医学界新聞

連載

2011.11.07

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第19回】

タコツボ心筋症

志賀隆
(東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部長)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 研修医2年目も半年が過ぎた。「後期研修医に向けて準備はばっちりかな」と振り返るあなたに電話が――。「72歳男性高血圧,糖尿病,肺気腫。呼吸困難主訴で救急車要請。現在リザーバーマスク10LでSpO291%」「重症ですね! 挿管準備,静脈路確保,モニター,ポータブルX線,心電図を準備して,人も集めておきます!」と看護師。「頼もしい! どうぞよろしくお願いします」

■Case

 72歳男性。既往に高血圧,糖尿病,肺気腫。30分前からの呼吸困難を主訴に来院。現在リザーバーマスク10L/分でSpO2 91%,血圧120/80mmHg,脈拍数105/分,呼吸数30/分,体温37.0℃。胸部にて握雪感を認めず,右の呼吸音がやや弱いが,両側ともに喘鳴が聞こえてはっきりしない。四肢の腫脹はなし。

 「本当に重症だ。指導医の先生はまだかな」。重症を想定して早めに指導医に連絡したあなたは,初期のアセスメントをしながら指導医の到着を待つ。

■Question

Q1 呼吸不全の原因は何か?
A 感染,心不全・急性冠症候群との合併,気胸など。

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の既往のある患者の増悪には多くの原因がある。中でも急速に悪化した場合には,気胸を鑑別の上位に挙げる必要がある。難しいのは,肺の癒着があるため,ポータブルX線検査のみでは診断がつかない場合があること。呼吸音が減弱している場合,胸部X線画像で気胸が疑われる場合などは,呼吸状態が許せば胸部CT検査を行い,気胸の除外と胸腔ドレーンを入れるべき位置の確認を行うことが必要な場合がある。

 通常の治療である酸素投与,ネブライザー,ステロイド薬投与,抗菌薬投与等にて改善が見られない場合や反応が乏しい場合には,他の因子を考え直さなければならない。

 本症例では右側の呼吸音がやや減弱していたが,頻呼吸と両側の喘鳴があり,判断は難しかった。また単純胸部X線画像(図1)で気胸を疑わせるDeep Sulcus Signを認めた。

図1 左:左室造影拡張期像,右:左室造影収縮期像

Q2 気管内挿管,胸腔ドレーン挿入のどちらを選択すればよいか?
A 状況によって判断する。

 もし緊張性気胸があるならば,第二肋間鎖骨中線肋骨上縁に14-16Gの針を刺すことによって解除する必要がある。しかしながら本症例では緊張性気胸にはなっていない。そのような場合には,酸素化と後の換気能力により判断する。もし外傷症例で「GCS(Glasgow Coma Scale)<8」などの意識障害がメインで挿管が必要となり,合併して気胸があるならば,胸腔ドレーン挿入が先となる。陽圧換気によって気胸が悪化し,緊張性気胸を生じる危険性があるからである。しかし本症例では,リザーバー10L投与下でも辛うじて酸素化が保たれるかどうかである。このような状況下では,愛護的に意識下挿管を行い,Flow Inflating Bag(ジャクソンリース回路など)を使用して陽圧換気を最小限にし,酸素濃度を保つのも一つの選択肢である。

Q3 CT検査を行う理由は何か?
A 安全に胸腔ドレーンを入れるため。

 COPDに合併する気胸では,しばしば胸膜の胸壁への癒着がみられる。それを確認せずに胸腔ドレーンを挿入すると,大きなエアリークを作り出してしまう危険性がある。患者の予後を左右するため,慎重な計画が望ましい。

 先ほどの看護師が心電図(図2)を持って駆け寄ってくる。「先生,この患者さん,STがII,III,aVFでばっちり上がっています! 急性心筋梗塞ですよ。それで呼吸状態が悪いのではないでしょうか?」

図2 本症例における心電図
II,III,aVFにてST上昇,I,aVL,V2-V6にて著明な陰性T波を認める。

Q4 心臓カテーテル,胸腔ドレーンのどちらを選択するか?
A 胸腔ド

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