医学界新聞

連載

2012.03.05

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第23回(最終回)】

アナフィラキシー

志賀隆
(東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部長)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 初期研修も残りわずか。4月からの就職先も決まり,残された研修医生活で最後の仕上げをしようと考えている。そこに看護師から「先生,蕁麻疹みたいなんですけど……」と連絡が。「皮膚科の先生は当直にいないし,どうしましょうか」との問いに,「蕁麻疹なら,私が何とか診られると思います」と答え,救急外来に向かう。

■CASE

 34歳女性。既往に小児喘息。保護者会でエビフライを食べたところ,全身がかゆくなった。救急隊が到着するころには咳,呼吸困難,腹痛などの症状が出てきた。身体所見:血圧95/35mmHg,脈拍数110/分,呼吸数28/分,SpO289%(RA),体温35.5℃。皮膚:全身の紅潮を認める。呼吸:喘鳴を両側肺野に聴取する,頻呼吸がみられる,ストライダーはない。心:頻脈ではあるが,リズム整で心雑音なし。腹部:臍周囲に反跳痛を伴う軽度の圧痛を認める,腸音はやや亢進している。四肢:両上下肢にも紅潮を認める。

 あなたは看護師に,「アナフィラキシーです。応援の看護師,上級医をすぐに呼んでください!」と指示した。

■Question

Q1 診断の根拠となったのは何か?
A 皮膚症状と呼吸器・消化器症状。

 アナフィラキシーは,PortierとRichetという2人の学者がイソギンチャクの触手に含まれる毒素をイヌに注射し,2-3週後に再度同じ毒素を注射したところ,嘔吐や出血性下痢などのショック症状を示し死亡したことから発見された。今や広く認知されている病態であるが,実は専門家が合意した定義はない。急性の皮膚や粘膜の症状と,以下のうち1つがあれば臨床的に診断できる1)

・呼吸器症状
・低血圧(通常の血圧と比べて30%以上の減少,もしくは年齢によるカットオフ値を下回る場合)
・終末臓器障害を示す症状(失神,失禁,虚脱など)

Q2 次のステップは何か?
A 素早くABCを確認し,重症患者モードとして静脈路確保,酸素投与,モニター管理を行い,治療へ移る。

 アナフィラキシーの進行は非常に早い。適切な初期対応をし,人手と物品を集め,迅速に治療する必要がある。後手に回れば回るほど,アドレナリン(エピネフリン)などの特効薬の効果が減じる。

Q3 治療で一番優先すべきことは何か?
A アドレナリン0.3-0.5mgの筋肉注射。

 前述したように,アナフィラキシーの進行は早いため,喉頭浮腫や低血圧の進行を認めてからでは形勢が不利である。いかに早くアドレナリンを投与できるかが鍵となる。

 アドレナリンの投与は,以前は皮下注射となっていたが,動物実験によって筋肉注射のほうがより早くアドレナリンの血中濃度が上がることが判明しており,現在は筋肉注射が第一選択となっている2)。また静脈注射や点滴は,投与量や希釈方法が院内で統一されており,かつ経験のある医師と看護師が使用する際には考慮されるべきであるが,そうでなければ事故の原因となる危険性があるため,なるべく避けたい。

 指導医が現れる。「アドレナリンは筋注した? 素晴らしい! 輸液は?」と尋ねられ,「生理食塩水で確保していますが……」と答える。

Q4 輸液は何を選択するか?
A 細胞外液。

 アナフィラキシーの病態は全身性の浮腫である。組織と血管の透過性が亢進しており,それを抑えるためにアドレナリンが投与される。しかしながら,アドレナリンが効力を発揮する前に血管内ボリュームが組織へ漏出しているので,それを補うために細胞外液を補充することが必要である。低血圧・頻脈を認める症例では,少なくとも20mL/kg(成人の場合1-2L)の細胞外液の輸液が望ましい。

Q5 ステロイド薬の投与にはどのような意味があるか?
A 二相性に起こる遅延性反応を防ぐこと。

 ステロイド薬には即効性の治療効果はないが,多くの症例にて使用される。その理論的背景には,アナフィラキシーにまれに見られる二相性反応の予防がある。しかしながら,ステロイドの有用性を適切な研究デザインにて検証した報告はまだない。頻度の問題や病態としてこのような研究をすることが難しいこともあるが,将来の研究を待ちたいところである。

