新春随想2014(堀田知光,岡野光夫,河野一郎,秋山正子,寳金清博,中村春基,宮崎勝,大野更紗,金愛子,中谷友樹,河内文雄,斉藤秀之,岡檀)
2014.01.06
2014年
新春随想
次期対がん戦略に求められるがん研究
堀田 知光(国立がん研究センター理事長・総長) がんは,1981年にわが国の死亡原因の第1位となって以降,その座を譲っていない。今日では二人に一人は生涯でがんにかかり,三人に一人ががんで死亡している。早期発見や治療法の進歩などにより年齢調整死亡率は1990年代から減少に転じているが,罹患率は胃がんや肝臓がんなど一部のがんを除いて上昇を続けている。人口の高齢化とともにがん患者数はさらに増加し,団塊の世代が後期高齢者層を形成する2030年代にピークを迎える。一方,がんは働き盛り世代の死因の40%を占め,休職や離職などによる労働喪失は年間に1.8兆円に相当するとの試算もある。今後予測されるがん医療への需要の量的増大に対して,病院,在宅医療や訪問看護をつなぐコミュニティで支える医療・介護体制の構築が喫緊の課題となっている。
わが国のがん対策の根幹である第3次対がん10か年総合戦略は本年度で終了する。2014年度から始まる次期対がん戦略に向けて,厚労,文科,経産の3省合同による「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」が組織された。会議はがん研究者,患者団体や産業界の代表などで構成され,多角的な検討がなされた。昨年8月に取りまとめられた報告書は「根治,予防,共生――患者・社会と協働するがん研究」をテーマに,がん医療のあるべき姿と求められる研究課題を提示した。がんの本態解明とそれに基づく予防法や早期発見,治癒指向性の革新的な医療技術開発研究は基本であるが,高齢者や小児などライフステージの特性に適した医療のあり方やこれまで重視されてこなかった希少がんや難治性がんに対する治療開発の必要を強調した。がん体験者が急増するなかで,がんになっても安心して暮らせる社会を実現するための就労支援,生き方の追究までを含めた社会学的アプローチの重要性についても言及した。がん関係者の悲願でもある全国がん登録法の制定が目前になっている。これを機に診療記録を含めたビッグデータをがん対策に活用する研究が進むことを期待したい。
再生医療元年
岡野 光夫(東京女子医科大学副学長・教授/先端生命医科学研究所(TWIns)所長) 医学は進歩し続けている。50年後,100年後の未来では医学が大きく発展し,多くの難病や障害の患者を見事に治していると思われる。それでも,100年後の医学は完璧でなく,依然,進化し続けるプロセスの中にいることは間違いない。各時代の医療は100点満点ではあり得ないのである。でも,たとえ60点でもその時代の病気や障害に苦しむ患者を救済すべく,医学は最善を尽くして医療を実行し続けなければならない。
20世紀は薬物治療が大きく発展し,世界に80兆円を超える製薬産業が活動し,多くの患者の効果的な救済に大きな貢献を果たしてきた。同時に安全性を確保するための規制も整備され,安全で効果的な薬物治療の実現が達成されつつある。そして21世紀に入り,再生医学,細胞生物学,バイオマテリアルなどの急展開から人工的に培養した細胞や組織で治療する再生医療の実現に世界が注目している。対症療法的な治療が多かった従来の薬物治療に対し,難病や障害の患者の根本治療を実現する新医療である再生医療の実用化,産業化は21世紀の重大課題だ。しかし,再生医学の本質を理解することなく,この再生医療製品を従来の薬事法で規制しようとしてきたために,特に日本では適正な研究支援,体制整備が進まず,産業化への挑戦が必ずしも十分ではない。特定の病院で成功しても,それを広く普及させていくことが極めて困難になっている。
こうした事態を打破するために,2013年4月,自民党を中心とする政治家の国民目線に立った決断で,再生医療推進法が成立した。さらに秋の臨時国会では,再生医療の実用化に向けた薬事法改正案と再生医療安全性確保法案も成立となった。これにより,再生医療製品を薬あるいは医療機器の枠組みで審査する従来の仕組みを改め,再生医療製品として独立に審査されることとなる。2014年は再生医療元年ともいうべき年となり,iPS細胞や細胞シートなどの日本の優れた新技術によって,苦しむ多くの患者が救われることに期待したい。
