ワーク・ライフ・バランス(番外編)(ゴードン・ノエル,大滝純司,松村真司)
連載
2012.02.06
ノエル先生と考える日本の医学教育
【第22回】 ワーク・ライフ・バランス(番外編)
ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授) 松村真司(松村医院院長) |
(2960号よりつづく)
わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。
本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。
今回はシリーズ「ワーク・ライフ・バランス」の番外編として,日米における医師の生活に詳しいオレゴン健康科学大学のレベッカ・ハリソン先生に,柔軟な勤務体系を実現してきている米国での医師のワーク・ライフ・バランスへの取り組みについて伺いました。
*****
――米国の医師は,アカデミックのキャリアを積む過程でワーク・ライフ・バランスの課題にどう取り組んでいるのですか?
ハリソン 米国では,家庭を築いて子育てをし,趣味を持ち地域へ貢献したいと考える人々が,男女問わずあらゆる職業で多くなってきています。大学教員や研究職などのアカデミックな医学の領域でも,多方面からワーク・ライフ・バランスの話題が語られています。米国では個人の自己実現が重視される一方,日本では集団での目標達成に重点が置かれるなど日米には文化の相違がありますが,医学部教員がワーク・ライフ・バランスに取り組む場合,その人自身が仕事と私生活で何を成功と見なしているかが,日米ともに大きく影響すると思います。
一般的に,米国でも日本でもアカデミックな医療機関では,業績の定義には内外から多くの圧力があります。伝統的には,論文の数や昇進の速さ,知名度や指導医としての影響力などが成功の物差しです。一方,個人レベルでは,成功の物差しは人によってさまざまです。だからこそ,医学部教員としてのワーク・ライフ・バランスを考えるときは,大学人としても一個人としても,仕事と私生活の双方を包括的に見ながら成功をどのような物差しで測るかが大事な要素なのです。
振り返りで価値基準を見極める
ハリソン ただ,医学部教員はいまだにワーク・ライフ・バランスの課題と格闘しています。それは,過去100年以上にわたって医師は時に個人の生活を犠牲にしながら,献身的に働くことが期待されてきたためです。
医師になるということは,多くの先輩医師から昔と同様に身を削り仕事に打ち込むことを期待される専門職の一員に加わることでもあります。だからこそ,私たちは学生,研修医,そして若い教員たちに,何が自分の価値基準や目標なのかを見極め,それらを基に人生の過ごし方を考えるよう勧めています。
医師や個人として何を優先するかを考えることは良い修練にもなるため,米国のいくつかの医学部では人事考課の面接項目に,仕事と私生活における優先事項の決定が含まれています。それぞれへの比重のかけ方は,達成度などによって変わります。特に,子どもが成長して仕事に費やす時間が増えると優先事項も変わるため,定期的に見直すことは重要です。ワーク・ライフ・バランスを高めるためには,この振り返りを定期的に行うとよいでしょう。
米国の,特に1970年代以降に生まれた若い世代の教員たちは,バランスのとれた生活を意識的に努め,自分たちの言葉で「成功」を定義することで,従来の消耗の激しい医学部の風土を拒絶しています。例えば私は,仕事を生活の中心に据えない方法を見つけようと努めてきました。家族はその強い原動力となり,例えば子どもの学校行事に予定を合わせたり,子どもの演劇やスポーツなどの医学以外の生活を楽しむために勤務時間を減らしました。また,家族の大事な行事があるときは同僚に相談して交代してもらいました。そうやって私たちは,オレゴン健康科学大学病院総合内科におけるワーク・ライフ・バランスを支える文化の土壌を作ってきました。
指導的立場の人材に多様性を
――アカデミックな医療機関で,ワーク・ライフ・バランスを高めるために必要なものは,何かありますか?
