しなやかさ(武村雪絵)
連載
2012.06.25
看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて
【第15回】(最終回)
しなやかさ
武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)
(前回よりつづく)
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
そのとき,その場の状況に応じて,幅広い選択肢から患者アウトカムに資すると判断する行動を選択する「柔軟な実行力」と,自分や組織にとっての"当たり前"を見直し,新しい実践や意味をもたらす「柔軟な思考力」。私は,「新しいルールと意味の創出」を経験した看護師らが持っていたこれらの特性を「しなやかさ」と名付けた。「しなやかさ」とは,単に柔らかいだけでなく,弾力を持ち折れないことも意味する。この言葉を選んだのは,「新しいルールと意味の創出」を経験した看護師らに,柔軟な実行力・思考力と同時に,看護に対する信念ともいえる強い芯を感じたからである。
ArgyrisとSchönは,前提理論の価値観を変化させないまま戦略や仮説を変化させる「シングルループ学習」と,前提理論の価値観自体の変化も伴う「ダブルループ学習」とを区別した1)。また波多野は,知識獲得の型は「累加」と「再構造化」に分けられ,後者は概念的変化ともいわれる知識の組み換え,ないし質的変化だと述べている2)。「しなやか」な看護師らは,看護に対する根本的な信念を保っており,すべての前提理論を崩すという意味での「ダブルループ学習」あるいは「再構造化」をしていたとはいえない。しかし,看護とは何か,看護にできることは何かという根源的な問いから,組織や自分にとっての"当たり前"(日常的な前提理論)を問い直し,看護の役割を実践レベルで再定義し続けていた。このことが,「芯」と「柔軟さ」という一見相反する特性を併せ持つ印象を与えたのだろう。
「しなやかさ」をもたらすもの
図1のとおり,「しなやかさ」は「組織ルーティンの学習」「組織ルーティンを超える行動化」「組織ルーティンからの時折の離脱」を通じて,実践のレパートリーが増えること,「新しいルールと意味の創出」により実践を深化・拡張することで高まっていた。前者の3つの変化はやがて安定状態に到達するのに対して,「新しいルールと意味の創出」は,絶対といえる正しさがないことに気づき,新しい方法や意味を受け入れる余地のある状態,すなわち揺らぎを含んだ安定にとどまることも確認された。この変化を体験した看護師らは,看護に大きなやりがいと喜び,それまでにない楽しさを感じるように変化していた。
図1 「しなやかさ」をもたらす4つの変化 |
患者,看護師双方に大きな幸せをもたらすこの変化を,多くの看護師が経験できたらどんなにいいだろう。そう思ったことが,私が本連載で紹介してきた研究を始めたそもそものきっかけである。しかし,「組織ルーティンを超える行動化」を経験した看護師でも,「新しいルールと意味の創出」を経験するのは,一部に限られた。「新しいルールと意味の創出」には,組織ルーティンを超えて行動する力が必要だが,「組織ルーティンを超える行動化」は,固有の行動規範・価値規範への信念によって実現され,また,「組織ルーティンを超える行動化」の結果を確認することでその信念に強い自信がもたらされる。しかし,この強い自信は一方で「新しいルールと意味の創出」の妨げとなる(図2)。
図2 「行動化」から「創出」への転換 |
波多野は,人間の知識は新しい情報を既有の枠組みと調和するように解釈する傾向があるため,再構造化はまれにしか起きないと指摘している2)。自分の信念への自信ゆえに,新しい経験を自らの枠組みと合うように解釈してしまい,別の意味や方法に気づきにくくなるからである。
そのため,「組織ルーティンを超える行動化」を経験した看護師に対しては,「新しいルールと意味の創出」へと転換を促す意図的な働きかけが必要だといえる。しかし,前回紹介したとおり,同じ場面に遭遇しても「当たり前が揺らぐ体験」になるとは限らず,「当たり前が揺らぐ体験」をしても「根底を揺るがす体験」として受け止められるとは限らない。その看護師を支える基盤を否定することは看護師を傷つけ,不安定にするリスクもある。果たして,どういう方法を選べばよいのだろうか。
働く姿を通して伝えること
前回紹介した「新しいルールと意味の創出」を促した要因の中で,高い水準で働く姿は,時に周囲の看護師を揺さぶり,時に周囲の看護師の記憶に深く刻まれ,やがて「新しいルールと意味の創出」をもたらすこともあるとわかった。働く姿を通して伝えることが,安全で有効な方法かもしれない。そして先輩の働く姿に影響を受けた看護師は,今度は自分が伝える番だと思っていた。何度か事例として取り上げたCさん,Uさんの言葉を紹介したい。
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2人の言葉に不思議なほど共通点が多いことをわかっていただけるだろうか。2人は共通して,自分が得たことを患者と後輩に返していきたいと話した。また,2人は自分の考えや体験をそのまま後輩に教えこもうとしていたわけではなかった。患者のために最善を尽くす姿,楽しく働く姿を通じて,後輩たちに「何か」を感じとってほしい,何かの「きっかけ」になってほしいと願っており,「看護とは何か」「看護にできることは何か」という大きなメッセージ,看護の奥深さと楽しさを伝えようとしていた。私自身が彼女らに出会ったことでこの研究に取り組んだように,高い水準で働く姿には人を動かす力があるに違いない。
おわりに
私は,少子化時代に数ある職業から「看護」を選んだ看護師らに,看護師になってよかったと思ってもらうこと,力を発揮してもらうことは,先輩として,管理者として,本人と社会に対する責任だと思っている。本連載を通して看護師のキャリア発達を支援する際のヒントを提供できるなら幸いである。看護師としての第一歩を踏み出した看護師らに対して,まずは「組織ルーティンの学習」を支えること,学習が進んだ段階で「組織ルーティンを超える行動化」への転換を図り,専門職としての発達を支えること,そして「新しいルールと意味の創出」への転換を図ること。患者に看護の本当の力を届けるために,プロセスを踏んで,看護師の「しなやかさ」を育みたいと思う。看護師から看護師へ看護の奥深さや楽しさが伝わっていく,そのような組織をめざして,私自身も模索を続けたい。
(了)
◆参考文献
1)Argyris C, et al. Organizational learning II : Theory, method, and practice. pp 20-29, Addison-Wesley, 1996.
2)波多野誼余夫.概観――獲得研究の現在,波多野誼余夫編,認知心理学5 学習と発達.東京大学出版会;1996,pp 1-10.
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