医学界新聞

連載

2011.10.10

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第18回】
心電図のレッドゾーン“ST上昇”(その6)
もしすべての誘導でSTが上がっていたら(後編)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 前編ではST上昇の“深読み”を取り上げました。無分別(?)なST下降と違って,ST上昇は局在を真っ正直に表します。梗塞部位は前壁か下壁か側壁か,詰まっている血管は右か左か,そして血栓の場所は近位か遠位か,STが上昇している誘導から大まかにですが目安をつけることが可能です。

広汎なST上昇(diffuse ST-elevation)

 さて今回は,局在も何もあったものではなく,とにかく目に付くすべての誘導でSTが上がってしまっているような心電図を取り上げます。例えば,のような心電図です。

 目に付くすべての誘導でSTが上がってしまっている心電図

 一見「これは大変だ!」と思わせるような症例ですが,実はこれ,急性心膜炎です。急性心筋梗塞と比べると予後ははるかに良好な疾患で,カテーテルチームを呼び出したり,アスピリンを噛み砕いてもらう必要もありません(むしろ砕かないほうが胃に優しく鎮痛効果を発揮してくれそうです,)。

なぜSTは上がるのか

 急性心膜炎がこのように広汎なST上昇を引き起こすのは,心外膜側を覆うように全周性の炎症を起こすからです。心筋梗塞にせよ心膜炎にせよ,心筋の心外膜側に障害が及ぶとSTは上昇します。逆に心筋虚血が心内膜側のみにとどまる場合STは下降するのですが,この原因をうまく説明することはとても難しく,かつあまり大事ではないので,次のようなぼんやりとした理解でもよいのではないかと思っています。

・心筋全層の梗塞が起きると,反対側の再分極の過程が「透けて」見えるようになり,STは上昇する。
・心内膜下の虚血が起きると,心内膜側の膜電位が浅くなり,心外膜側と電位差を生じて,STは下降する。

 虚血が決まって心内膜側に起こるのは,冠動脈が心外膜側を走っており,心内膜側の心筋細胞が最も血液(酸素)の供給を受けにくいからです。ST変化に関して,この説明だけでは物足りず,これ以上の理由がどうしても気になってしまう方はメモをご覧ください。そのような方は,やや強迫的ですが電気生理学を学ぶ素質がバッチリあります。

 急性心膜炎でSTが上昇するのは,心筋の電位障害が心外膜側で起こるからにほかなりません。心膜と心臓は通常15 mLくらいの心嚢液(心臓を滑らかに動かすための,いわば潤滑油)で隔てられていますが,急性心膜炎の発症時はこの心膜そのものが炎症を起こしているので,容赦なく心外膜側の心筋細胞をゴシゴシとこすります。心臓は一日に十万回くらい拍動するわけですから,昔の洗濯板も顔負けの勢いで心膜炎を全周性に起こすわけです。

 なお,急性心膜炎は目立ちませんが探せばよく見つかる疾患です(心筋梗塞でない胸痛の約5%)。胸痛を訴えていなくても,心膜切開を経て行われる心臓手術の後には,程度の差はあれ急性心膜炎が起こっており,術後数日は心膜摩擦音がガサガサと聞こえます(もしも聞こえなければ心嚢液がたまっています)。また,広範囲な心筋梗塞に引き続き急性心膜炎が起こることがありますし,腎不全による尿毒症なども急性心膜炎の原因になり得ます。ですからここでは,心膜炎と心筋梗塞の鑑別のポイントをもう少し挙げておきましょう。

<心膜炎と心筋梗塞の鑑別のポイント>
・心房も心膜で覆われており心房の心筋細胞も障害を受けるため,PRが下降する。
・Brugada型のST上昇ではcoved型とsaddleback型があるが(第16回参照),心膜炎のST上昇では,心筋梗塞のそれが凸型なのに対し凹型となる(saddleback型に似ている)。
・ST上昇が戻ってからT波が逆転する。心筋梗塞のST上昇では,ST上昇が戻る前にT波の逆転が始まる[いわゆる冠性T波(coronary T)]。
・最後にややマニアックな内容だが,V6のST上昇がT波の高さの25%以上だとほぼ心膜炎と確定できる(文献1)。

