医学界新聞

連載

2011.10.10

それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴

【第18回】

糖尿病性:ケトアシドーシス

志賀隆
(東京ベイ・浦安市川医療センター救急部長)


前回よりつづく

 わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。


 初期研修もそろそろ佳境に入り,後期研修のための面接も始めなければいけない。手技が好きだから循環器科にしようか? それとも消化器科だろうか? 先輩への進路相談を兼ねた飲み会で遅くなった翌朝の日曜日,救急外来で次の患者に備える。

■Case

 35歳男性。倦怠感にて来院。発熱なし,心窩部痛あり。非血性嘔吐数回。脈拍数110/分,呼吸数26/分,血圧95/60 mmHg,SpO2 95%(RA)。

 救急隊員が「アルコール依存症の中年男性の過換気症候群です」と引き継ぎ,去っていく。「先生,この人酔っ払っているのかなぁ。朝から嫌になりますね」と看護師。「朝からアルコール関連か……。今日はどうなるのかなぁ」と思いつつ診察を始める。問診を進めると,既往歴に糖尿病があるとのこと! あなたは不審に思った。「これってやっぱりアルコールの臭い? それとも糖尿病性ケトアシドーシス?」

■Question

Q1 糖尿病性ケトアシドーシスの臭いとはどのようなものか?
A 甘酸っぱいフルーツのような臭い。

 アセトンなどケトン体によるもの。揮発性の液体であるアセトンは肺から放出され,糖尿病性ケトアシドーシスにおけるケトン臭のもととなる。

Q2 診断の手助けとなるのは何か?
A 静脈もしくは動脈の血液ガス分析。

 糖尿病性ケトアシドーシスの診断は,高血糖(300 mg/dL以上,しばしば900 mg/dLを超える高浸透圧性非ケトン性昏睡ほどは高くない),アシドーシス[重炭酸濃度(HCO3)<15 mEq/L],そしてケトーシス(尿中ケトン体あるいは血中ケトン体陽性)による。血中ケトン体が陽性であっても,アシドーシスがなければ必ずしも糖尿病性ケトアシドーシスとは言えない。

Q3 患者は糖尿病を持ち,頻呼吸,高血糖があった。しかし,尿中ケトン体は陰性であった。糖尿病性ケトアシドーシスは否定できるか?
A 否定できない。

 糖尿病性ケトアシドーシスは,インスリン欠乏もしくは作用不足によって,脂肪酸がエネルギー源として使われ,血糖が高いままとなることによって起こる。遊離脂肪酸の多くは肝臓に運ばれて分解され,それによりケトン体が産生される。ケトン体には,アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸,アセトンの3種類があり,その75%をβ-ヒドロキシ酪酸が占める。

 尿の試験紙は,ニトロプルシド反応を用いているものが多く,アセト酢酸は検出するが,β-ヒドロキシ酪酸は検出しない。したがって,尿検査でケトン体が陰性であっても,糖尿病性ケトアシドーシスの可能性はある。そのため,前述したように,HCO3を静脈血液ガスもしくは動脈血液ガスから測定することが肝要となる。

 上記に加え,インスリンによる治療中はβ-ヒドロキシ酪酸がアセト酢酸に変換されていくため,治療とともに尿中ケトン体反応が強くなることがある。この結果は混乱を招きやすいため,尿中ケトン体のみによる治療効果の判定は勧められない。

Q4 糖尿病性ケトアシドーシスと高浸透圧性非ケトン性昏睡の違いは何か?
A 糖尿病ケトアシドーシスはインスリンの欠乏,高浸透圧性非ケトン性昏睡は脱水が顕著。

 糖尿病性ケトアシドーシスはケトーシスがメインであるが,高浸透圧性非ケトン性昏睡ではケトン体はほとんど生成されない。高血糖・脱水の程度は高浸透圧性非ケトン性昏睡で高い。昏睡などの神経学的所見は,高浸透圧性非ケトン性昏睡において多くみられる。ゆえに,糖尿病性ケトアシドーシスではインスリンの使用が,高浸透圧性非ケトン性昏睡では輸液による脱水の補正が重要である。なお,糖尿病性ケトアシドーシスでは3-6 Lの脱水,高浸透圧性非ケトン性昏睡では8-10 Lの脱水があると予想される1)