Q6 抗ヒスタミン薬はどのような役割を果たすか?
A アドレナリンの補助。

 アナフィラキシーの治療のメインはアドレナリンであり,抗ヒスタミン薬は単独で使われるべきではない。また,抗ヒスタミン薬の効果発現は緩やかであることも留意されたい。

 抗ヒスタミン薬を投与する際には,H1拮抗薬とH2拮抗薬の併用が勧められる。併用したほうが,蕁麻疹,腹痛,かゆみなどのヒスタミン関連の症状のコントロールに有効であることが報告されている。ジフェンヒドラミンとラニチジンがよく使用される薬剤である。

Q7 初期治療が終わった後に必要なことは何か?
A 経過観察。

 経過観察や入院適応は,初期症状の重症度や治療への反応によって決まる。治療による症状の改善が認められない場合,もしくは血圧や呼吸器症状が重篤な場合には,入院もしくは経過観察室にて10-24時間以上の経過観察が必要となる。症状が軽く初期治療への反応が良好の場合には,救急部もしくは経過観察室にて4-8時間観察後,退院も可能である3)

Q8 退院時に,患者に対しどのような指示が必要か?
A アレルギー外来を受診し,IgE-RASTなどの検査で詳細なアレルギー検査を行うこと。

 食物アレルギーの場合は,本人が避けているつもりでも,料理に入っていればアナフィラキシーに至ってしまうことがある。あらかじめ自覚をして周囲に知らせておくこと(特に子どもであれば,保育園・幼稚園・学校などの職員に周知させ,アドレナリン自己注射薬であるエピペン®を用意する必要がある)が重要である。またそれ以外の抗原であっても,自身で把握していれば,あらかじめ予防策をとることができる。

Q9 退院時の処方をどうするか?
A エピペン®とステロイド薬。

 アナフィラキシーの特効薬はアドレナリンであり,帰宅する患者に処方する必要がある。しかし日本では,エピペン®を処方する際には指定された講習を受ける必要がある。自身が処方できない場合には,アドレナリンの重要性を患者と家族にしっかり説明し,できるだけ早くアレルギー外来を受診してエピペン®を処方してもらうようにすることが必要となる。

 

■Disposition

 アドレナリンの迅速な投与もあってか1時間後には症状は軽減し,酸素投与の必要はなくなった。バイタルサインも血圧110/80mmHg,脈拍数90/分,SpO297%と落ち着いた。来院から6時間の経過観察を行ったが,特に二相性反応も認めなかったため,エピペン®,内服ステロイド薬を処方されて帰宅。後日アレルギー外来を受診することとなった。

■Further reading

1)Manivannan V, et al. Visual representation of National Institute of Allergy and Infectious Disease and Food Allergy and Anaphylaxis Network criteria for anaphylaxis. Int J Emerg Med. 2009; 2(1): 3-5.
↑アナフィラキシーの診断基準についてわかりやすく解説した論文。
2)Simons FE, et al. Epinephrine absorption in adults: intramuscular versus subcutaneous injection. J Allergy Clin Immunol. 2001; 108(5): 871-3.
↑アドレナリンの筋肉注射の優位性を示した論文。
3)Tole JW, et al. Biphasic anaphylaxis: review of incidence, clinical predictors, and observation recommendations. Immunol Allergy Clin North Am. 2007; 27(2): 309-26, viii.
↑アナフィラキシーの二相性反応についての論文。さまざまな症例があり,確固とした経過観察時間を示すのは難しいが,8時間以内の再発が多いため,8時間の観察を勧めている。

Watch Out

 アナフィラキシーの進行は早い。臨床診断であるため,ABCに対応しつつ素早く診断・治療を行う。アドレナリンは筋肉注射が第一選択。安全な治療を心がける。二相性反応があるため,経過観察が必要。退院時には必ずエピペン®を処方するか,処方できる医師にすぐに紹介すること。長期的な管理としてアレルゲンを避ける必要があるため,アレルギー外来の受診が不可欠である。

(了)

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