 ただ,実をいうと心膜炎の最たる特徴は,患者さんの訴える胸部症状の詳細にあります。胸痛について,(1)部位を「ここだ!」と指さすことができ,しかも(2)吸気時に増悪する,という二つの特徴を兼ねそろえていれば,急性心膜炎でほぼ決まりです。身もふたもない話ですが,心電図を眺めてあれこれ議論するよりもベッドサイドに足を運んだほうが早いかもしれません。

広汎なST上昇を来す他の疾患

 心筋炎ではどうでしょう? まれですが,心膜でなく心筋そのものが炎症を起こすことがあります。ただ,心筋炎は重症化するケースが3分の1ほどあり,また炎症を起こす部位が心外膜側とも限らないので,心電図だけに診断の確定や除外を頼るのは危険です。

 高カリウム血症も広汎なST上昇をもたらすことがあります。このときのST上昇はdownslopingなことが多いのが特徴ですが,やはり心電図だけで鑑別しようとせず,血液検査をオーダーしたりや心エコーで壁運動を確認する必要があるでしょう。

ST上昇は特別な所見

 心電図は血液検査のように1時間近く検査結果を待たなくてはいけないということもなく,ほんのわずかの労力を惜しまなければ5分程度で波形がはき出されてきます。そして,心筋の再分極の過程を反映するST部分は心筋障害の程度に応じてダイナミックに変化し,胸部症状を訴える患者さんの評価に大変有効です。そのなかで特にST上昇だけはどの科の医師であっても見逃すわけにはいけません。

 STが上がっている患者さんを救急外来から病棟に直接上げてはいけませんし,当直で申し送ることも御法度です。冠動脈インターベンションなどの再灌流療法の適応があれば必ずカテ室を経由し,さらにアスピリンなどの抗血小板薬は即座に開始する必要があります。

 真のST上昇を見極めるコツは,2つ以上解剖学的に連続する誘導でSTが上がっていて鏡像変化があればまずホンモノで(第12回),しかもそれを認識するまでの時間は短ければ短いほどよく(第14回),ただし一次性のST変化と二次性のST変化はしっかりと見極め(第16回),今回の稿のような少数の例外があることも認識しておくことかと思います。

 ST上昇に関して数回にわたってしつこく稿を連ねてきましたが,ざっくりまとめるとこんなところでしょうか。怪談調にまとめようかと思いましたが,実は一番怖いのは普通のST上昇を見逃したときかもしれません……。

:アスピリンはプロスタグランジン阻害作用を発揮しすぎて胃粘膜保護を抑制しないようにコーティングされています(腸溶剤)。よって,急性冠動脈症候群のように一刻も早く効果を発揮させる必要がある場合には,患者さんに噛み砕いてもらう必要があります。

POINT

●ST部分は心筋障害をキレイに反映する。
●広範なST上昇を来す代表的な疾患は急性心膜炎,心筋炎,高カリウム血症など。
●心筋梗塞との鑑別は心電図だけでもある程度は可能だが,患者さんに話を聞くのが近道。

メモ 心内膜下虚血でSTが下がる理由

 冠動脈は解剖学的に心外膜側を走行し,心内膜側に向かって細かい枝を出している(下図参照)。よって,上流の狭窄などにより血液(酸素)の供給が滞ると,心内膜側の心筋細胞が一番被害を受けやすい。

 十分に酸素が供給されないと,心内膜側の心筋細胞の膜電位は浅くなり,活動電位の持続時間も短くなるので,心外膜側の心筋細胞との間に電位差を生じるようになる(下の模式図)。よって,再分極の過程を反映するST部分は下降する。

つづく

参考文献
1)Ginzton LE, et al. The differential diagnosis of acute pericarditis from the normal variant : new electrocardiographic criteria. Circulation. 1982 ; 65(5) : 1004-9.

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