医学界新聞

対談・座談会

2013.07.22

【座談会】

基礎から臨床へ,どう橋渡しをするか
看護教員が教える「病態生理学」
大屋 八重子氏(山陽看護専門学校・校長)
田中 越郎氏(東京農業大学応用生物科学部・教授)=司会
千葉 今日子氏(北里大学看護専門学校・専任講師)


 高度な医療に対応できる豊富な知識と技術に基づき,適切なアセスメントをする力が看護師に求められている。2009年に改正された「看護師等養成所の運営に関する指導要領」(以下,カリキュラム)には,初めて「病態生理学」が加わり,専門基礎分野は「臨床で活用可能なものとして学ぶ内容とする」ことが示された。改正から4年が過ぎた今,試行錯誤が続く教育現場では,どのように「病態生理学」の教育を進めているのか。『系統看護学講座 病態生理学』(医学書院)を採用する看護師養成校2校の取り組みから「病態生理学」の教育の在り方について検証した。


田中 私はこれまで,生理学を専門とする医師として看護教育に携わってきました。その経験から思うのは,解剖生理学や病理学といった専門基礎分野から,成人看護学や小児看護学などの専門分野へ,学生の理解がスムーズに移行できていない場合があるということです。多くの看護師養成校でも,いざ専門分野に入ったときに学生の学習到達度と教員の認識にズレが生じているのではないでしょうか。

 2011年に厚労省から出された「看護教育の内容と方法に関する検討会報告書」において,「専門基礎分野と専門分野の教育内容を関連付けるような教育方法を用いることで,専門基礎分野の学習効果が高まることが考えられる」とあります。限られた時間数でいかに専門基礎分野で得た知識を専門分野に橋渡しできるか。両者をつなぐ上で「病態生理学」の在り方が重要になると言えます。

専門基礎分野か,専門分野か

田中 2校の先生方は,新カリキュラム以降,どのような構成で病態生理学を教えていらっしゃるのでしょうか。

大屋 本校では,2010年度から専門基礎分野に新たに「病態生理学」を設けました。1年次の前期に「解剖生理学」(60時間)と「病理学」(15時間)を非常勤講師の医師が担当し,ほぼ同時期に「病態生理学」(30時間)を看護教員が教えます。本来,病態生理学は後期に取り入れたいのですが,2年課程の時間数の関係から同時進行で行っています。専門基礎分野において看護教員が専門分野への橋渡しができる科目構成にしています。

田中 どのような経緯で病態生理学を取り入れたのですか。

大屋 旧カリキュラム当時,成人看護学の授業を行うころには,学生がすでに学んだはずの解剖生理学や病理学を忘れてしまっていて,その復習にかなりの時間を取らざるを得ませんでした。そこで看護の思考を整理しやすいように専門基礎分野に「病態生理学」を加えました。患者さんに対し,予測をもった適切な観察とアセスメントを行うための根拠となる病態の基礎知識を押さえられれば後に続く専門分野を深く学ばせることができるのではないかと考えたのが取り入れた経緯です。

千葉 本校でも,専門基礎分野の解剖生理学や病理学は医師が担当していますが,その先,基礎と臨床をつなぐのは専門分野を担当する私たち看護教員の役割だと考えています。科目として「病態生理学」は設けていませんが,カリキュラム改正後の2011年度から病態生理学のテキストを使い始めました。1年生で学ぶ専門分野I「看護過程」「臨床看護学総論」「フィジカルアセスメント」のなかで,体の仕組みや症状,看護過程に関してペーパーペイシェント(紙上患者)を用いた事例分析を行う際に使っています。

田中 専門基礎分野ではなく,専門分野の入口で病態生理学を扱うという位置付けですね。

千葉 ええ。問題解決思考力を養うためには専門分野Iの基礎看護学で学ぶのが効果的です。学生の思考の傾向として私が感じるのは,患者さんの症状を“点”でとらえていて,“線”でみる視点が抜けがちだということです。症状があるか/ないかで判断してしまい,症状が2-3日後にどのような反応になっていくか,時間の経過で考えることが苦手です。

 しかし看護は,単に体の反応を見るだけでは不十分です。呼吸する,食べる,排泄する,休息するなど,患者さんの生活全体をみてケアを考える必要があります。疾患や症状によって生活上どのような不都合が生じてくるのか,病態をとらえ経過を考えながらアセスメントすることが重要なのです。

 こうした看護の思考過程を学ぶ上で,どうしても人体の構造と機能全体の理解が不可欠になります。そこで,より看護の基礎的思考を養う専門科目で扱うことにしました。

教員がそれぞれの得意分野を分担して教える

田中 先生方の学校では,看護教員が病態生理学を教えていることがわかりました。一方,教員が担当しない解剖生理学や病理学は,医師が担当しているそうですが,うまく連携はとれていますか。

大屋 年度初めにシラバスに沿った講義をお願いしているのですが,限られた時間数なので,その内容に偏りが生じる可能性はあるかもしれません。

田中 そこは教育方針を一任せず,将来の看護につなげていくために,解剖生理学や病理学からも看護の思考を取り入れるよう,専門基礎分野を担当する医師に積極的に科目の到達点を明示していくことが欠かせません。それによって看護教員が教える病態生理学へのつながりもスムーズになるでしょう。では,大屋先生の学校ではどのように病態生理学を教えているのでしょうか。