Q5 糖尿病性ケトアシドーシスにおいて,インスリンの投与をどのように開始するか?
A 持続静脈注射。

 0.1 U/kg/時にて静脈注射を開始する。静注インスリンは,点滴のプラスチック延長チューブに付着してしまうことがあるため,従来は持続静注の開始に先立ち,0.14 U/kg(体重60 kgなら8単位)のワンショットのインスリン静注が勧められてきた。しかしながら,KitabchiらによるRCTでは,この初めのインスリンのワンショットは必ずしも必要でないという結論が出ている2)

 治療の目安には血糖だけでなく,アニオン・ギャップ(AG)を用いる。急激に血糖値を低下させると,それによって脳浮腫を起こす可能性があるため3),前述の標準量のインスリンの使用が勧められる。

Q6 インスリン静注を開始した後に気を付けることは何か?
A カリウムの管理。

 糖尿病性ケトアシドーシスでは,しばしばアシドーシスによる高カリウム血症がみられる。しかしながら,体全体のカリウムの総量は低下していることも多い。インスリン静注の開始によって血糖が細胞内に移行すると,同時にカリウムも細胞内に移行する。ケトーシスも改善していくため,血清カリウムは低下していく。糖尿病性ケトアシドーシスの治療中の血清カリウムは,4.0-5.0 mEq/Lに保つことが望ましい。したがって,血清カリウムが5.0-5.3 mEq/Lに低下してきたら,速やかにカリウムの補充を開始しなければならない。

Q7 インスリン静注の中止を考慮する際には,何を目安にすればよいか。
A 米国糖尿病学会が示す基準が参考になる4)

● 血糖<200 mg/dL
● AG<12 mEq/L
● HCO3≧18 mEq/L
● pH>7.3

 インスリン静注を突然中断すると,再度糖尿病性ケトアシドーシスに戻ってしまうことがあるため,インスリン皮下注とのオーバーラップがあることが望ましい。

Q8 糖尿病性ケトアシドーシスの原因は何か?
A 感染症(肺炎や尿路感染症),血管障害(心筋梗塞など),ストレス,など。

 糖尿病性ケトアシドーシスでは診断がつくと,そのモニター(毎時の血糖測定や2時間おきの静脈血液ガス,生化学検査など)や治療にフォーカスが置かれることが多い。しかしながら,肺炎や尿路感染症などの感染症が契機となっていたり,心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患が原因(もしくは心筋障害や中枢神経障害の合併)である場合もある。そのため,継続的な治療とともに,「なぜ糖尿病性ケトアシドーシスになったのか?」を立ち止まって考えることが勧められる。

■Disposition

 静脈血液ガスをとりつつ指導医に「糖尿病性ケトアシドーシスが疑われる」と報告。すぐにインスリン静注治療が開始され,内科主治医のもとICU入院となる。内分泌科へのコンサルトも救急部から開始された。

■Further reading

1)Kitabchi AE, et al. Hyperglycemic crises in adult patients with diabetes. Diabetes Care. 2009; 32(7): 1335-43.
↑高浸透圧性非ケトン性昏睡と糖尿病性ケトアシドーシスの治療について解説した論文。
2)Kitabchi AE, et al. Is a priming dose of insulin necessary in a low-dose insulin protocol for the treatment of diabetic ketoacidosis? Diabetes Care. 2008; 31(11): 2081-5.
↑インスリン静注ワンショットを投与後に持続静注した群とワンショットなしで持続静注した群を比較した論文。
3)Tornheim PA. Regional localization of cerebral edema following fluid and insulin therapy in streptozotocin-diabetic rats. Diabetes. 1981; 30(9): 762-6.
↑動物実験ではあるが,糖尿病のあるラットの脳浮腫の程度が,インスリンを使って高血糖を補正した場合と,生理食塩水によって補正した場合でどのように違うか検証したものである。インスリンを使った群にのみ脳浮腫が見られた。
4)Kitabchi AE, et al. Hyperglycemic crises in diabetes. Diabetes Care. 2004; 27(Suppl 1): S94-102.
↑高浸透圧性非ケトン性昏睡と糖尿病性ケトアシドーシスの治療についてのレビュー。

Watch Out

 過換気症候群は除外診断であるため,常に気を付けなければならない。糖尿病性ケトアシドーシスは,尿検査では陰性である可能性もある。またインスリンの投与開始後にケトン体が陽性になる場合がある。その解釈には注意されたい。血中の重炭酸濃度が診断において大事になる。治療への反応をみるには,アニオン・ギャップが有用である。また,糖尿病性ケトアシドーシスになった原因検索を忘れてはならない。カリウムやマグネシウムなどの補正に十分に気を付けなければ,時に不整脈が起きることがある。

つづく

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