スポーツと医学
河野 一郎(日本スポーツ振興センター理事長) スポーツと医学のかかわりは多様である。最近しばしば話題となるメタボ(メタボリックシンドローム)やロコモ(ロコモティブシンドローム)を予防し,健康寿命を伸ばしていくためには,スポーツ/運動が欠かせない。
しかし,やみくもに体を動かせばよいというわけではない。運動前のメディカルチェックや適切な運動処方が必要であり,このためにはスポーツ医学の知識が必要である。わが国では医療費の増大が社会問題となっており,スポーツ医学からのアプローチに関心が高まっている。
トップアスリートが国際舞台でよい結果を残すため,心身へかかる負担はますます増大する傾向にあり,スポーツ医学によるサポートなしのパフォーマンスは不可能といっても過言ではない。先般のロンドンオリンピックでの好成績の舞台裏に,現地に設営されたスポーツ医科学に基づいたマルチ・サポートハウスの存在があったことはメディアでもしばしば報道された。
市民マラソンは,ますます盛んになっている。スポーツ医学を基盤とする医療部隊の設営は,大会運営の上で重要なポイントの1つである。参加者が多くなればなるほど,アクシデントの起こる確率は高くなる。熱中症対策,そしてAEDの迅速な活用などが必須である。
2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開催が決定された。選手村に設置されるメディカルクリニック,大会会場における医療体制,いずれもスポーツ医学が基盤となる。2020年は,日本のスポーツ医学の力が試されるときでもある。
地域とケア
秋山 正子((株)ケアーズ白十字訪問看護ステーション統括所長) 地域包括ケアを推し進めていくと,まちづくり=地域づくりに必ずや行き当たると言われます。20年以上,同じ地域で,訪問看護を中心に,訪問介護も合わせたケアの実践を続けてくると,生活の場をなるべく変えない暮らしの中に,必要なときに医療が提供される仕組みが動く社会が実現されないと,これからの超高齢化社会は乗り切れないのではないかと強く感じています。
すなわち,今度こそ本気で,かかりつけ医制度(総合診療)が機能し,そこからきちんと紹介された形で専門医のいる病院につながる仕組み。ことに超高齢者であっても,こぞって病院をめざす時代に決着をつけないといけないのではないか? そして,どのように医療を利用したら良いかの示唆も含め,予防の視点を持った地域医療を実現できるかかりつけ医が,そのまま看取りまで,担っていただければ,これほど市民にとってありがたいことはない,その時に,医師の重責を少しでも軽くする訪問看護の活用であってほしいと願います。24時間体制は当然のこと。そこを支えるには,介護・看護が連携し合い,重度化を防ぐ予測を持ったケアの組み立てが必要で,そこに生活リハビリの視点を持ったリハスタッフもどんどん地域に出てきてほしいと期待します。
予防の視点は2011年から始めた「暮らしの保健室」という取り組みで,住民たちの受療行動,つまり何か所も受診をしながら,ちょっとした不安なことは十分に聞いてもらえず,結局のところ,必要な医療ではない医療が提供され,救急車の要請が多くなる実態を目の当たりにしています。このちょっとした不安を解消するだけで,地域に住み続けられる人が多くなる手応えがある。まさに予防の視点,そしてこれは認知症の初期対応にも通じていき,また,がん治療における患者の不安に対応する場所にもなっています。
地域の中にこういった窓口が増え,そこに看護職がコーディネーターとして力を発揮できたら,もう少し地域が変わるのではないかと期待しています。
新春・大吉
寳金 清博(北海道大学病院病院長) 大学病院の病院長を拝命して,しばらく,家人の機嫌が悪かった。「敵ばかり増えるに決まっているでしょうに」と,男の愚かさをたしなめるようにコメントしていたことを思い出す。
家人の直観は見事に的中し,病院長になってから薄々感じていたことが,日々はっきりしてきた。病院長になると恨みつらみをかう人は日々うなぎ登り,逆に味方は激減。いよいよ夜道は歩けなくなってきた。
「それはちょっとオカシクありませんか? 原資の配分からすれば,損益はバランスするはず。恨む人10人いれば,感謝する人も10人いるのが論理的」と,読者諸賢は思うかと……。しかし,「恨みは100年続き,感謝は3秒で消滅する」という大脳生理学の基本に思い至れば,結論は自明。不満の総量が膨れ上がるメカニズムが理解される。試しに病院職員アンケート箱から,一つ引いてみるといい。「感謝」の投書を引く確率は1%もないと断言できる(小職が勤務する大学病院の名誉のために誤解なきよう。アンケートは貴重なご意見・提案が詰まった宝箱である)。
病院は,公共的な理念を持つコンパクトな共同体で,その中に多様な利害関係などあろうはずがないと思われがちであるが,このちっぽけな共同体の内部にすら,細分化された多くの共同体が存在する。意見の多くは,小さな部門(些末な話で恐縮であるが,ある医局とか,部局などなど)の個別の短期的な権利保全と拡張である。広い意味での利益相反が渦巻いて,日々,小さな衝突を繰り返す。そんな場面の連続の中で,調整を図り,病院をあるべきベクトルに向けようとすれば,病院長が不満のターゲットになるのは自然の成り行きである。
しかし,共有された理念・ミッションのもとに,「短期的な功利ではなく,中長期的な理念の実現を!」と虚空に握りこぶしを突き上げ続けるのが,病院長の最も重要な仕事である。己を鼓舞し,眦(まなじり)を決して,新春を迎える。
くじ運の悪さは,親譲りで,大吉のおみくじなどとは縁のないものと諦めていたのが,一昨年「大吉」,昨年「吉」ときた。運気は上昇機運である。今年も「大吉」をぐいっと引き当て,家人を驚かせてやりたい。少なくとも,投書箱から「感謝」の投書を引く確率よりは高そうである。
新春・大吉。皆様のご多幸を。
国立大学附属病院のミッション
宮崎 勝(国立大学附属病院長会議常置委員長/(千葉大学医学部附属病院病院長) 全国には45の国立大学附属病院が存在しており,本邦の全病院数8565(2012年調べ)のうち,0.5%にあたることになる。その他の国立系および公的医療機関が1481病院,社会保険関係団体病院が118病院でこれらを合わせて19%を占めている。
このように日本の病院数の中で国立大学附属病院はわずか0.5%,200分の1にしかならないわけであるが,本邦の医療における国立大学病院の意義や役割は極めて大きいものであるということについては誰もが理解し得るところであろう。特定機能病院として大学病院の本院は位置付けられており,診療報酬制度上においてもその役割が本邦の医療において特定の機能を担っているものとして扱われていることからも,大学病院が他の一般病院とは極めて異なっているという姿を理解できることであろう。
国立大学附属病院長会議において2012年に,そのあるべき姿,すなわちグランドデザインを作成して公表した。さらに2013年6月には,国立大学附属病院長会議総会において,そのグランドデザインに向かっての具体的な行動目標としての2013 Action Planを作成した。現在そのAction Planに基づいて行動を開始しているところである。その内容は従来から言われている診療,教育,研究に加えて地域医療,国際化および運営という六つの項目に分けて提言を行い,かつ行動計画も作成されている。
その中で国際化については優秀な海外の医師(先進国からの医師を中心に)で日本の進んだ高度な医療技術を学びたいという方々に正式な病院の常勤ポジションを与えて診療に参加しながら研修を受けてもらうことを考えている。欧米を中心とした海外の優秀な臨床医師が国立大学病院に勤務して一緒に診療に従事することで,彼らも学び,またわれわれ日本の大学病院勤務医師が国際化成長することが同時にできると思っている。また大学であるため,医学生も同時にその国際化したカンファレンスや診療を実体験させることで大きな影響を与えられることは間違いないだろう。現在,日本の各大学で外国人教官の採用率アップが叫ばれて来ているが,医学部,特に医学部附属病院においては海外からの医師が診療行為を一緒にしながら国際化する上で,大きなハードルが医師法・医療法の制約だ。これをぜひ医療特区として大学病院を中心に認めていっていただければ,日本の医療の国際化のみならず,海外の医療への国際貢献にもつながり,さらには大学全体の国際化速度を一気に加速できることになるだろう。できるだけ早期のこの国際医療特区の開設を祈念して,新年のメッセージとさせていただきます。
