新しいルールと意味の創出(4)(武村雪絵)
連載
2012.05.28
看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて
【第14回】
新しいルールと意味の創出(4)
武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)
(前回よりつづく)
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
「新しいルールと意味の創出」を経験した看護師は,過去に,「組織ルーティンを超える行動化」によって自分なりの実践スタイルを構築し,自分の看護に自信や誇りを持っている時期,少なくとも疑問を感じない時期を経験していた。その後で,当たり前が揺らぐショック体験,あるいは,他者の言葉や姿が楔のように記憶に刻まれる経験をしたことが,「新しいルールと意味の創出」につながっていた。ただし,看護師にこれらを自らの根底を揺るがす体験として受け止める感性と,自己を揺さぶり,その揺さぶりに耐える力が備わっている必要があった。
当たり前が揺らぐショック体験
◆他者からの指摘
他者からの厳しい指摘が転機となることがあった。Yさん(第12回,第2970号)は,自分の看護に「ある程度できる」という感覚を持ち,そろそろ看護師を辞めて次のステップに進もうかと考えていた時期に事例検討会に参加した。その病院の事例検討会は,同じメンバーのグループで複数回,事例を基に議論する形式であった。Yさんが事例を紹介したところ,他病棟の先輩看護師に,「あなた,人間に興味があるの?」「ちゃんと患者さんの話を聞いてあげているの?」と言われたという。Yさんは,「どうして先輩にそんなことを言われなきゃいけないの?」と,そのとき強いショックと憤りを感じたという。
Yさんは,「もう事例検討会に参加したくない」と思いつつも,友人と参加を続け,なぜそのような指摘を受けたのかを,友人と,あるいは一人で考えたという。やがて患者の話を「ただ,すとんと落とすように聞く」方法を知り,看護が「すごく楽になった」という。Yさんは,それまでの自分の看護を,「確かに驕っていたんだよね」と振り返り,看護を続ける決意をしたと話した。
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ただ相手を否定するだけでは相手を傷つけ,反発をまねくだけで,「新しいルールと意味の創出」を促すどころか,意欲の低下や離職につながりかねない。Yさんは,厳しい指摘をした先輩看護師らと繰り返し振り返る機会があり,最終的には先輩看護師らに変化を評価され,親しい関係を築いた。言いっぱなしで終わらず,その後本人を支え一緒に考える体制をつくれるか,本人がその指摘に耐え自己を振り返る力を持っているか,支えてくれる仲間がいるかを慎重に判断する必要があるだろう。
◆当たり前に疑問をつきつける事実
他施設の友人から自病棟と異なる陰部洗浄の方法を聞いて,「すごくショックを受けた」Sさんのように(第11回,第2966号),別のやり方の存在を知ることも,当たり前が揺らぐきっかけとなった。14年目のある看護師は,新しく配属された中途採用者からその病棟のやり方をおかしいと指摘されたことで,「結構あるつもりだった」それまでの自信が崩れる体験をしていた。彼女はそれ以来,本や文献を読む習慣が身についたと話した。
「組織ルーティンの学習」の途中など自分の実践スタイルを構築する最中では,新しい知識や実践に触れても,一つのルールの習得やルールの修正に終わることが多い。「組織ルーティンの学習」の初期段階では,別の方法の存在を知ることで混乱することもある。しかし,「組織ルーティンの学習」をある程度終えている場合,新しい知識・実践との接触は,自分や病棟の当たり前の根底を揺るがせ,あらゆる知識や実践を問い直すきっかけとなり得る。職場の異動は,その本人にとっても大きな変化のきっかけになるが,その看護師の異質さをうまく活かすことで,迎えた病棟の看護師も変化のきっかけを得られるかもしれない。