大屋 病態生理学の30時間を,4人の看護教員で担当します。それぞれの経験の有無や専門領域を考慮して,1人の教員が18時間,他3人の教員が4時間ずつ分担する構成です。

 例えば呼吸器系の講義は,この分野を得意とする教員が担当し,症状を中心に押さえていきます。まず,「呼吸器の機能の正常性を保つしくみ」を復習し,正常な機能がどう破綻して疾患に至るのかを学びます。

 個別の疾患については,COPD(慢性閉塞性肺疾患)であれば,COPDの病態関連図を参考に,呼吸困難や咳嗽など特徴的な症状がなぜ起きるのかを説明していきます。また,COPDの患者さんは「口すぼめ呼吸」をすると呼吸が楽にできるため,患者さんへの指導が必要になることもあります。なぜ口すぼめ呼吸をすると楽になるのか,身体の中でどのようなことが起きているのか,日常生活へどのように影響するのかということを,病態生理から明らかにします。個々の患者さんに必要な,看護実践の根拠となる部分が見えてくるように授業を進めています。

田中 分担して教えると,自分の専門のところは教えやすく,負担も少なくなります。看護教員が教える際のコツとして,いいアイディアですね。教員の知識レベルや教え方の統一にはどのような工夫をなさっていますか。

大屋 まだ十分ではありませんが,まず初回の授業の「病態生理学概論」は,担当教員全員が参観し,病態生理学を学ぶ意義について共通認識を確認します。教員にも経験の差がありますので,今後はお互いの授業参観とフィードバック,学習会も行いたいと考えています。

教員はどの程度,教えればいいか

千葉 病態生理学の知識は看護を行う上で必要と言われていますが,私たち教育者と臨床現場では考え方の異なる部分もあります。実際の看護に必要な病態の知識は,どの程度教えればいいのでしょうか。

田中 まずは国家試験レベルが必要かつ十分な知識量として目安になるのかなと思います。ただ,国家試験は,あくまでも知識を問うているペーパーテストにすぎません。したがって実践レベルにおいては,患者さんに質問されたときに,納得してもらえる説明ができる病態生理学の知識を持つことが求められるでしょう。自信を持って伝えられることは, 患者さんの不安や苦痛など,生活上の不都合を解消するだけでなく,コミュニケーション能力の向上にもつながります。

大屋 成績が優秀な学生のなかには,自分でどんどん勉強して医師レベルまで深入りし,看護実践に必要な知識から離れてしまう学生もいます。

田中 その場合,看護師として患者さんに提供すべき知識に重点を移すよう,軌道修正してあげるほうがいいと思います。深入りしなくてもよい知識,例えば画像診断装置や臨床検査方法など検査の細かい原理や方法の理解は学生には不要でしょう。教員も,神経のアクションポテンシャルや心筋の細胞内電位,心電図波形の細かい由来など電気生理学的なことの理解はいらないと思います。専門職としての看護師である以上,看護視点の知識,患者にとって役立つ知識を持って行動できることが何より重要です。

授業での繰り返しを恐れない

千葉 病態生理学を教えるなかで,器質的障害の指導で課題を感じています。例えば「炎症」や「腫瘍」,「梗塞」が起こった後にどうなるのかを教えるに当たり,浮腫やうっ血のような体液調整のしくみについて解説を始めた途端,学生に敬遠されてしまいます。

田中 病気というのは,基本は器質的障害です。大きく分類すると形態異常・代謝障害・循環障害・炎症・腫瘍の5つしかないとまず説明してください。それらを器官系統別に当てはめていけば少ないキーワードで理解できます。そのためには,やはり解剖生理がわかっていないといけないのですが,非常に範囲が広くて深いため,授業をひととおり受けただけで全て覚えて理解することは不可能です。そもそも教科書やカリキュラムは,前に学んだ内容を全部理解していることを前提に組まれていますが,私はそこに大きな問題があるのではないかと思っています。同じことを何度も何度も教えて,理解度を少しずつ深めていく,そういう授業のほうが現実的です。

大屋 具体的にはどのように教えていけばいいのでしょうか。

田中 教員は授業での繰り返しを恐れないことです。専門基礎分野で最初に学ぶ解剖生理学では100教えて50わかればOKとし,次に,病態生理学のなかでもう一度教えて,解剖生理学の知識を70に増やす。さらに成人看護学に入ってからもう1回教えて80に上げるというイメージです。徐々に知識を積み重ねていけるようにするといいでしょう。すると,人体の構造と機能の共通項を縦糸としたとき,横糸である疾患の共通項がピッとつながる。ある日突然,学生の頭の中でパーッと霧が晴れるような状況になるはずです。「そういえば昔,あの授業で先生が言っていたのは,こういうことだったのか」と。

千葉 その横糸がつながる感覚を実感してほしいと思い,授業では,レポートでの文章表現,関連図やイメージ図を描いて整理すること,それから学生同士が口頭で説明し合うなどし,さまざまな角度から理解を深められるよう学習方法を工夫しています。好き嫌いや,得意不得意がありますので,まずは好きなところ,得意なところから伸ばす。もう少し広く目を向けられるようになったら,苦手なところにも取り組ませるようにして,関連づけができるように心掛けています。

田中 それはいいですね。何度も復習しながら全体を俯瞰できれば,さまざまな病態が実は同じことを別の面からみていることに気が付きます。少しずつつながりが見えてきて,すべての現象が有機的につながると,とてもうれしいものです。繰り返し学習するために,病態生理学は解剖生理学を学んだ直後に開始することが,理解の底上げにも次への橋渡しにも有効だと思います。

■病態生理がわかると実習が楽しい

大屋 病態生理学の科目を設けてから4月で4年目を迎えました。科目新設により授業に組み入れている演習などで,病態の理解が追い付いていない学生を早い時期にキャッチできるようになり,その学生に個別指導もできるようになりました。全体的な底上げが図られ,実習を担当している教員や指導者から,「学生が患者をアセスメントする力が伸びてきた」という感想が頻繁に聞かれるようになりました。学生の看護に対する患者さんの評価も上がってきて,教員も手応えを感じています。

 また,3-4年前までは,実習が始まると学生は「つらい」,「しんどい」という言葉が多かったのですが,ここ1-2年,「実習が楽しい」という声が聞かれるようになっています。病態がわかり始めると,適切なアセスメントができ,安全で安楽な個別性のある看護が実践できるようになったのだと思います。

千葉 本校の学生も反応が変わってきました。例えば,足浴をすると副交感神経が優位になり睡眠や消化反応がよくなります。こうした生理学的なメカニズムを科学的な視点で理解し,ケアまでつなげられたときの喜びは大きいようです。専門職として,日常生活を支える意味の重要性がわかってきたのだなと思います。

田中 自分がめざす専門職に一歩近づいているという実感は何よりもうれしいことだと思います。同じ話を聞いても1回目よりも2回目のほうが深いところまで理解でき,自分は成長したのだという喜びまで実感できるような授業構成がいいですね。

 今回の議論を踏まえて,今後の抱負や課題を伺いたいと思います。

大屋 病態生理学を取り入れることにより,臨床での看護実践能力の向上につながるとあらためて実感しています。授業から臨地実習へと,看護を考え実践していくための学びがスムーズになるよう,より良いシステムづくりを考えていきたいと思います。

千葉 病態生理学のテキストを用いることで,教員も学生も疾病の考え方や器質的な部分を,最初から最後まで統一感を持ってシンプルに考えられるようになりました。大屋先生のおっしゃる通り,私たち教員も病態の理解など教育のレベルを上げていけるよう,日々努力をしていかなければなりません。

田中 せっかく学んだ解剖生理学などの知識を専門分野に有効に利用するには,やはり「病態生理学」という科目は重要であると再認識できました。また,いいテキストを上手に使い,授業準備を周到に行えば,非常に効果が上がることも確認できました。

 病態を正しく理解し自分の頭でアセスメントができるようになった学生は,勉強する楽しみを実感します。そして楽しく勉強することにより自分の成長の手応えを自分で感じ取れると,好循環のスパイラルが始まります。この好循環を生み出すような教育は,やり方次第で十分可能だと言えます。本日は,ありがとうございました。

(了)


田中越郎氏
1980年熊本大医学部卒。三井記念病院内科研修医,スウェーデン王立カロリンスカ研究所留学,東海大医学部生理学講座助教授等を経て2003年より現職。専門は生理学。東海大では教育計画部付も兼任し,ユニークな教育方法で01年度日本医学教育学会懸田賞受賞。主な著書に『イラストでまなぶ生理学』『イラストでまなぶ薬理学』『イラストでまなぶ人体のしくみとはたらき』『系統看護学講座 病態生理学』(いずれも医学書院)などがある。医学博士。「実際の臨床現場で患者さんから“このナースに看護してもらってよかったな”と思われるような看護師を育てていきたいです」。

大屋八重子氏
1970年日赤武蔵野女子短大(現日赤看護大)卒。同年より武蔵野赤十字病院に勤務。71年社会保険広島市民病院,76年広島市医師会看護専門学校を経て,91年より山陽看護専門学校。2000年教務主任,05年副校長,12年より現職。「学生と教員がともに学び合い,ともに成長する参画型看護教育を今後も推進していきたいと思います。夢は“看護を創造できる心温かいナース”を育てることです」。

千葉今日子氏
1994年久留米大医学部附属看護専門学校(現久留米大)卒。同年より久留米大病院勤務。2000年都保健科学大(現首都大)教員養成講座修了。同年より現職。04年法政大人間環境学部卒。呼吸療法認定士。専門領域は基礎看護学,成人看護学。「看護師一人の力はチームの力になり,そして患者さんの力になります。一人一人の想いを大切に,専門職業人として自ら考え,判断し,行動できる看護師の育成に取り組んでいます」。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook