神経内科:ワレンベルグ症侯群(志賀隆)
連載
2011.08.08
それで大丈夫?
ERに潜む落とし穴
【第17回】
神経内科:ワレンベルグ症侯群
志賀隆
(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)
(前回よりつづく)
志賀 隆(Instructor, Harvard Medical School/MGH救急部)
わが国の救急医学はめざましい発展を遂げてきました。しかし,まだ完全な状態には至っていません。救急車の受け入れの問題や受診行動の変容,病院勤務医の減少などからERで働く救急医が注目されています。また,臨床研修とともに救急部における臨床教育の必要性も認識されています。一見初期研修医が独立して診療可能にもみえる夜間外来にも患者の安全を脅かすさまざまな落とし穴があります。本連載では,奥深いERで注意すべき症例を紹介します。
神経内科ローテーションを終え,診察にもかなり自信が出てきたあなた。「どれだけ的確に病歴をとって画像診断に移れるかが大事だな」と考えていると,トリアージナースがやってきた。「先生,この患者さん若いんですけど,ちょっと神経所見が合わない感じがして気になるんです。ヒステリーではなさそうだし……」とのこと。「若いのに,神経所見があるのか?」と思いながら診察に臨む。
■Case
32歳男性。後頸部痛,回転性めまい,顔面のしびれ,左半身のしびれにて来院。血圧140/80 mmHg,脈拍数80/分,体温36.8℃,SpO2 98%(RA)。心音純,肺音清,四肢腫脹なし。
神経所見:右顔面の感覚障害,左半身の感覚障害を認める。垂直性眼振。脱力は認めず。
「どうして顔と半身の所見が反対なんだろう? 本当に脳卒中かな? それとも転換性障害? しかし,転換性障害は除外診断所見もあるし,まずCT検査からだな!」とあなたは考えた。
■Question
Q1 脳卒中を疑う患者の画像診断は,来院から何分以内が望ましいか?
A CT撮影完了まで25分以内。
脳卒中患者を受け入れる病院,特にt-PAを使用することが可能な脳卒中センターでは,急性期脳卒中診療のための診療プロトコールを整備しておくことが望ましい。トリアージナースから救急医にスムーズにバトンタッチがなされ,速やかに「診察→画像診断」と移れることが「Time is Brain」と言われる脳卒中診療における鍵となる。
NINDS(National Institute of Neurological Disorders and Stroke)は,脳卒中診療における時間の目安について,下記のような基準を示している。
◆来院10分以内 ◆来院25分以内 ◆来院45分以内 |
日本では米国と異なり,初期の画像診断にCTのみでなくMRIが入る施設が多くある。この場合,診療が標準化されていなければ,追加の画像診断による正確性と引き換えに,t-PA投与までの貴重な時間が失われる可能性がある。
本症例では,CT所見にて脳出血は認められなかった。「early CT signもないし,若いからやっぱり脳卒中の可能性は低いか」と思っていたところに指導医が。「先生の患者さんを診てきたよ。眼振が気になるね。所見はちょっと複雑だけど,ワレンベルグ症候群を疑うなぁ。MRI検査はオーダーしている?」「……(眼振の異常に気付かなかった)」
Q2 脳梗塞の場合,CT所見におけるearly CT signにはどのようなものがあるか?
A 皮髄境界の不明瞭化,Hyperdense MCA sign,レンズ核の不明瞭化など。
MRI画像のdiffusionに比べ,CT画像にて急性期脳梗塞を診断することは難しい。しかしながら,すべての施設で24時間MRI検査を行えるわけではなく,またMRI検査によってt-PA投与が遅れる可能性もある。放射線科医が夜間読影を行う施設の少ない日本では,CT画像の読影を普段から意識して行うことが必要となる。
*
図 患者の拡散強調画像(加藤陽一氏より提供) 右延髄外側に高信号を認める。 |
Q3 ワレンベルグ症候群とは?