ただし,同じ事実を前にしても,それを「当たり前の根底を揺るがすショック体験」として受けとめるかどうかは看護師の感性による部分が大きい。第11回で,医師の指示に従って患者を安静にさせたために,患者の膝や手指が拘縮してしまったことに強いショックを受けたTさんを紹介したが,一方で,麻痺のない患者の手が入院中不使用のために拘縮し始めていることに気付いてもショックを受けず,何らかの行動を起こすべき対象として認識しない例もあった(第6回,第2946号)。もちろんこの2例を単純に比較することはできないが,看護師の感性をどう育むかは重要な課題だといえる。
◆働く姿からの衝撃
自分に対して何らかの意図を持って発せられたメッセージではなく,他者の仕事に対する姿勢から自分に欠けているものに触れ,ショックを受けることもあった。12年目のZさんは,新しい病棟に配置転換したとき,楽しそうに患者の髭剃りをする先輩看護師の姿に驚き,それが今でも記憶に残っていると述べた。
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また,これまで繰り返し紹介したCさん(第11回)が「やるとなったら全力投球」で働くように変わったきっかけは,真剣に働く医師の姿だったという。
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彼女らは,「どこか上辺だけ」「これでいいやってなりかけていた」といった自らの状態に薄々気づいていたからこそ,そうでない姿に強くショックを受けたのかもしれない。看護師の感性や内省の状態によって反応は違うだろうが,高い水準で働く人や場面に直接触れることは,自らを揺さぶるきっかけとなるようだ。
記憶に刻まれた言葉・姿
◆ひっかかった言葉
ショックとしてではなく,ひっかかりとして記憶に残り,徐々に影響を与えるような経験もあった。患者との会話の仕方が大きく変化したWさん(第12回)は,10年目の面接のとき,ある患者の反応をひっかかりとして記憶していると話していた。
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Wさんはそれ以外にも,過去に研修の講師から,「今のあなたじゃ相談されないよ」と言われたことや,上司から「こんな時間(15時)に記録してちゃだめよ。患者さんのところに行ってもっと話をしてきなさい」と言われたことも,ずっと記憶に残っていると話した。16年目のWさんと再び面接した際,Wさんは,指摘を受けたときは,その意味を本当に理解し納得していたわけではないが,これらのひっかかりがいつもあったことが自分の変化に影響したと思うと話した。
このことは,不快ともいえる指摘に対して,反発したり忘れ去ったりせず,ひっかかりとして自らにとどめておく力があれば,すぐにではなくてもやがて変化につながる可能性を示唆している。波多野は,人間は新しい情報を既有の枠組みと調和するように解釈する傾向があるため,新しい経験をしても知識の「累加」にとどまり,知識の組み換えや質的変化といった「再構造化」はまれにしか起きないと指摘している1)。病棟や自分の当たり前(既有の枠組み)のどこかにひっかかりがあることで,新しい情報の解釈の仕方が慎重になり,「再構造化」が起きやすくなるのかもしれない。
◆記憶に刻まれた姿
日常的なささやかな援助に意味を見いだすよう変化したUさん(第12回)は,自分の変化には特定のきっかけはないが,楽しそうに働いていた先輩看護師の姿がイメージとして記憶されており,それが影響したと思うと話した。
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「ひっかかった言葉」と同様に,「記憶に刻まれた姿」が,新しい経験をしたときや看護を振り返るときの解釈の仕方に影響を与えたのかもしれない。また,Uさんは,先輩看護師の姿のイメージに加え,先輩看護師と一緒に,あるいは個人的に,自分の看護を振り返る機会を多く持ったことも変化に影響したと思うと話した。生き生きと働く看護師とともに勤務する機会を提供すること,看護を振り返る仕組みをつくることは,やはり大きな課題である。
*
次回はいよいよ最終回。看護師の「しなやかさ」について考察したい。
(つづく)
文献
1)波多野誼余夫.概観――獲得研究の現在.波多野誼余夫編.認知心理学5 学習と発達,東京大学出版会;1996, pp1-10.
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