医学界新聞

2012.10.15

Medical Library 書評・新刊案内


思春期・青年期のうつ病治療と自殺予防

David A. Brent,Kimberly D. Poling,Tina R. Goldstein 著
高橋 祥友 訳

《評 者》山本 泰輔(防衛医大防衛医学研究センター・行動科学研究部門)

思春期・青年期患者の心理療法を扱う人々に広く読んでほしい一冊

 「死にたい」「生きているのがつらい」「気がついたら自傷(自殺未遂)に及んでいた」……,こうした若者が目の前に現れたときにどう接するかという問題は,教育現場にいる者,または心理療法,精神療法を担当する者にとっては,避けて通れない。こうした若者は,多くの場合,希死念慮の背景に多くの問題(精神疾患,社会スキルの未熟,経験の不足,不健康な人間関係など)を抱え,同世代のコミュニティから取り残され,それがさらに将来の適切な発達過程の機会を失わせるという悪循環の中にいる。このため,自殺予防としては,急性期には精神症状に対する治療,中長期的には成長を含む包括的な戦略が必要である。

 本書は,こうした急性期から中長期的に及ぶ問題点とその対処法について,具体的に,そして体系的に解説してくれている。個別のアプローチについては,患者とセラピストの実際のやりとりや有用なツールが例示されているので,それぞれ自分の扱っているケースで役に立つところを抜き出してそのまま使える。また,全体の大きな戦略について体系的に解説されており,これらをしっかり理解して実践することで,自分でケースを扱う際に,治療経過を論理的に把握し,患者と共有することを可能にしてくれる。連鎖分析による問題点や保護因子の把握,思考・感情・行動への効果的な介入といったスキルがわかりやすく解説されている。これら個別のアプローチ自体は特段新しいものではないが,体系的に理解することでこれらの組み合わせを戦略的に活用でき,また患者に説明・助言することができる。これにより,患者が抱えた問題の解決に向けて,セラピストと協力しながら,患者自身が努力し,多くを学んでいくことを可能にする。最終的に,患者が自分で健康的なサイクルへ復帰し,本来の軌道での生活を再開させることにつながる。

 訳者の高橋祥友氏は,長年自殺予防に注力してきた日本を代表する精神科医である。その高橋氏のあとがきにも書かれている通り,上記にあるようなスキルの訓練を個人療法の場に統合することを本書は可能にした。米国の研究者による著作の翻訳であるため,日本での文化や会話形式にそぐわないところ(家庭に銃がある場合の保管法といった予防策が述べられていたり,患者とセラピストの会話で日本人にはピンとこない流れがあったりする)や,内容的に堅苦しいところもあるが,現実に自殺の危機にある若者と接している治療者にとって,本書は即実践可能なアプローチを提供してくれる。また,自殺予防に特化しなくても,これらの考え方は思春期・青年期患者の心理療法を扱う者にとって大いに応用し得る内容である。基本的には心理療法家,精神療法家を対象にした解説であるが,これらの体系的な理解は心に問題を抱える若者への支援に大いに役立つと思われ,それらにかかわる人々に広く読んでほしい一冊である。

A5・頁336 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01556-1


成人期の自閉症スペクトラム
診療実践マニュアル

神尾 陽子 編

《評 者》黒木 俊秀(肥前精神医療センター・医師養成研修センター長)

すべての精神保健医療関係者必携のマニュアル

 古参の精神科医の間では,いわゆるマニュアル本の類は価値が低いと見下す風潮がいまだにある。どうやら,30年前にDSM-IIIという文字通りのマニュアルが世界を席巻して以来,精神医学が薄っぺらになったという義憤を抱えているようだ。だが,DSM-III以前のわが国において,精神医学の基本と位置付けられていた,かのクルト・シュナイダーの『臨床精神病理学序説』も,元はといえば家庭医向けに書かれたマニュアル本ではなかったろうか。マニュアル本特有の薄さが,内容の厚みと相反する好例である。

 同様に本書も,そのいかにもマニュアル本らしいB5判・200ページほどの軽やかな装丁とは裏腹に,中身は驚くほど濃い。それも,昨今の精神科臨床において何かと話題になる成人の自閉症スペクトラム障害(ASD)の診療について,総勢30名ものわが国の第一人者が分担執筆した実践の「手引」である。編者は,ASDかどうかの診断分類を厳密に行うことに主眼を置くのではなく,患者のASD特性についての理解を深め,それを踏まえて診療を行う際の工夫や留意点を強調したという。なるほど,その狙いは,見事に成功している。

 まず本書が,優れた手引であるゆえんは,例えば,具体的な面接の要点を列挙した第3章「ASD特性に応じた面接の工夫」や第4章「診断面接の進め方」であろう。第12章「精神障害者保健福祉手帳用の診断書作成の注意点」や第13章「ASD成人の社会参加に向けて」の「主治医の意見書」のサンプルなども,支援にすぐに役立つ。

 だが,本書をして傑出した実践の書たらしめているのは,なんといっても後半の症例編ではないだろうか。「面接で何と答えればよいのかわからない」「自分は何をやってもダメなんです」「社内での行動がおかしいと言われました」等々のタイトルを付けた30症例について,各症例3頁以内で,診断と治療方針をわかりやすく解説し,さらに診療のコツをコメントしたワンポイント・アドバイスが追記されている。一般の臨床医は,まず症例に目を通し,改めて解説編に戻ってASDの診断概念や特徴を確認してみるのもよいだろう。症例の中には,ASD特性を部分的に有するのみの診断基準閾値下例も含まれており,DSM-5が提案しているASDのディメンジョン的概念が支援とリンクすることが示唆される。

 本書を通読して感じるのは,各著者のASD当事者に向ける温かなまなざしであり,血の通った支援の有り様である。実際,「ASD成人は変わっていく」や「ASDの人の得意・不得意は千差万別であるから,個別に考えるのが良い」という記述は心に染みこむ。その点で,本書は通常のマニュアルの域を超えた懇切丁寧な「手作業」の指南書である。本書を読めば,ASDを苦手に思う臨床医の意識も変わるに違いない。評者は,ASDの理解を通して,ひょっとして今後の精神医学の奥行きも深まるのではないかと期待する。それ故,すべての精神保健医療関係者の「必携」として,本書を推薦したい。

B5・頁208 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01546-2


≪精神科臨床エキスパート≫
専門医から学ぶ
児童・青年期患者の診方と対応

青木 省三,村上 伸治 編
野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集

《評 者》尾崎 紀夫(名大大学院教授・精神医学,親と子どもの心療学)

児童青年期の精神医学について臨床のエッセンスをまとめた良書

 精神科研修を開始した1984年から数年間,腎臓移植のリエゾン精神医学にかかわり,レシピエントである患児と接する機会を得た。移植腎を,「お母さんの腎臓さんが頑張ってくれている」と長期間語り,自己の腎臓として受け入れる過程が進まなかった11歳の女児は,その後,何度も尿量を確認せざるを得ない強い不安を呈した。13歳の男子は拒絶反応が生じた際,「お父さんが自分のお腹を切って,僕にくれた腎臓を駄目にしてしまって申し訳ない」と強い自責感を示す抑うつ状態に陥った。両親から受け取った「掛け替えのない腎臓」を,患児が心身両面で統合する過程にかかわることは,彼らの回復する力を目の当たりする一方,慢性疾患を抱えた患者・家族が医療に対して持つ両価感情,副腎皮質ホルモンや腎不全の脳機能への影響も含め,私の精神医療観に大きなインパクトを残した。

 当時,このリエゾン活動の指導者であった成田善弘先生はもちろん,周囲の児童精神科医の方々からいろいろな教えを受けたが,加えて「児童青年期患者の診方と対応」に関する何か良い書物はないかと探した。青年期はまだしも,児童期となると,「これは」と思える書物には行き当たらなかったように記憶している。

 さて,2003年に現職へ転任したが,児童精神科部門(親と子どもの心療科)があり,入院している患児と病棟回診で接する機会が増えた。摂食障害,発達障害,小児期の気分障害,精神病性障害など多様で,カンファランスで患児の症例検討もある。成人を主たる診療対象とする精神科医となるにしても,研修の過程で児童症例を経験しておくことは重要である。まして,精神疾患の生涯有病率が46.4%であり,その半分が14歳以前,4分の3が24歳までに発症しているという米国の疫学調査(Arch Gen Psychiatry.2005;62(6):593-602.)の結果からすれば,「児童青年期は専門外で」と言ってはおれない。

 医局の若手精神科医のためにも,何か良い成書はないかと探していて,本書に出会った。「医療,教育,福祉の現場で働くときに,児童・青年期精神医学は必須」との「時代の要請」に応えるべく,「一般の精神科を中心に他領域,多職種の専門家」に向けて編纂されていた。特徴として,「自分の経験と勉強を通して身につけた臨床のエッセンスを,先輩が後輩に伝えるようなつもりで」著すことを編者は執筆者に依頼し,それが見事に成功している。「子どもが自尊感情をもって生きることを支援する(吉田友子)」の中から,「経験を通して得た臨床のエッセンス」を,以下に紹介する。

