医学界新聞

2011.10.31

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


ロンドン大学精神医学研究所に学ぶ
精神科臨床試験の実践

Brian S. Everitt,Simon Wessely 著
樋口 輝彦,山田 光彦 監訳
中川 敦夫,米本 直裕 訳

《評 者》古川 壽亮(京大大学院教授/健康増進・行動学分野)

精神医学における臨床試験で留意すべき点が示された名著

 本書の真骨頂は,タイトルの通り,精神医学における臨床試験を正面切って取り扱い,その必要不可欠なことを論理的に説明し,具体的な手順と注意点を列記し,そして現行の臨床試験が陥りがちな陥穽に警鐘を鳴らしている点である。

 よい精神医療を行うために臨床試験が必要であることに納得できない方には,ぜひ本書を書棚に置いて折に触れて読んでいただきたい。本書には,世にいう臨床試験への批判は必ずしも故なき非難ではないこと,しかし神ならぬ人間にとってよい精神医療を行うためにはよい臨床試験を行うしか手がないこと,そしてそのためには精神科臨床試験で何に留意しなくてはならないかが書かれている。

 経験主義の国イギリスは,ランダム化比較試験(Randomised Controlled Trial;RCT)発祥の国である。本書中にもあるが,スコットランド人医師のJames Lindは1754年,当時の海軍の重大問題であった壊血病への対処方法を探るために,ソールズベリー号に乗船した水兵に,医師処方の食事,オレンジとレモン,海水,酢などをそれぞれ2人ずつに投与し,オレンジとレモンを与えられた水兵が最も早く良好な結果が得られたことを報告した。下って,1948年,肺結核に対するストレプトマイシンの,人類最初の無作為割り付けを伴う臨床試験が行われたのもイギリスであった。また,1万人を超える心筋梗塞患者のβブロッカーによる治療をランダム化比較によって検討した人類最初のメガトライアルが行われたのもイギリスが中心であった(ISI─1,1984)。精神科領域における最初のRCTも,どうやら,イギリスで行われたようである。統合失調症に対するクロルプロマジン治療のプラセボ対照RCTが,JoelとCharmain Elkes夫妻のチームによってバーミンガムで実施され,1954年に英国医師会雑誌(BMJ)に発表された。

 この豊かな歴史を背景に,つまりこれだけの研究を行える生物統計学者と精神科医が伝統的にいる国のロンドン大学精神医学研究所から,精神科における臨床試験の実践についての入門書が2003年に出版された。第一著者のEverittは生物統計学者,第二著者のWesselyは精神科医である。本書は世界的にも時宜を得,2008年には早くも第2版が出版された。イギリスにおけるロンドン大学精神医学研究所と同じく日本における精神医学研究のナショナルセンターである国立精神・神経医療研究センターの樋口輝彦総長と山田光彦部長および有志が,早速この名著第2版を日本語化されたのが本書である。

 臨床試験全般についての入門書は日本でも何冊か出版されているが,臨床試験を新薬承認のための治験とほぼ同意味に扱っている書籍が大半を占めるなかで,本書は次の点で画期的である。

・臨床試験とは,「自分の治療が有効であるのか?」というすべての医師が当然に自問する疑問に対して,長い時間をかけて発展してきた回答方法の終着点であると位置付けている

・薬物だけでなく,認知行動療法などの非薬物療法にも,したがって,臨床試験が必要であり,またそういう臨床試験には格別に留意すべき点があることを説明している

・ランダム化の方法,アウトカム指標の選定,欠損値の扱い,利益相反,プラグマチック試験など,正しい臨床試験を遂行するために留意すべき点が具体的に説明されている

 本書を契機に,日本でも,よりよい精神医療を行うための臨床試験,すなわち,正しい臨床試験が,積み重ねられていくことを切望している。

B5・頁224 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01236-2


糖尿病医療学入門
こころと行動のガイドブック

石井 均 著

《評 者》門脇 孝(東大大学院教授・糖尿病・代謝内科学/東大病院院長)

