医学界新聞

連載

2012.08.27

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第92回〉
論考「迷惑な夫たち」

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 7月のある日,乱雑に書類が積み上げられている研究室の机の上に,「読売新聞で,今ちょっとした議論が起こっています」というメモとともに読売新聞夕刊(2012年7月5日付)のコピーが置かれていた。この議論は,「わたしの医見」と題する投書欄に投稿された『迷惑な夫たち』(埼玉県,看護師,女性,40歳)から始まる。

看護師の新聞への投書と読者からの反響

 それによると,「面会時間を気にせずに,入院する妻に寄り添う夫が多くて迷惑している」というのである。なぜなら,「患者の体をふくなど円滑に仕事を進める妨げ」になっていて,「残業せざるを得ない」状況になるという。しかも,「皆,何をするわけでもない」し,「ベッドサイドで居眠りする人もいる」のである。「病室は暇つぶしの場所ではない」と言いつつ,「伴侶を心配する夫の気持ちもわかる」と書いている。看護師の神聖な職場に侵入してやっかい者とされる夫が哀れである。

 翌週(7月12日付)の「わたしの医見」には,看護師ではない二人の意見が掲載された。

 「私が以前入院していた時も,入院する妻を時間外にお見舞いに来る夫」がいて,着替えることすらできず困ったので,「不快で迷惑だと看護師に訴えた」(札幌市,無職女性,44歳)。すると,「そうした行為は困るという趣旨の貼り紙をナースステーションの入り口に貼ってくれた」ので状況は改善された。さらに,「投稿した方は時間外労働が増えるという自分の都合ではなく,入院患者の身になって対処してほしかった」とコメントしている。二人目は,「投稿には正直,ショックを受けた」(福岡県,主婦,53歳)と述べ,療養型病院に入院している義母の見舞いでも「看護師に嫌みを言われることがある」という。そして,「優しい言葉はなくても,せめて嫌みは言わないでほしい」とした上で,超過勤務の問題などでイライラすることがないよう,「医療現場の労働環境の改善をお願いしたい」と締めくくっている。入院体験者と,入院患者の家族の立場からのコメントはバランスがよい。

 そして,翌々週(7月19日付)の「わたしの医見」には,再び看護師からの投稿が載った。

 一人目の看護師(東京都,女性,33歳)は,「患者を一番に思い,自分本意の看護になっていないかを考えれば,おのずと行動すべきことがわかる」と諭した後,「面会する人がいて残業することになるなら一緒に体をふいてもいい」し,「一時的に席を外してもらえばよい」と対策を提示している。さらに,妻の顔を眺めている夫の存在で「妻は安心している」のであり,夫は「不慣れな家事につかれていたりして,面会中に居眠りをする」のだと説明している。そして,「一方的に自らの超過勤務の考えが優先されていることに疑問を感じた」と苦言を呈している。

 「33年間働き,3年前に退職した元看護師」(大阪市,主婦,62歳)は,「超過勤務に八つ当たりする看護師の気持ちが感じられ」て,「同じ職業に携わった者として恥ずかしく思った」という。「40歳の中堅看護師の立場から,職場の労働環境について,リーダーシップを取って改善する方法を考える」べきであり,「患者やその家族にストレスをぶつけるのはいかがなものか」と述べている。

病院の閉鎖性,呪縛からの解放

 この議論の発端になったのは「迷惑な夫」のお見舞いからである。例えば,「迷惑な妻」とか「迷惑な娘」の面会というものがあるだろうかと考えてみる。そもそも,「面会」という言葉に象徴されているように,病院は外部からの訪問に閉鎖的であり,対応が不器用である。現代社会において「面会時間」が厳守されるのは病院と刑務所くらいではないか。

 今回の議論は,ほかにもさまざまな角度からみることができる。困っていることを「困っている」と声を上げずにきた看護師が,「病室で暇つぶしをしている夫は迷惑」と投書する行動は,「すべきではない」という規範の多い看護界の呪縛からの解放とみることもできる。

 ナースが善いことを行うためには,善いことを行う権限を持たねばならず,現状では,多くのナースがこの権限を持っていないと感じている。ナースは「神のように振る舞う」ことを求めているのではなく,自分の本来やるべき仕事をしたくて,そのための手段がほしいだけであると,社会学者のダニエル・F・チャンブリスは『ケアの向こう側』(日本看護協会出版会,2002年)で指摘している。自分たちの言い分を聞いてもらうためには,ナースが自らの経験と価値観に基づいて,自らの権限で発言しなければならないと彼は締めくくっている。

つづく

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