WFOT Congress 2014横浜大会,開催に向けて
中村 春基(日本作業療法士協会 会長) 第16回世界作業療法士連盟大会を2014年6月18日―21日にかけて,パシフィコ横浜にて開催することとなりました。本大会は1951年の第1回大会から4年ごとに開催され,アジアでの開催は初めてとなります。
本大会は,「Sharing Traditions, Creating Futures(伝統を分かち,未来を創る)」をメインテーマに,8つのコングレステーマを設け,それぞれのテーマに沿って基調講演・シンポジウム・ワークショップ等多彩な形態のセッションが行われることになっています。世界73の国と地域から,5000人を超える作業療法士をはじめリハビリテーション従事者が横浜に集結し,各国の現状,これからの作業療法の展望について活発な論議が行われます。発表演題のエントリーも3000演題を超え,また各種のワークショップも47テーマと,充実した内容になりました。
今回の最大の特徴は,英語と日本語のバイリンガルでの発表形態を取ったことにあります。英語での発表を推奨していますが,苦手な方は,日本語で発表していただき,英語の同時通訳がなされます。当然,英語での発表の折は,日本語通訳が付きます。
また,展示におきましては,各国の作業療法の現状と取り組み,福祉車両をはじめとした福祉用具,介護ロボットなどの展示も予定しています。
日本作業療法士協会主催の特別プログラムとしましては,「認知症に対する作業療法」と「大震災に対する作業療法」の二つを予定しています。認知症は国家的なテーマであり,イギリス,オランダでの認知症への取り組みをご紹介いただき,その対応について,指針を示せたらと期待しています。また,大震災につきましては,東日本大震災のその後の取り組みと現状をご紹介し,震災に対する世界規模での支援のあり方を討議する予定です。加えまして,2008年度から取り組んでいます,「生活行為向上マネジメント」について,「人は作業を行うことで健康になれる」というキャッチコピーのもと,地域包括ケアシステムの一翼を担うツールとして普及を図っているところです。世界の作業療法士にわが国の取り組みとして紹介することになっています。
世界中の作業療法士が日本にやってくる。これを契機に,作業療法の普及,啓発が促進されることを祈念しています。ご期待ください。
帰れる場所なき,春に
大野 更紗(作家) 新年。おみやげを買って東京駅から新幹線に乗り込み故郷に帰り,1年に一度しか会わぬ類縁親族家族皆々とおコタにうまる。コレステロールや塩分は気にせず,おせちをつつく。嚥下機能の低下などには目をつぶり,お雑煮のお餅に箸をのばす。宴席でお酒を注いでまわっては,ニコニコとふりまける限りの愛想ふりまく,ニッポンのお正月――ああ,憂鬱です。
帰れる場所を,もたぬ人たちがいます。病室にしかいられない。あるいは,一定の環境を保った自分の居室にしかいられない。「それは,過去の遺物だ」と思われるかもしれませんが,患者にとっては直面する現実そのものです。そんな人たちにとって,年末年始はバトル・ロワイヤルです。
大小問わずどこの医療機関も事業所も,人手不足に...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
対談・座談会 2025.03.11
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第1回]PPI(プロトンポンプ阻害薬)の副作用で下痢が発現する理由は? 機序は?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.07.29
最新の記事
-
対談・座談会 2025.03.11
-
対談・座談会 2025.03.11
-
対談・座談会 2025.03.11
-
FAQ
医師が留学したいと思ったら最初に考えるべき3つの問い寄稿 2025.03.11
-
入院時重症患者対応メディエーターの役割
救急認定看護師が患者・家族を支援すること寄稿 2025.03.11
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。