A 延髄外側症候群のこと。
ワレンベルグ症侯群は,後下小脳動脈(椎骨動脈系)の閉塞により,その領域の延髄外側が梗塞に陥ることで起きる。患側の顔面感覚障害,対側の体幹感覚障害,患側の軟口蓋・咽頭喉頭の運動麻痺と感覚障害,回転性めまい,運動失調,ホルネル症候群などの障害が生じる。
顔面と体幹の感覚障害が同側でないのは,感覚線維の交叉する部位が感覚の種類により異なるためである。温痛覚は末梢神経から脊髄に入った後すぐ交叉し,反対側の脊髄・視床路を上行し,延髄外側部を通る。顔の知覚は三叉神経によるが,脳神経は交叉しないため患側と同側に感覚障害が起きる。
なお位置覚・振動覚は脊髄に入った後そのまま後索を上行し,延髄で交叉する。その際,延髄内側へ近づくため,ワレンベルグ症候群では障害されない。また,運動神経の椎体交叉も内側のため,ワレンベルグ症候群では四肢の運動障害がないのが特徴である1)。
*
「ところで,先生はt-PA投与の禁忌を知っている?」と指導医から尋ねられる。
Q4 t-PA投与の禁忌は何か?
A 出血のリスクに関連すること。
脳内の出血のリスク,全身の出血のリスクに関連するものが禁忌となる2)。
(1)既往歴:頭蓋内出血,3か月以内の脳梗塞[一過性脳虚血発作(TIA)は含まない],3か月以内の重篤な頭部脊髄外傷あるいは手術,21日以内の消化管あるいは尿路出血,14日以内の大手術あるいは頭部以外の重篤な外傷
(2)臨床所見:痙攣,クモ膜下出血(疑),出血の合併(頭蓋内,消化管,尿路,後腹膜,喀血),頭蓋内腫瘍・脳動脈瘤・脳動静脈奇形・もやもや病,収縮期血圧≧185 mmHg,拡張期血圧≧110 mmHg
(3)血液所見:血糖異常(<50 mg/dL,または>400 mg/dL),血小板10万/mm3以下,ワルファリン内服中でPT-INR>1.7,ヘパリン投与中でAPTTの延長,重篤な肝障害,急性膵炎
(4)画像所見:CTで広汎な早期虚血性変化,CT/MRI上の圧排所見(正中構造偏位)
*
「ところで,ワレンベルグ症候群はどうして起きるのだろうか?」「脳梗塞ですから,血栓ですかねぇ?」
Q5 ワレンベルグ症候群にて注意すべきことは何か?
A 椎骨動脈,後下小脳動脈の解離など。
通常の脳梗塞は血栓によるものが多いが,ワレンベルグ症候群では椎骨動脈や後下小脳動脈の解離にて起こることがある。また,本症例のように比較的若い患者層に起こることもあるため注意が必要である。
■Disposition
MRI 検査にて,椎骨動脈にPearl and string signを確認。椎骨動脈解離によるワレンベルグ症候群と診断された。神経内科入院となり,ヘパリン投与が開始された。
■Further reading
1)Flossmann E, et al. Prognosis of vertebrobasilar transient ischaemic attack and minor stroke. Brain. 2003; 126 (Pt 9) : 1940-54.
↑椎骨動脈系のTIAや脳梗塞に関する論文。内頸動脈系に比べ,椎骨動脈系のほうがその後の脳梗塞のリスクは高かった。
2)日本脳卒中学会 「脳卒中治療ガイドライン2009」
↑初期画像診断にMRIが含まれていることに注意。
3)Carpenter CR, et al; Best Evidence in Emergency Medicine Investigator Group. Thrombolytic therapy for acute ischemic stroke beyond three hours. J Emerg Med. 2011; 40 (1) : 82-92.
↑t-PAの投与時間について,発症3-4.5時間をレビューした論文。症状の改善はみられ,出血のリスクは高まるが,死亡率に差はない。
Watch Out急性期脳卒中の診療においては,各施設内で救急部・神経内科・脳外科(日本では脳外科医が手術適応例外の脳卒中を入院管理することが多い。米国では脳外科は手術適応例のみの管理がほとんどである)の脳卒中のための合意,標準化されたプロトコールの作成が必要である。椎骨動脈解離は比較的若い年齢の患者に発生することがあり,特に神経所見が顔面と体幹にて異なる場合には,ワレンベルグ症候群を念頭にアプローチを進めることが必要となる。 |
*本稿執筆に当たり,加藤陽一先生(熊本赤十字病院),船越拓先生(千葉大)に大変お世話になりました。御礼申し上げます。
(つづく)
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