医学界新聞

対談・座談会

2012.02.27

座談会
チームで挑む慢性心不全診療
多職種の力を活かす新たな試み

佐藤 幸人氏(兵庫県立尼崎病院循環器内科部長)=司会
横山 広行氏(国立循環器病研究センター 心臓血管内科部門特任部長)
多留 ちえみ氏(兵庫県看護協会)
宮澤 靖氏(近森病院臨床栄養部部長)


 人口の高齢化に伴い,ますますの増加が予想される慢性心不全。その増悪予防には,患者の特性を把握しながら適切な診療方針を選択し,包括的に治療を行っていくことが大切となる。そこで力を発揮するのが多職種が介入する疾病管理プログラムだ。

 本座談会では,慢性心不全診療においてチーム医療を推進していくための方策を,「末期心不全への取り組み」,本年4月より認定が開始される「慢性心不全看護認定看護師の役割」,そして「低栄養への対応」という3つのキーワードから議論。これからの慢性心不全診療の在り方を展望した。


佐藤 多職種が介入する心不全の疾病管理プログラムは,欧米の心不全ガイドラインでは最も推奨されるClass Iに位置付けられています。プログラムの構成メンバーは多岐にわたり,患者・家族,医師,看護師,薬剤師のほか,栄養士やリハビリスタッフ,さらに退院後は在宅医療の観点から,地域の開業医や訪問看護師,ソーシャルワーカーなど,従来は心不全診療にかかわることのなかったスタッフの参加も必要であると提唱されています。

 この背景にあるのは,難解になりがちな心不全治療を簡単かつシステマチックに行おうという考え方です。もともと欧米では,医師間,施設間でガイドライン推奨治療の遵守率に格差がありました。そこで,(1)患者自身がセルフチェックできるよう資材を工夫し,(2)多職種による心不全治療のチェックリスト使用を徹底する,という疾病管理プログラムを採用することで,医師だけの介入よりもガイドライン推奨治療の遵守率が上がり(図1),予後も向上することがわかってきました。

図1 多職種が介入する心不全疾病管理プログラムの効果
採用開始から時間が経過するに伴い,ガイドラインの遵守率が高まっている。* P<0.001,† P<0.001,‡ P=0.007,§ P=0.009。
(Fonarow GC. et al. Circulation. 2010; 122(6) : 585-96.より引用)

 翻って日本の状況をみると,多職種が介入する心不全治療についての報告が学会などで散見されるようになってきたものの,「緩和ケアや栄養サポートの観点も含めるべき」という将来構想が語られる欧米とは,格差が大きくなってきているのが現状です。

理想と現状の大きなギャップ末期心不全への対応

佐藤 欧米では,特に心不全の末期に多職種で取り組むことが重要とされていますね。

横山 はい。心不全には,終末期を迎える前に末期の状態が長期間存在するという他の疾患と大きく異なる特徴があります(図2)。末期とは,具体的には最大限の薬物治療でも治療困難な状態で,場合によっては人工呼吸や補助循環を導入している状況です。もう治療法がない終末期と比べ,医師は「まだ助けられる」と治療方針を最も迷う時期です。断続的に増悪するという心不全の性質により,どこから末期なのかがわかりにくいことも,治療方針の選択を難しくしています。

図2 心不全における時間経過と治療の関係

 欧米のガイドラインでは,状態が悪くなり始めたときを末期ととらえ,医師一人で抱え込まないよう多職種で長期にわたる患者支援を行うべきとされています。

佐藤 欧米ではいつから,このような取り組みが始まったのですか。

横山 米国では2005年の慢性心不全ガイドラインから,欧州では2008年の急性心不全と慢性心不全のガイドラインから,末期において遵守すべき対応が提言されています。

 米国ガイドラインでの末期医療の指針を紹介します(表1)。ここでは,患者・家族に生命予後や治療のオプションを説明し,延命治療での希望やDNR(Do not resuscitate)の意思などの「事前指示」を確認することや,日本のガイドラインではあまり見かけない,末期・終末期への向き合い方といった医療従事者の考え方への指針も含まれています。

表1 末期心不全の管理において考慮すること(Class I)
〔ACC/AHA2005心不全に関するガイドライン(2009年一部改訂版)より〕

佐藤 それでは,日本の末期心不全の治療はどのような状況なのでしょうか。

横山 日本では末期医療の標準化はなされておらず,医療環境自体も欧米と大きなギャップがあるのが現状です。当院は,心移植を含め現在可能なすべての循環器治療を行える施設ですが,患者・家族,そして医師が選択する末期の治療の判断基準はありません。ですから,若い医師はもちろん,私自身も現場で迷うことがあります。

 日本の心不全診療では,心臓は一生懸命診ても,患者さんの精神面や家族へのケアといったサポート体制を議論する取り組みはまだ十分ではありません。欧米では当然のホスピスや,外来でのモルヒネを用いた緩和ケアもなく,医療者側から出せるオプションが少ないのが現状です。私も執筆に携わった『循環器疾患における末期医療に関する提言』(班長:野々木宏,2010)のなかでも,日本における欧米の指針の扱い方には苦労しました。

佐藤 欧米で指針が出された背景には,このような治療を行うほうが患者さんも安らかな死を迎えられるという大前提があるわけですよね。

横山 米国のガイドラインの序には,「やすらかな最期を迎えたいと願う心不全患者は多いものの,急変時には望まない処置がしばしば行われるため,事前に方針を決めることが末期医療の前提」と書かれています。急変時には治療方針を考える時間がないため,事前に話し合う必要があります。

佐藤 患者さんは,自身の予後を知ってから末期医療に臨むのですか。

横山 欧米でもまだ結論は出ていませんが,米国のガイドラインでは,「心機能が悪い場合,1年以内に約半数が亡くなるという報告がある」と伝えた上で,治療を選択すべきとされています。

佐藤 末期医療の導入前に予後を知ることは,患者さんの治療方針への納得につながることもありますよね。

横山 ええ。ただ,時間の経過とともに患者さんの考え方が変わることもあるため,頻繁にコミュニケーションをとることが大切だと思います。

「差し控え」という非難から医師を守るには

佐藤 心不全の末期医療がまだ一般的ではないなか,末期医療が「医療を差し控えたのではないか」と非難される懸念もあるのではないでしょうか。

横山 その懸念は確かにあります。そういった声から末期医療に取り組む医師を守るためには,多職種が入ったチームで検討して,「その治療は間違っていない」と表明していくことが,今の日本でまずできることだと思います。

佐藤 私もそう思います。末期医療のコンセンサスを得る上で,チームで治療を進め,患者・家族の意見を聞きながら継続してカンファレンスを行うことは不可欠でしょう。

横山 欧米でも,末期医療では必ず多職種でカンファレンスを行います。また入院が必ずしもベストの治療方針とは限らないので,地域で支援を行う形も含め医療職以外を交えたカンファレンスの必要性も示されています。

多留 『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』(厚生労働省,2007)では,患者本人が意思表明できない場合,チームで治療方針を確認することが提唱されていますね。

横山 ご本人が意思表明できなくても,多職種で検討したなかで「現在のベスト」と考えられる治療を選択することがポイントでしょう。患者・家族のことを考慮して,現在の医学でベストの治療を多職種で行っていくことが適切だと考えています。

期待が集まる慢性心不全の認定看護師

佐藤 心不全の多職種介入治療を進めていく上で,患者さんを支える中心的役割を果たすのが看護師です。2012年4月より慢性心不全の看護に特化した慢性心不全看護認定看護師(以下,心不全看護師)の認定が始まりますが,何が導入のきっかけになったのですか。

多留 循環器疾患は傷病分類別の医療費,受療率ともに最も高い領域です。しかし,これまで循環器に関連した認定看護師はおらず,循環器疾患の増悪予防を支援する看護師が求められていました。慢性心不全をターゲットとした背景には,循環器疾患のなかでも死亡者数が最も多いことがあります。

佐藤 心不全看護師にはどのような役割が期待されているのですか。

多留 ひと言でいえば“心不全の増悪予防”です。慢性心不全では患者さん自身での疾病管理が重要なので,心不全看護師には,服薬管理やセルフモニタリング,早期受診の大切さを患者さんに理解してもらう役割を担うことが期待されています(表2)。

表2 慢性心不全看護認定看護師に期待される能力(日本看護協会)

 心不全では,例えば動悸が存在しても,患者さんは「胸の辺りがワサワサして気持ち悪い」といった自覚しかなく,医療者と患者さんの認識が異なることが多いため,心不全の症状をまず患者さんに理解してもらいます。また体重を測定していても,患者さん自身が「体重が急に増加したら受診が必要」と認識していなければ意味がないため,心不全看護師はセルフモニタリングの具体的な指導を患者さんに行う予定です。

横山 医師の立場からは,患者さんのフィジカルアセスメント,精神面のアセスメント,生活環境の把握,の三つを心不全看護師に期待しているのですが,この点はいかがですか。

多留 もちろん重要な役割です。心不全看護師は,患者さんのすべての面をアセスメントし,病気への理解度や希望する生活を尋ね,身体機能と希望する日常生活とのギャップを埋めるとともに,病態を悪化させない生活調整を患者さんと一緒に行っていくことが大切だと考えています。

佐藤 院内のチーム医療のなかでは,どのような役割を担うのですか。

多留 看護実践はもちろんのこと,慢性心不全看護のロールモデルとして相談や指導を行うことも期待...

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