従来の科学を超えた新しい学問体系「糖尿病医療学」

 糖尿病の治療は,異なる作用機序を有する多くの新薬が開発され,治療のエビデンスも集積されてきたにもかかわらず,依然として患者の主体的参加がその成否を握っている。そこで糖尿病の治療では,患者が病気と向き合い,闘う意欲と能力を持っている,という考え方に立脚して,それを引き出すための患者支援の技法,すなわちエンパワーメントが重要となってくる。著者の石井均氏は,このエンパワーメントを糖尿病治療における標準的治療法に具体化する努力を営々として続けてこられた。それが,心理分析,認知行動療法,変化ステージモデル,等々である。石井氏は,これらのモデルや技法を駆使しながら,本書では,その上位の学問体系として,「糖尿病医療学」という概念に行き着いたことを述べている。

 糖尿病の科学の進歩は著しい。しかし糖尿病治療は従来の科学では扱いきれない部分を多く持っている。石井氏はそれを,科学を超える「糖尿病医療」というパラダイムとして提案している。そこでは,医療者からの情報提供と患者の自発的選択に支えられた医療者-患者関係,相互参加が必要不可欠であり,石井氏はそれを「治療同盟」と呼ぶ。そして「治療同盟」では,医療者-患者関係における強固な人間的な信頼的関係を築くことが,治療をうまく進める鍵となる。私なりに解釈すれば,糖尿病学・糖尿病研究は,糖尿病の科学,真理を追究するサイエンスを担保するものであり,「治療同盟」はいかによく生きるか,自己実現を追究するヒューマニズムを担保するものである。そして前者の科学知と後者の人間知の相互作用こそ,本書で石井氏が提唱する「糖尿病医療学」の本質ではないか,と考えた。

 本書は,糖尿病患者と医療を結び付けることに成功した著者の集大成である。本書で提唱された「糖尿病医療学」という概念により,糖尿病治療が従来の科学(自然科学)を超えた新しい学問体系として整理され,充実し,より良い糖尿病の治療同盟につながることを期待したい。

B5・頁268 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01332-1


精神科退院支援ハンドブック
ガイドラインと実践的アプローチ

井上 新平,安西 信雄,池淵 恵美 編

《評 者》福田正人(群馬大大学院准教授・神経精神医学)

退院支援実践例が充実した,理解と実感を助けてくれる一冊

 日本の精神科医療は,重症化した精神疾患患者に入院医療を提供すること,そのための医療施設を私立の精神科病院に求めることを,国が施策の中心としてきた歴史がある。そのために精神科病床が全病床の20%以上を占め,しかも長期入院や社会的入院の患者が多いという,世界の中で例外的な状況にある。退院を支援するためのハンドブックとしてガイドラインと実践的アプローチを示した本書は,そうした日本の精神科医療の残念な現状を反映している。

 本書は,「退院支援ガイドライン」と「ガイドラインに基づく退院支援の実践」の2部から構成されている。第1部は,厚生労働省精神・神経疾患研究委託費の研究成果を基にまとめられた,46ページから成るガイドラインの紹介が中心である(主任研究者・安西信雄「精神科在院患者の地域移行,定着,再入院防止のための技術開発と普及に関する研究」)。第2部ではガイドラインの具体化として,前半で退院支援の実践について8つの側面を詳説した上で,後半で「特色ある取り組み」として8つの実例が紹介されている。

 退院支援の専門家ではない評者にとっては,第1部でガイドラインとしてまとめられた普遍的な解説以上に,第2部,特にその後半の具体例の紹介が印象的であった。例えば,富山・谷野呉山病院における「グループ退院実践」の資料として掲げてある発会式と退院式の式次第は,ささやかなものであるだけに当日の様子をほうふつとさせてくれる。また,東京・巣立ち会が建設したグループホームの写真と家賃・家主・建設経緯の表は,一般化できるものではないかもしれないが,後に続く者に勇気を与えてくれる。

 第2部前半の退院支援実践の8つの側面の記載においては,図表と事例が充実しており,退院支援初心者の理解と実感を助けてくれる。例えば,「薬物療法の工夫」の章では,さまざまな用紙やリストが紹介されている。いずれもシンプルなもので,作成者が臨床での試行を繰り返すなかで,実践で必要となるエッセンスを磨きあげてきたものと想像できる。また,班研究で開発した「退院困難度尺度」や国立精神・神経医療研究センター病院で用いられている「社会復帰病棟ケースカンファレンス用紙」「生活準備チェックリスト」はいずれも簡便なもので,作成者の現場感覚が生き生きと伝わってくる実用性の高いものである。

 評者が残念に感じたのは,こうした貴重な具体例や図表や事例が見つけにくくなりやすいことである。索引は充実しているものの,目次は中項目までで小項目は含まれておらず,また図表や事例の一覧表がないため,一度目にした資料を見つけるのに苦労することが多い。ページ数の制約があったのだろうが,「ハンドブック」として活用しやすいよう,増刷の際にぜひ追加をご検討いただきたい。

 退院支援は,一部の専門家や研究者だけが携わる特別なテーマではない。全国の精神科スタッフが常識として身につけ,普段の仕事として日々取り組むべき課題である。本書がそうした実際の退院支援の取り組みに役立ち,一人でも多くの当事者の退院と地域生活へと結び付くことに,本書の価値が示されていくだろう。その実績こそが,本当の意味での「書評」であると思う。

B5・頁284 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01234-8


双極性障害 第2版
病態の理解から治療戦略まで

加藤 忠史 著

《評 者》神庭 重信(九大大学院教授・精神病態医学)

双極性障害のフロントラインをくまなく眺望できる珠玉の書

 双極性障害は,若年で発症し,慢性に経過しやすい疾患である。うつ病相は治療抵抗性で遷延しがちである。そうかと思えば,たちまち躁転してしまい,浪費を重ねたり,上司や家族に向かって怒鳴り散らしたりして,家族が困って急に連絡がきたりもする。治療がうまく進み,何年も安定していたからといって気分安定薬を中止すると,しばらくして多弁となりあちこち旅行に行き出したりして,あわてて投薬を再開することになる。しかも双極性障害は,寿命・健康損失の大きさ(DALY)では,うつ病,認知症,統合失調症に次ぐ精神障害である。精神科医にとって,双極性障害の診断のための知識は必須であり,気分安定薬を使いこなせることは最低限求められる技術であろう。

 著者の加藤忠史氏は,ここで紹介するまでもなく,わが国を代表する双極性障害の研究者である。彼のトップクラスの研究から導かれたミトコンドリア機能障害仮説(酸化ストレス仮説)は,国際的に高く評価されており,病態仮説に則った新薬の臨床開発が進められている。一連の研究の発端は,双極性障害の患者の脳内にミトコンドリア機能の異常と一致する所見を見いだしたことに始まると聞く。本書のおよそ3分の1が臨床精神薬理学と神経科学の病態仮説で占められているのも,彼の本ならではの特徴であろう。しかしながら,本書を一読するならば,加藤氏が双極性障害の臨床にも精通していることがよくわかる。その豊富な経験から,心理社会的治療の重要性が幾度となく強調されており,疾患教育なくして双極性障害の治療は成り立たないと言い切る。

 初版から12年を経て改訂された本書は,臨床のエビデンスと基礎的知見を盛り込んだ,330ページに及ぶテキストとなっている。広範なトピックスが,簡潔かつ正確にまとめられており,しかもそのレベルは妥協を許していない。もう一つの特徴は,生き生きとした自験例が全章にわたりちりばめられ,本文の記述を補っていることである。読者は,症例を読みながら,悪戦苦闘する著者の姿に同感したり,あるいは見事に難局を切り抜ける著者に拍手を送りたくなるだろう。しかしなんといっても珠玉の章は,治療戦略と題された第5章である。基本的にはエビデンス重視で治療論が展開されるのだが,随所にエビデンスからは決して生まれない著者の臨床の技が披露されている。入院したがらない躁病の患者をどのように入院へと導くか,長期にわたる服薬をどう続けてもらうか,病状が不安定になり自分が何をしているかわからなくなったときどうするかなど,臨床の知が次から次へと紹介されている。このように,本書は,双極性障害の入門書としてまぎれもなく秀逸なだけでなく,経験ある精神科医にとっても,重要な最新情報をもれなく知っておく上で恰好な文献となっている。いずれにせよ,本書を読み終えたとき,読者は双極性障害のフロントラインをくまなく眺望したことになる。

A5・頁352 定価4,935円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01329-1


サイコーシス・リスク シンドローム
精神病の早期診断実践ハンドブック

Thomas H. McGlashan,Barbara C. Walsh,Scott W. Woods 著
水野 雅文 監訳
小林 啓之 訳

《評 者》鈴木 道雄(富山大大学院教授・神経精神医学)

サイコーシス早期支援の正しい理解と実践のために

 本書は,世界有数の早期精神病研究拠点の一つであるYale大学・PRIMEクリニックのMcGlashan教授らにより,その多年にわたる経験とエビデンスに基づいて書かれた,精神病早期診断のための手引き書である。

 サイコーシス・リスクシンドロームとは,精神病の発症リスクが高まっていると考えられる状態像を意味するが,用語として確立したものではなく,わが国ではAt Risk Mental State(ARMS)として広まりつつある概念と同義である。統合失調症などの精神病性障害が顕在発症する前に適切な支援を行うことにより,機能低下の防止や長期予後の改善をめざすことは,近年の精神医学における注目すべきパラダイム転換の一つであり,わが国でも急速に関心が高まっている。また,2013年に公表が予定されているDSM-5に,このようなリスク状態の診断基準を含めるべきかが熱心に議論されているところである。このような時期に,本書がいち早く翻訳紹介される意義は大きい。

 本書はPart A-Cの3部構成となっており,付録として,サイコーシス・リスクシンドロームの構造化面接であるStructured Interview for Psychosis-Risk Syndromes(SIPS)とその評価尺度であるScale of Psychosis-Risk Syndromes(SOPS)の最新版(SIPS/SOPS 5.0)が収載されている。Part Aには精神病早期介入の背景と理念が,Part CにはPRIMEクリニックの活動実績などが簡潔にまとめられ,ともに重要な内容となっているが,質量ともに充実しているのはPart Bの「サイコーシス・リスクシンドローム:SIPSとSOPSによる評価」である。

 本書の中心をなすこの部分の大きな特徴は,とにかく具体例が豊富に記載されていることである。まず,SIPS/SOPSのそれぞれの評価項目について,実例とその解釈がわかりやすく書かれている。続いて,13例の患者の詳細な病歴とSIPS/SOPSによる評価が記述され,さらにその後で,11症例について,その病歴と面接結果から読者がSIPS/SOPSによる評価を演習形式で行えるようになっている。すなわち,本書を読み進めることにより,サイコーシス・リスクシンドロームの診断が自然に修得できるようになっているのである。

 もう一つの特徴は,これまでの類書ではほとんど言及されることのなかった,サイコーシス・リスクシンドロームの鑑別診断の実際が書かれていることである。うつ病の既往のある者にリスク症状が出現したときのとらえ方は? 境界性パーソナリティ障害にリスク症状が加わったときの診断は? リスクシンドロームと診断された後に症状が長期間持続した場合は? など,早期診断の実際において疑問を抱くようなポイントについて,やはり具体例を挙げて説明されている。

 このように本書の内容はきわめて実践的であるが,本書によってサイコーシス・リスクシンドロームの診断の実際を知ることは,前精神病状態への介入の真の意義と,そこから引き出される当事者のベネフィットの正しい理解につながると思われる。青年期の精神科医療に携わる者にとって必読の書であり,またこの分野に関心を持つ方にはぜひ一読して理解を深めていただきたい。

 監訳者の水野雅文氏および訳者の小林啓之氏は,わが国の早期精神病研究の牽引者であり,これまでにSIPS/SOPS旧版の日本語訳およびサイコーシス・リスクシンドロームのスクリーニングツールであるPRIME-Screenの日本語版作成も手掛けている。訳文は大変こなれており読みやすい。

A5・頁328 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01361-1

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