 療育センターでの支援を受け,通常クラスに「適応」したと思われていたアスペルガー症候群の少女が,「自分は本音で生きることが出来ない。ニセモノの人間だ」と泣きながら語る姿に接し,「技術の向上の先に子どもたちの幸せがあると漠然と考えていた」筆者は,「技術を教えることと,技術を『胸を張って使うこと』を教えることとが別個の支援課題だ」と気付く。確かに,「発達障害の成人期初診例を診たことのある精神科医なら,たくさんの達成を重ね十分な適応状況を維持しているのに著しく自尊感情の損なわれている人たちがいることを実感」している。

 編者,青木省三先生が執筆した章,「子どもへの精神療法的アプローチ」にも"青年の自尊感情を大切にする"という項があり,序論「非専門医として,子どもに会うときに何に気をつけるか」でも「大人と子どもの関係は本質的に不平等である。だが,子どもに会う際は,『一人前の大人扱い』をし,子どもの考えや思いや意志に耳を傾けようとする姿勢が大切である」と,青木先生は語っている。「自尊感情」の回復を支援する姿勢は,本書に一貫している。

 各章の最後に,文献の項以外に,「Further reading」という項目があり,紙幅の関係で書き足りなかった「臨床のエッセンス」に加えて,「エビデンス」に関する補足も図っている。

 最後に,編者へのお願いを述べておく。コンサルテーションリエゾン(遺伝カウンセリングを含む)の分野でも児童青年期症例との対応は多い。また,小児期の双極性障害に関しても,さまざまな議論がある。今後の改訂で,これらについても,「臨床のエッセンス」を「先輩が後輩に伝え」ていただけると,ありがたい。

B5・頁240 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01495-3


摂食障害治療ガイドライン

日本摂食障害学会 監修
「摂食障害治療ガイドライン」作成委員会 編

《評 者》青木 省三(川崎医大教授・精神科学)

客観的な情報に,臨床家の経験や熱い思いが加わったガイドライン

 摂食障害は心身両面を巻き込む疾患である。身体を診る内科医や婦人科医などからすると,説得に応じずに身体的治療に抵抗する難しい患者であり,逆に心を診る精神科医からすれば,極度に痩せた状態の身体を目の当たりにして「しばしば自分たちの診療能力を越える」と思わせる,やはり難しい患者なのである。それだけでなく,患者自身は自分の痩せた身体の危険性を薄々は感じているものの,「今の身体で大丈夫」「体重が増えるのが恐い」などという思いもあり,医療に助けを求めない傾向にある。家族や学校・職場の多くの人に心配されながらも,医療にうまく結びつかない。これが関係者の感じている困惑であり,摂食障害という病気の難しさなのだと思う。

 本書は,このような混乱した現状に対して事態を整理し,有効な治療を提供することを目的に,日本摂食障害学会がわが国の摂食障害患者のために総力を結集して作成したガイドラインである。

 本書の特徴は,第一に,重要な情報が簡潔に平易に記されているところにある。文章の読みやすさだけでなく,一つひとつの章や項が適切な分量で記されている。情報は幅広い視野で検討され,臨床的エビデンスを基本に記されており,偏りがなく公平である。また,それだけでなく多くの臨床家の経験が踏まえられており,わが国の臨床家の記した治療ガイドラインであるということを実感させられるのである。

 第二に,摂食障害は心身両面を巻き込むので,一つの治療法で完結させるよりは,さまざまな治療法を折衷したり,統合したりすることが求められる。また,治療についても複数の立場の人が連携する多職種のチームという発想が重要であり,本書はこの基本的な考え方を踏まえて記されている。

 第三に,治療ガイドラインというとしばしば骨組みだけでできている味気ないものを想像しやすいが,本書からは多数の患者を診ている臨床家の苦労や工夫や知恵が,随所から伝わってくる。例えば,「第4章3.治療に対する動機づけ(執筆:切池信夫氏)」の項で,「患者がかなり痩せ,親が入院を騒ぎ立てていても,外来で治療を継続するという危険を冒すときにのみ,患者の治療の動機づけを形成し,患者を精神療法的関係に引き寄せることができることをしばしば経験します」というさりげない一文がある。評者はこの部分を読んで,氏がこれまで自身の身体を張りながらギリギリの臨床をされてきたことを感じ,感動するのである。この項はすべての臨床家にとって必読だと思う。

 以上,記してきたように,本書はエビデンスという客観的な情報に,臨床家の経験や思索,そして熱い思いが加わっているガイドラインで,それが本書を血の通うものにしている。机の傍らに置き,折々に開いて読むことをお勧めしたい。たくさんの示唆を得ることができると思う。

B5・頁320 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01443-4

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook