP)による規制がなされています。一方日本では,「医薬品の製造承認にかかわる治験」については,ICH-GCPに則り,薬事法に基づいた「医薬品の臨床試験の実施に関する省令」(新GCP)で規制されていますが,それ以外の「研究者主導臨床試験」については「臨床試験に関する倫理指針」というガイドラインでの規制にとどまっています()。

 日本における治験と医師主導臨床試験の違い

――その2つは,どのように違うのでしょう。

勝俣 両方とも「ヘルシンキ宣言」に依拠してはいますが,GCPは法律ですから,違反したときには罰則規定があります。また,第三者による監査,研究者自身によるモニタリング,そして政府当局の査察が必須です。これらによりデータの質が担保されるようになり,捏造などし得ない状況が生まれており,実際,新GCPの前後で,治験の質は大きく変わりました。

 一方で「臨床試験に関する倫理指針」はあくまで強制力のない「指針」です。このダブルスタンダードこそが,日本の臨床試験における大きな問題であり,ディオバンの問題(MEMO)を引き起こした原因でもあると,私は考えています。

――ディオバン®は販売後の臨床試験なので,指針のみの規制になりますね。

勝俣 ええ。例えばJIKEI Heart Studyは盲検でもなく,プライマリ・エンドポイントを途中で変えるようなこともしています。GCPの下に行われているなら,その都度政府に届け出をする必要がありますし,そもそもそのような研究計画が許容されるはずもないのです。

 その上,実際にはモニタリングも監査もなされていないのに,『Lancet』誌で取り下げになった論文2)を読むと,“We used good clinical practice guidelines in accordance with the Declaration of Helsinki”,つまり「GCPガイドラインに従った」と書いてあるのです。試験にかかわった人たちが,きちんとした知識を持っていない証拠です。

――倫理審査委員会など,チェック機構も機能していなかったのでしょうか。

勝俣 日本では,治験審査委員会と,倫理審査委員会とが別立てになっていることが多く,治験以外の臨床試験については主に倫理面の審査のみで,臨床試験の専門家によって内容が科学的に吟味されることが少ないのです。その結果粗悪なプロトコルをそのまま通してしまうことになり,医師主導といいつつも,その実は製薬企業の宣伝目的でプロトコルが作られているような,“Seeding trial”(種まき試験)が横行するわけです。

GCP基準の統一と,人的インフラの整備が必要

――事件を機に,規制を厳しくする方向にあるのでしょうか。

勝俣 そうですね。ただ「厳しくされると自由に研究ができない」という声も根強いですし,モニタリングなどにかかる費用を懸念する意見もあります。

 確かに海外と比べても,日本のGCPはオーバー・クオリティとは言われています。効率化は,臨床試験の活性化のためにも図られるべきですし,実際少しずつ改定も行われています3)。しかし,効率を良くすることと,緩い規則でいい加減な試験を許すことは違います。参加した患者さんの,医療に貢献したいという意思を尊重するために,費用をかけ監視の目を行き届かせるのは当然のことですし,本当に患者さんのための適正な試験を実施するなら,全ての臨床試験がGCP基準であるべきだと私は考えます。

――正しい知識を備えた医師が少ないということから,臨床試験に関する教育の必要性も問われそうです。

勝俣 日本の医学部では臨床試験に関して,卒前・卒後を通しほとんど教育が行われていません。「臨床試験に関する倫理指針」では年1回の倫理講習が義務化されていますが,あくまで形式的なものです。一方,例えば米国には,ほとんどの医学部の大学院に臨床研究の講座が存在しますし,臨床研究を実施する医療機関にも教育を系統的に行うしくみがあります。

 また,生物統計学者やデータマネジャー,リサーチナースなど,臨床試験に関する人的な基盤整備がなされているのです。

――日本には,医師以外のそうした専門職もまだまだ少ないですね。

勝俣 臨床試験は医師だけで行えるものではありませんから,人的インフラの構築も臨床試験を適正に行うための必要条件です。日本にもいわば“臨床試験のプロ”である治験コーディネーター(CRC)がいますが,治験以外の医師主導臨床研究にはほとんどかかわっていない現状があります。専門知識を備えた人材を育成し,すべての臨床試験にCRCや生物統計学者がかかわるようになることが重要です。

最善の医療を提供するためのインフォームド・コンセント

――制度や人材など大きな枠組みを改善する一方,患者さんへのインフォームド・コンセント(IC)の在り方や,医師と患者さんの信頼関係の構築といった視点も,患者さんのための臨床試験の実現には,重要ではないでしょうか。

勝俣 今,ICを単に「説明をして,同意を求めること」と解釈し,一方的に情報を提供するだけして「後は自己責任で決めて」と押し付けることが半ば常態化しています。臨床試験でも,数十ページもある説明同意書を渡されるだけで,わけの分からないままに患者さんが参加・不参加の決断を迫られる状況が起きている。

 しかし,ICの根幹を成すのは「正しい情報の提供」「患者さんとの意思決定の共有(Shared Decision Making)」という2つの理念です4)。ことがんに関しては,インターネットなどでエビデンスの乏しい治療法などが拡散しやすいなか,正しい情報を示すことが大前提。その上で,患者さん一人ひとりの病気や治療に対する価値観を十分に考慮しながら,納得できる結論を導いていくことで,信頼関係が築けるのではないでしょうか。

――それはどんな場合にも,医師-患者関係の基本となる考え方ですね。

勝俣 治療のメリットとリスクの間で揺らぐ患者さんに対し,医師は専門家として情報を提示するだけでなく,ときには友人のように相談に乗ったり,保護者的に導くなど,状況に応じた役割を果たしつつ,個々の患者さんにとっての「最善の医療」を共に考えることが重要です。どんな患者さんにも最善の医療を提供するよう努力するのが,プロフェッショナルとしての医師の責務だと思っています。

患者さんと共に作る臨床試験

――今後めざすべきは,どんな臨床試験でしょうか。

勝俣 患者さんが,被験者としてだけでなく,試験の方針策定から承認までの各段階にかかわることができればよいですね。既に米国にはそうした仕組みがあります。また例えば乳がん治療薬のハーセプチン®は,開発者のデニス・スレイモン医師が,患者団体である全米乳がん連合の協力の下に臨床試験を成功させ,今では数十万人の乳がん患者の命が救われています。そのストーリーは『希望のちから』(原題『Living proof』2008,米)という映画にもなりました。

 私自身,以前行った臨床試験において,プロトコルのデザインとレビューに,患者団体の代表の方の意見を取り入れる試みをしました5)。全ての試験について今すぐ,ということは難しくとも,ゆくゆくは臨床試験の計画段階から市民や患者さんが参加することが当たり前になってほしいと思いますし,そうなってこそ,真に患者さんのための臨床試験である,そう言えるのではないでしょうか。

――ありがとうございました。

(了)

MEMO

 ノバルティスファーマ社(以下,ノ社)が販売する高血圧治療薬ディオバン®(バルサルタン)の効果を他剤と比較した医師主導臨床試験にノ社の当時の社員が関与し,統計解析などを担当。「降圧のほかにも効果がある」「脳卒中などのリスクを下げる効果がより高い」などの結果を示した論文が2007-12年に発表され,販売促進に使われていた。試験を実施した5大学のうち3大学で不正や不適切なデータ操作等があったとされ,本年1月9日には厚労省がノ社を誇大広告の薬事法違反で刑事告発した。

●参考文献・URL
1)厚生労働科学研究費補助金(がん臨床研究事業).進行卵巣がんに対する分子標的薬の国際共同・医師主導治験(主任研究者・勝俣範之)
2)Mochizuki S, et al. Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease(Jikei Heart Study) : a randomised, open-label, blinded endpoint morbidity-mortality study. Lancet. 2007 ; 369(9571) : 1431-9. Retraction in : Lancet Editors. Lancet. 2013 ; 382(9895) : 843.
3)http://www.jpma.or.jp/information/evaluation/symposium/pdf/20130227/20130227_point.pdf
4)厚生労働科学研究補助金(地域医療基盤開発推進研究事業).医療の発展と患者の保護をめぐる倫理・法の現代的課題に関する研究.平成20年度総括・分担報告書.2009.pp75-90.
5)Katsumata N, et al. Dose-dense paclitaxel once a week in combination with carboplatin every 3 weeks for advanced ovarian cancer : aphase 3, open-label, randomised controlled trial. Lancet. 2009 ; 374:1331-8.


勝俣範之氏
1988年富山医科薬科大医学部卒。徳洲会病院での研修を経て92年国立がんセンター中央病院内科,2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大公衆衛生大学院留学。10年国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長。このとき『がん診療レジデントマニュアル』(医学書院)の編者を務める。11年より現職。婦人科がん化学療法を専門とし,国内における腫瘍内科分野の確立に尽力してきた。ブログツイッターでも積極的に情報発信を行っている。がん薬物療法専門医。

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