医療の質“カイゼン”を始めよう!!(長谷川耕平,飯村傑)
対談・座談会
2012.09.10
【対談】
M&Mカンファレンスで
医療の質“カイゼン”を始めよう!!
長谷川 耕平氏(マサチューセッツ総合病院救急部)
飯村 傑氏(大雄会総合内科)
研修医の皆さんは,「M&M(mortality & morbidity)カンファレンス」を知っていますか? 米国の教育病院では,死亡症例や重大な合併症を来した症例を題材として,悪い転帰に至った原因を医療システムや環境・組織レベルであぶり出し,次の失敗を回避することで医療の質向上をめざすカンファレンスが行われています。
本対談では,「米国臨床研修のなかで最もショックを受けたのがM&Mカンファレンス」と語る長谷川氏と,ライフワークとして医療の質向上に取り組む飯村氏が,日本で医療の質改善の文化を育むための方法について話し合いました。
M&Mカンファレンスという文化
長谷川 米国で臨床研修を始めて,よい意味で最もショックを受け記憶に強烈に残っているのがM&Mカンファレンス(以下,M&M)です。見逃し症例や重症例,死亡例の原因を探るカンファレンスですが,“魔女狩り”のような個人攻撃ではなく,救急部や病院全体でシステムの破綻した部分や失敗を次に活かす方法を,オープンにディスカッションする雰囲気に驚きました。
飯村 失敗が起こると当事者を責めるか,あるいは任侠のような「目をつぶっといてやる」という対応で終わることが多い日本には,あまりないスタイルのカンファレンスですよね。
長谷川 悪い予後が起きる場合,通常一つの失敗だけが原因となることはなく,複数の穴をくぐって致死的なエラーが生じることがわかっています1)。日本では,「私の力不足です」と非を認めることが“責任を取った”と評価されることもありますが,そこで思考停止に陥らず「エラーの原因は何か,システムに穴があったのか」まで議論を進め穴を同定し,その穴を埋めるよう行動しなければ再発防止にはつながりません。
飯村 米国には,組織ぐるみでそういった穴を埋め,システムの底上げで医療の質改善をめざす文化が根付いていますね。
長谷川 ええ。ですが,以前は違いました。M&Mの礎となったのは,20世紀初頭にアーネスト・コッドマンが開発した「End result system」という退院後の患者の予後を追跡するシステムですが,その活動は他の医師の不評を買い彼は干されたんです。
飯村 つまり,当時の文化は彼を受け入れられなかったということですね。
長谷川 彼は生まれるのが早すぎたのでしょうね。彼の活動は見直され,1935年にフィラデルフィアで始まった麻酔死亡例のエラーを同定する活動がM&Mの原型となりました。これ以降,米国の麻酔科はシステムエラー同定による患者安全の向上を主導する役割を担っています。
飯村 麻酔科や外科では早くからエラーの分析(図)のピラミッドの下部に当たるシステムエラーが注目されていましたが,内科では長い間診断やマネジメントの難しい症例の治療,いわばピラミッド上部の認知エラー(医学知識・患者ケア)の改善が重視されていましたよね。
図 エラーの分析 |
〔『内科救急 見逃し症例カンファレンス――M&Mでエラーを防ぐ』(医学書院)より転載〕 |
99年にACGME(米国卒後医学教育認可評議会)が6つのコア・コンピテンシー2)を打ち出し,各医学部もそのすべてをカバーできるようM&Mを再構築し,ようやく内科でもシステムや思考アルゴリズムといったメタ認知的な部分の改善に焦点が当たり始めたと感じています。
長谷川 その動きの背景にあるのは,米国Institute of Medicineから99年に発表された“To Err is Human:building a safer health system”だと思います。少なくとも年間4万4000人が予防可能な医療事故で亡くなっているという報告は米国医療界にとって非常にショッキングで,診断・治療だけでなく,医療の質や安全などシステムの改善に注目が集まるようになったのでしょう。
驚異的なdoor to t-PA timeを達成したMGH
飯村 システムの改善がもたらした医療の質向上には,具体的にどのようなものがありましたか。
長谷川 マサチューセッツ総合病院(MGH)救急部の例を紹介しましょう。MGHでは急性期脳卒中の救急診療システムを改善したことで,door to t-PA time(病院到着からt-PA静注開始までの時間)の成績が全米一となりました。具体的には,来院時から脳卒中チームがベッドサイドに至る時間,CTまでの時間,そこからt-PA静注までの時間など,診療の各段階における指標を全例で測り,特に時間が掛かっている領域をあぶりだしてシステムを改善したのです。来院からCTまで15分以内,t-PA静注開始まで1時間以内という目標の達成率は,4年前の60%から現在約85%まで上昇しました。全米の教育病院の平均は約30%ですから,非常に高水準を達成していると言えます。
飯村 驚異的な数字ですね。MGHでは脳卒中診療のすべてのフェーズを適切に評価できたことが,問題過程の同定・介入という成功につながったのだと思います。
一方,日本では各病院でどんな医療が行われているかすらあまり明らかになっていません。“To Err is Human”では,年間4万4000人という数字を「米国の医療は,毎日ジャンボ旅客機が墜落しているようなものだ」とも表現していました。しかしながら,日本ではそもそも飛行機が何機落ちているかすらわかっていないのです。
長谷川 そうですね。近年,日本でもさまざまなデータを活用して医療を評価する動きも始まっていますが,データの透明性はまだ低いのが実際です。
米国ではレセプトなどを利用した連邦データ(例:Healthcare cost and utilization project)が公開され,さまざまな研究に活用されています。
飯村 現状を知ることは医療の質改善を行う上での第一歩です。ピーター・ドラッカーも“What gets measured gets managed”と表現しているとおり,自分たちの医療がどこに位置しているかを把握して初めて改善につなげられます。当院では,ジョイント・コミッション3)のプロトコールに則って各科のデータを測定していますが,情報不足で出せない指標もあり,どこにデータの不備があるかようやくわかってきたところです。
長谷川 日本ではまず,現状を把握するシステムを作る必要がありますね。
飯村 ええ。そこからプラクティスとエビデンスのギャップが把握できれば,それを埋めていくことが医療の質改善につながります。MGHのdoor to t-PA timeのように,プロセスを区切りエラーがある箇所を改善していくには,病院の全職員を巻き込んで1例1例をM&Mで取り上げていくのが有効な手段となります。
長谷川 M&Mは医療の質改善の出発点です。M&Mがあることで,シス...
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