急性心原性肺水腫(志賀隆)
連載
2011.12.05
それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴
【第20回】
急性心原性肺水腫
志賀隆
(東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部長)
(前回よりつづく)
わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。
臨床研修の終了が近づいてきた。午前4時,喘息患者の診察を終えてひと息つく。「来年からは,内科当直を一人でやらなければいけない。足りないところを補わなければ!」と考えていたところに看護師から連絡が。「先生,重症患者搬送のようです」。
■Case
75歳男性。既往に高血圧,糖尿病があり,内服中。明け方,突然の呼吸困難にて救急要請され,搬送となる。発熱なし,胸痛なし。血圧210/120 mmHg,脈拍数110/分,呼吸数25/分,SpO2 90%(リザーバーマスク着用下)。頸静脈怒張あり,両側喘鳴と湿性ラ音を認める。心雑音や四肢の腫脹は認めない。
看護師に「重症患者なので,静脈確保,心電図と酸素モニター,リザーバーマスクでの酸素投与をお願いします。救急カートを持ってきて,万が一の気道確保に備えます」と指示をしつつ,指導医に一報を入れる。
■Question
Q1 最初にオーダーする検査は何か?
A 胸部のポータブルX線検査,静脈または動脈血液ガス,心電図。
喘息やCOPDの既往のない患者の喘鳴では,心不全の可能性がある。また,COPDでも気胸や肺炎などが増悪因子となることがある。したがって,胸部のポータブルX線検査は早い段階で行う必要があり,場合によっては来院前に準備しておくことも考えられる。
心不全の際のS3(III音),Hepatojugular reflux(肝頸静脈逆流)などの感度は,残念ながら70%程度と限られている。静脈確保時の採血では,血算検査,生化学検査,心筋トロポニンT検査は必須である。静脈確保時に採血と一緒に採取すれば,迅速にCO2・HCO3の測定が可能となる。10 L/分のリザーバー投与下であれば,FiO2はほぼ100%であると考えられ,SpO2からPaO2が予測可能である。後述するように,心不全の増悪因子には,心筋虚血,心筋梗塞,不整脈がある。そのため,迅速に標準12誘導心電図を施行することが望ましい。
胸部のポータブルX線検査では,心陰影の拡大,胸水,大葉間裂内の体液貯留を認め,病歴・臨床所見と合わせて急性心原性肺水腫と考えられた。また,心電図にて洞調律を確認。STの上昇は認めなかった。ベッドサイドで行った心臓超音波検査では,収縮不全や心嚢液の貯留は認めなかった。
Q2 急性心原性肺水腫の主たる原因は何か?
A 主に5つの病因がある。
(1)慢性の左心不全悪化,(2)急性の虚血もしくは梗塞,(3)重度の高血圧,(4)左心系の弁膜症,(5)急性の不整脈,が挙げられる。
Q3 体内ボリュームは過剰か?
A 必ずしもそうとは言えない。
慢性心不全の増悪が水分の過剰摂取によって起きた場合には,もちろん血管内ボリュームが増えている可能性は高い。しかし,急性心原性肺水腫の患者の40%近くで,血管内ボリュームは正常であるか,少なくなっているという報告もある1)。このような患者では,急性期の利尿薬の使用方法に注意が必要となる。
Q4 心不全の増悪因子は?
A 急性冠症候群,薬剤コンプライアンス,水分過剰摂取など,複数ある。
増悪因子を把握することは非常に重要である。FAILUREという語呂で覚えておきたい。
Forgot meds:薬の服用を忘れる
Arrhythmia/Anemia:不整脈,貧血
Infections/Ischemia/Infarction:感染,虚血,梗塞
Lifestyle:塩分過剰摂取,ストレス
Upregulators:甲状腺疾患,妊娠
Rheumatic valve or other valvular diseases:リウマチ性弁疾患,他の弁疾患
Embolism:肺塞栓など
Q5 薬物治療はどのように行うか?
A 利尿薬と降圧薬によって,前負荷,後負荷をターゲットに治療する。
前述したように,慢性心不全の増悪が考えられ,亜急性の経過で下肢の浮腫があり水分の過剰摂取などが病歴上疑われる場合には,利尿薬の使用が好ましい。急性肺水腫で急激に呼吸困難が起こった場合には,利尿薬よりもむしろ血圧のコントロールが肝要となる。血圧のコントロールには,前負荷を減らすニトログリセリンなどの亜硝酸薬,後負荷を減らすACE阻害薬がある。ニトログリセリンは最も有効で即効性のある薬剤として,現在も......
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