医学界新聞

連載

2012.02.06

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第22回】

過換気症候群

志賀隆
(東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部長)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 昨日,ファカルティ・ディベロップメントの講義を受けた。救急医の含蓄ある講義の後,「救急では,病態を把握し正確に素早く治療することだけでなく,困っている患者にその解決方法を伝えたり,解決の糸口をともに考えることが大切なんだなぁ」と振り返っていたあなたに,看護師から「先生,今日は救急当番ですよ。忘れていませんか?」との連絡が入る。「あっそうでした! 今から行きます」と答えると,「早速入電しています。もしかしたら精神科関連の患者さんかもしれません」とのこと。

■CASE

 18歳女性。既往や服用中の内服薬は特にないとのこと。薬剤アレルギーなし。呼吸困難感にて苦しんでいるところを友人が救急要請。呼吸困難感,窒息感,胸痛,四肢の感覚異常,動悸を訴える。

 血圧110/78mmHg,脈拍数105/分,呼吸数50/分,体温35.8℃,SpO298%(RA)。過呼吸と苦悶の表情がみられる。やや痩せ型。頸静脈の怒張は認めない。心音純。肺野清。腹部の圧痛や膨隆は認めない。四肢の腫脹やチアノーゼは認めない。手指は伸展し,母指の内転,他の4指は中手指関節で屈曲している。

 「過換気症候群でしょうか? 紙バックを持ってきますか?」と看護師。

■Question

Q1 過換気症候群の診断において必要なステップは何か?
A 除外診断。

 これまで紹介してきたように,過換気症侯群では,糖尿病性ケトアシドーシス,肺塞栓,発作性上室性頻拍などの不整脈,心筋梗塞,ギラン・バレー症候群,中毒,アルコール離脱,麻薬離脱,など多様な鑑別診断が考えられる。症状が初めてというケースでは,詳細な病歴聴取と身体診察が必要となる。

 特にSpO2が下がっている場合には,過換気症候群と診断してはならない。またSpO2が正常でも,他の病態の除外にはつながらない場合がある。若い患者で代償能が高ければ,過呼吸によって酸素化を保つことが可能であるからである。

 年齢が若く特に既往のない患者に,典型的な呼吸困難感,めまい,非典型的な胸痛,動悸,頻呼吸,しびれ,手足のテタニーなどが認められた場合に診断を考える。特に,頻呼吸が収まってしばらく経ったときにバイタルサインや症状が軽快していれば,検査の実施を最小限にとどめることができる。

 血液ガス検査は,典型的な複数の症状がみられない患者,頻呼吸が持続する患者,呼吸障害を疑う病態の患者にて必要となる。典型的な病歴・身体所見のない若い患者で,救急部での観察後に症状・バイタルサインが軽快した場合には,他の病態が疑われない限り,必ずしも全例行う必要はないだろう。

 非典型的な胸痛を認めた場合も,肺塞栓除外基準(本連載第1回,2870号参照)が陰性で,心電図や胸部X線上特に異常が認められなければ,さらなる検査は不要な場合が多い。

 以前にも過換気症候群のためのワークアップがなされていたか,診断されたことがあるかどうかは有用な情報であるため,問診にて確認することが望ましい。

Q2

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