私と医学界新聞(高久史麿,矢崎義雄,井村裕夫,伊藤正男,金澤一郎,南裕子,黒川清,川島みどり,李啓充,河合忠,井部俊子)
寄稿
2012.10.29
【寄稿】
私と医学界新聞
『週刊医学界新聞』では,過去に多くの医療者の方々にご登場いただきました。そこで3000号を機に,これまでの記事を通じ深いかかわりのある方々に「私と医学界新聞」と題して弊紙との思い出を振り返っていただきました。
正しく医学の新しい流れを取り上げ続ける医学界新聞
高久 史麿(日本医学会会長) この原稿の依頼に関連して医学書院から送られてきた資料によると,私が医学界新聞の座談会に最初に出たのは,「新しい医学教育をめぐって――臨床系の系統講義のあり方」(第1315号,1978年9月11日発行)。ちょうどそのころ私は自治医大の教務委員長をしており,基礎・臨床統合講義やクリニカル・クラークシップの在り方について試行錯誤していた時代であった。
東大の内科の教授をしていた時代には,京大内科の井村裕夫教授(当時)との対談が,「21世紀への内科学――分子内科学の進展と内科学の統合」(第1927号,1991年1月7日発行)をテーマに行われた(下写真)。ちょうど分子生物学的な手法が内科学の研究に積極的に取り入れられるようになり,内科学の研究が新しい時代を迎えようとした時期であった。また,1993年には「遺伝子治療の現状と将来」(第2025号)をテーマとした新春座談会に司会として登場した。私が厚生省(当時)で遺伝子治療臨床研究の審査委員会の委員長をしている時期である。
対談「21世紀への内科学――分子内科学の進展と内科学の統合」での井村氏(左)と高久氏(右) |
内科学が経験の学問から科学へと変貌した20世紀を振り返り,21世紀を展望した。医学書院本社ロビー(当時)にて。 |
私は毎週送られてくる医学界新聞のタイトルには一応目を通すようにしている。それを見ると,私が今までに参加したときと同じように新しい医学の展開や医学教育に関係するテーマが多く,現在もその状況が続いているという印象を持っている。今年の新春特集「日本発!! ブレイン・マシン・インターフェース新時代」(第2959号,2012年1月2日発行)などは正しく医学の新しい流れ,しかも臨床的な有用性の高い医療技術を紹介する記事として高く評価したい。
医学界新聞には今後とも新しい技術の紹介や医学教育などの問題を取り上げていただきたいと考えているが,私が特に問題にしているのは現在の医師国家試験である。私は自治医大の学長をしているときから3日間に500題という医師国家試験の現状は医学生にとって過剰な負担であり,そのため臨床実習の時間が短くなっているといつも考えていた。
わが国では臨床実習に入る前に共用試験が行われており,共用試験の内容は確実に良くなってきている。共用試験と医師国家試験とをどのように連動させるか,全国医学部長病院長会議でも問題になっていると聞いているが,この問題を医学界新聞でも取り上げてもらいたいと考えているのは私だけではないと思う。
時世の変遷と共感の歩み
矢崎 義雄(国際医療福祉大学総長) わが国の医学・医療は,1961年の国民皆保険制度の確立により,安心社会を実現するとともに,戦後の復興から世界第2位の経済大国に発展した過程で,基盤となる社会システムとして大きな貢献をしてきた。しかし,この20年間で,経済の成長時代が終わり,人口の少子高齢化も加わり,社会保障の持続可能性が危惧されるようになり,医療を取り巻く環境は大変厳しい状況になっている。
このように大きく変遷してきた医学・医療の時々の動向を的確にとらえて,適切な論評を加えて報道してきたメディアはごく少数であり,その中でも,60年近い伝統を有し,しかも編集部が充実していた『週刊医学界新聞』の果たした役割は極めて大きかったと思っている。
そこで,私はこのように大きく変わる医学・医療にあって,医学界新聞に共感を持って歩んできた思いが強い。特に,新医師臨床研修制度の発足時と,病院の医師不足に伴って注目されたチーム医療について,時宜を得た特集を組んでいたことが,印象深い。
2004年に新医師臨床研修制度が発足した。医師が総合的な診療能力を修得することをめざした研修制度で,総合的なスーパーローテート方式と,研修病院を研修プログラムから選択できるマッチングシステムの導入,さらに研修に専念できるような処遇を行った画期的な制度である。当初は十分な理解が得られなかったが,医学界新聞では発足時よりたびたび特集を組んで,新制度確立に大きく貢献していただいた。
一方,医療の高度化と人口の高齢化により,医師が,専ら業務を行う従来の体制では対応が困難となり,看護職を中心とした医療職種が,知識と経験,そして技術を持ち寄って医療を行うチーム医療の推進が欠かせないことが明らかになった。それには新たなカリキュラムに基づいた教育内容の見直しと責任体制の構築も必要となった。医学界新聞には,このような課題についても,理解を深めるための特集を組み,チーム医療の重要性が広く認識されるようになったことに深く感謝している。
社会の大きな転換期と医学・医療
井村 裕夫(京都大学名誉教授/先端医療振興財団理事長) 『週刊医学界新聞』は,医師のみでなく多くのメディカル・スタッフに最新の情報を提供する専門紙として大きな役割を果たしてきた。私も対談や座談会に出たり,書評を書いたりしたことがあったが,最近は読者の一人としてさまざまな新しい情報を学ぶ場として活用している。研究・診療の現場を離れた私にとって,このような情報源は大変貴重である。
さて,現場を離れると今まで見えなかったことが見え,あまり気にしなかったことが気になるようになる。そのことの一つについて書いてみたい。それは急速に進む少子高齢化の医学・医療への影響である。戦後わが国では,出生率は早くから低下していたが,ベビーブームの世代の影響で総出生数の減少はあまり顕著ではなかった。豊富な生産人口が,日本の経済や社会保障,特に医療を支え今日の長寿社会を実現する一つの要因となった。人口のボーナスを活用してきたわけである。