ハリソン アカデミックな医療機関において,臨床・研究・教育のあらゆる面に影響を及ぼし,最も貴重な資源となるのは教員です。そのため,教員たちのワーク・ライフ・バランスを理解し大事にする人材を,指導的立場の医師の間にもっと増やす必要があります。米国医学部における女子学生の割合は,過去30年以上にわたり着実に増えてきているため,より高い地位にベテランの女性医師を配置すべきですが,女性の役職者の割合は低いままです。多くのアカデミックな医療機関では,教員個人の価値観と組織の価値観に大きな隔たりが生じています。医学界で真のワーク・ライフ・バランスを実現するためには,指導的立場に女性や,マイノリティを含む多様性とバランスの大切さを知る男性がもっと必要です。しかも,このような変化は医療を改善し,保険制度のような米国医療の不均衡の解決を促すのに有効なリーダーシップを提供すると思います。
もう一つ,医学界の文化も変えなくてはなりません。そのためには,医学界で指導的立場にある人々が,教員たちの価値観と専門職者としての理想を支持することが重要です。教員たちの情熱は,医学部のコアとなる活動を推進しそれが次世代の医師たちに影響を及ぼします。教員たちとの間で価値を共有することで,指導者の影響力は高まり,社会貢献や医学教育,そして各教員の専門職者としての成長も促進されるのではないでしょうか。
米国でも日本でも,男女問わず特に若い世代は仕事に柔軟性を求め,個人としての責任と専門職として責任をバランスよく背負っていきたいと願ってきています。米国では,20-30代の男性医師が医学界の文化を変えると,多くの国民が考えています。なぜなら若い彼らは仕事だけに重きを置いた医療システムを受容しないと思われているからです。私は男性研修医や若手教員とともに仕事を行うなかで,ワーク・ライフ・バランスの達成へと向かう緩やかでも目に見える変化を感じ取っています。医学界は,こうした動きに対応しないと今後大きな摩擦を生じるのではないかと感じています。
受ける側の価値を理解し,助言を与えることが必要
――指導的立場にある医師は,具体的にどう対応したらいいのでしょうか。
ハリソン ワーク・ライフ・バランスに関して助言を求められれば喜んで応じ,増大する組織内での話し合いにかかわっていくことが必要です。次世代の医師たちが,個人あるいは医師として決断を下す際の助けとなるよう,変化を押し進めていく必要があります。私は現在,医学部女子学生へのメンタリングのニーズに関する多施設の質的研究に携わっています。この研究の中間報告からは,女子学生はワーク・ライフ・バランスに関して女性教員の助言を求める一方,事実に基づいた詳細なキャリア形成のアドバイスを,男女両方のメンター(助言者)に求めていることがわかっています。
パートタイム勤務の短所
――医療業界でワーク・ライフ・バランスを進める上で,マイナス面はありますか。
ハリソン マイナス面として最初に挙げられるのは,米国でパートタイム勤務の医師(研修医を含む)は職場にいる時間が短く,その結果,患者の担当を交代することが増え,申し送りの際にその患者に関する情報把握が十分にできないという見方です。時間が経つにつれ,治療の継続性が失われることが危惧されています。
最近,高齢の私の家族(医師)が入院したのですが,担当者間の引き継ぎについては「善処しようと努力しているのはわかるが,担当医師たちのケアは統一されていなかった。何が行われているか本当にわかっている人や,自分の患者という意識で接する人は誰もいなかったように感じる」と彼は振り返っていました。とはいえ,パートタイムとフルタイムの内科医師に臨床上のアウトカムの違いはなく,パートタイムの医師もフルタイムと同じように治療に携わっているという研究結果も出ています。
――これからのワーク・ライフ・バランス推進に役立つものが何かあれば教えてください。
ハリソン ITを用いた在宅勤務も注目すべきでしょう。多くの教員が,遠隔地での勤務は仕事をする場所が広がり,ワーク・ライフ・バランスの推進に役立つ可能性があると述べています。しかし,個人の生活に仕事が入り込む危険が高まるのも事実で,一部の教員や研修医は,病院での仕事を家に持ち込むと結局,常に仕事をしていることになると述べています。
コンピューターは,教員に24時間常にアクセスできる状態を作り出しています。最近,私たちはアクセス時間を制限しながらITを効率よく駆使するメールの活用法などを教える講演やタイムマネジメントなどのワークショップに参加する機会が増えました。技術を駆使して時間をうまく使いこなすことは,医師のワーク・ライフ・バランスに関する今後の重要なテーマになっていくでしょうね。
――ありがとうございました。
(次回につづく)
レベッカ・ハリソン氏 1994年ミネソタ大医学部卒。卒後,オレゴン健康科学大医学部内科レジデント,チーフレジデントを経て,現在同科准教授兼ホスピタリスト(病院総合医)。2004年から洛和会音羽病院で研修医の指導を行うほか,09年には東大医学教育国際協力研究センターの客員教授として4か月間赴任した。 |
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