二元論の克服――ヘーゲルとマルクス(岩田健太郎)
連載
2013.08.19
The Genecialist Manifesto
ジェネシャリスト宣言
「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,"ジェネシャリスト"という新概念を提唱する。
【第2回】
二元論の克服――ヘーゲルとマルクス
岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)
(前回からつづく)
ま,タイトルでドン引きしないでくださいね。ぼくは哲学も経済学も素人なので,あくまで素人流の解釈です。
結論から言うと,ヘーゲルもマルクスも二元論を克服しようとしてある程度成功し,そして失敗した,というのがぼくの解釈だ。
ヘーゲルはある命題(テーゼ)と反命題(アンチテーゼ)の「どちらか」という議論で終わらず(これが二元論),両者を統合するかたちで新たなる命題(ジンテーゼ)をもたらした。そのプロセスをアウフヘーベンと言ったわけである。日本語では止揚,なんてワケワカンナイ訳語があるが。このような思考法を弁証法と言ったのである。少なくとも,ヘーゲル的には。
1960年代くらいの本を読むと,なにかにつけて「これはなんとかの弁証法である」という口調があるが,ああいう「弁証法」の使い方は,ぼくにはよくわからない。単に当時流行っていたから使っていただけのように,思える。じぇじぇ。
ヘーゲルはこうやって,弁証法を使いながら,思考に思考を重ねていけば,アウフヘーベンという階段を登りに登ってどんどんベターな考えになっていくんじゃないかと考えた……んじゃないかとぼくは考える。
*
が,人間は歴史を通じて階段を登るようにベターになっていく,といったヘーゲルの考えはナイーブに過ぎないことを,その歴史そのものが(とくにドイツの近代史が)看破してしまった。理想の国家社会も遠い遠い存在で,本当に存在し得るのかもはなはだ疑問である。『歴史哲学講義』1)を読めばわかるように,ヘーゲルさんのアジア蔑視はかなり強烈で,本当のところは彼もけっこう(西洋 vs. アジアという)二元論的世界に染まっちゃってたんじゃないか,とぼくは思う。むしろ先達のカントのほうが日本の鎖国を擁護していたり,より西洋中心主義から自由だったようにも思える2)。
ま,ヘーゲルさんのような西洋中心主義は,当時の西洋においてあまりに支配的な考え方すぎて,当たり前な考え方すぎて,とくに意識することもできなかっただろう。これが大胆に,そして残酷にひっくり返されるには,ジョゼフ・コンラッド,クロード・レヴィ=ストロース,そしてジャレド・ダイアモンドたちの登場を必要とするのである。
どうでもいいですが,ヘーゲルの肖像(Wikipediaで簡単に見つかります)を見ると厳しい,冗談の通じないおじいちゃん,という感じだが,彼が主著『精神現象学』を書いたのはヘーゲルがまだ37歳のときである。今のぼくよりずっと若かったときだよ。いずれにしてもヘーゲルが掛け値なしの大天才だったことは,間違いない。その大天才ぶりが,どのくらいのものだったのかすら,ぼくには展望できないけれど,そう直感はできる。
*
ヘーゲルたちの時代はドイツ観念論の時代であり,それは「机の上でものを考える演繹法」である。カール・マルクスはヘーゲルから大きな影響を受けたが,しかしその観念論はリアリティーを欠く点で不満だった。地に足がついていないようで,マルクスはそういうのが感覚的に嫌いだったんじゃないだろうか(たぶん)。で,マルクスは史的唯物論に向かっていくのだが,そこにはぼくらは向かわない。本題からずれちゃうから。
マルクスは,資本家(ブルジョワジー)vs. 労働者(プロ...
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