しかし,総出生数の減少が次第に顕著になり,またベビーブーマーも引退し始めたことでボーナスはなくなり,医療をはじめとする社会保障をどう持続可能なものにするかが深刻な課題となりつつある。内閣官房の試算によると,2025年の総医療費は53兆円を,介護費は19兆円を超える見込みであるという。
もちろんこの問題は医療のみでなく,雇用,労働形態,生活様式,社会構造など,極めて幅の広い問題である。社会が全体として大きな転換期にさしかかっていると言える。しかし医療費が社会保障費の大きな部分を占めているだけに,医療の在り方について真剣に考えねばならない時が来ていることは疑いがない。限られた資源を活用してどのように人々の健康を守るのか,そのために力を入れるべき分野は何か,医療をどのように効率化するのか,どのような老後が理想か,どのように死を迎えるか。これらはすべて医療関係者と国民の間に対話が必要な問題である。
2015年に京都で開催する「第29回日本医学会総会」では,こうした問題についても討議したいと考えている。
脳科学の時代を振り返って
伊藤 正男(理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問) 私の専門である脳科学はこの40年ほどの間に目覚ましく進歩したが,その時を追っての進歩については医学界新聞にたびたび取り上げていただいた。第1040号(1980年6月30日発行)には酒田英夫氏と私の対談「脳の設計図を求めて」,第2128号(1995年2月8日発行)には金澤一郎,永津俊治,立石潤,吉田光男各氏と私を含めての座談会「『脳の世紀』構想――脳研究の現状と展望:臨床編」が掲載されている。これらを読み比べて見ると,この時期,脳の研究が多角化し,一つの大きな研究分野にまとまりだした様子がよくわかる。そして1996年には日本で初めての大型戦略研究プロジェクト「脳科学の時代」が発足し,その後すでに16年を経た。
この間の進歩を概観してみると目立つのは研究技術の進歩である。特にいろいろな分子プローブを使ったニューロンの分子的な活動の可視化技術,オプトジェネティクスと呼ばれニューロンを光で刺激したり光で活動を記録する方法,遺伝子を操作して神経回路を一時的に遮断する方法など,あるいは,脳波のように脳から取り出した信号を使ってロボットの腕を動かすなど,以前は夢のようにしか思われなかった研究方法が実現ないし,それに近い状況にある。
しかし,欲を言えば目覚めている人間の脳の中から個々のニューロンの信号を取り出すというそれこそ夢のような技術が欲しくなる。無茶を言うようだが,今盛んに使われているファンクショナルMRIもついこの前までは夢のような話であったことを思うと,ただ笑ってばかりはいられない。
基礎的な脳研究の分野では,個々のシナプスの伝達や可塑性にかかわる分子,細胞レベルの研究が大きく進んだが,多数のニューロンが作るニューロン回路あるいはシステムの働きを理解することはまだ難しい。このような局面では,コンピューターシミュレーションが次第に有効性を増してきた。例えば,B.サクマンは網膜から大脳皮質に至る視覚系の構造に基づいた忠実なモデルをスーパーコンピューター上に作り,その活動を目に見えるようにしている。
現時点ではあらかじめ想像できるような出来事しか再現されていないが,その先に何が出てくるか期待もされる。また大脳皮質の回路をコンピューターに写しとって,その回路がどのような自発活動を起こすかを調べるマーカムらのBlue Brain Projectが進行している。大脳皮質には脳波状の波がよく出るが,浅層では得体の知れない波が出ることがあるそうだ。そういうものの意味を調べるにはどうしたらよいかが問題となるだろう。わが国でも「京」のようなスーパーコンピューターを使って大いに研究してほしいところである。
連続座談会「脳とこころ――21世紀の課題・1」(第2472号)より |
左から野々村禎昭氏,合原一幸氏,伊藤氏,藤田晢也氏,乾敏郎氏,茂木健一郎氏。 |
分子遺伝学の世界へのデビュー
金澤 一郎(国際医療福祉大学大学院長/東京大学名誉教授) あれは,私の頭髪がまだ黒々としていた1983年のことだった。私が,それまでのハンチントン病の脳の神経伝達物質の研究から,遺伝子の研究に転向するきっかけとなる記事が,11月の『Nature』誌に載った。その数か月前にシカゴでの研究会で会ったばかりのジェームス・グゼラ博士らが,多型を検出するDNAプローブを用いての連鎖解析によって,ハンチントン病の遺伝子座が第4染色体短腕の先端部にあることを突きとめたという記事だった。
しかし,その内容は,われわれ臨床家にはなじみの薄い遺伝子連鎖に関する遺伝学的知識と,当時やっと端緒についたばかりのDNA解析技術の両方を熟知していないと理解できないシロモノだった。当時,私がいた筑波大学で,この二つの領域の専門家に指導を仰ぐことができたのは幸運であった。さらに幸運なことに,この論文の重要性を喝破された先輩が,このグゼラたちの論文を医学界新聞で解説したらどうか,と私を推薦していただいた。
執筆依頼を受けてから,私はあらためてこの論文がこの時以降の遺伝病解明に与える大きな影響を実感して,読者にわかりやすい解説をしようと心を込めた。慣れない図を作ったりした。そのおかげで,私自身この論文を非常によく理解できるようになった。だから,この医学界新聞に執筆した記事は,私の分子遺伝学の世界へのデビューを飾った,記念すべき記事なのである。
私の顔写真付きの記事は1984年3月に......
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