A4用紙の上では語り尽くせませんが フェイスシートさん(鶴岡優子)
連載
2011.07.04
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「フェイスシート」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
白い2つのフェイスシート 女の人がテレビを見ながら,顔に乗せている白いシートとよく間違われます。初めてお会いしたので記念撮影。私に書かれていることは,あくまで誰かを通しての語りであることを忘れてはいけませんね。 |
在宅医療は,他職種で多職種な連携が大切らしく,あっちもこっちもレンケイです。具体的には直接会ったり,電話,メール,ファックス,書類で連絡を取り合ったりします。書類だけでも,紹介状などの診療情報提供書,訪問看護指示書に報告書,居宅サービス計画書,入浴可否意見書などなど,カルテは太る一方です。私フェイスシートもそんな書類の仲間で,ケアマネージャーさん作成のモノがよく使われています。分量ですか? A4用紙1枚だったり,数枚だったり,いろいろです。
記されている内容は,患者さんの氏名,性別,年齢,住所などの基本情報から,簡単な病状と経過,家族構成と関係,生活史,日常生活動作(ADL)や経済状況まで,盛りだくさん。医療機関でやりとりする紹介状は健康問題がメインなので,生活そのものの情報は少ないことが多いようです。医療が最優先された入院生活と違って,ザイタクでは生活の中のごく一部分として医療があります。ありのままの生活が大事であり,介護を手伝ってくれそうな家族,治療方針の決定を一緒に行うキーパーソンを知ることは大変重要になるのです。特に生活史は貴重な資料で,この数行,そして行間を読み込んで,そのヒトの人生を想像しながら診療していくのが,在宅医療の醍醐味なのだとか。
倉本聰さんに怒られそうですが,ここで黒板五郎さんの場合を空想してみます。病院からの紹介状はこんな感じでした。「発症から2日後に来院され脳出血と診断されました。(中略)急性期治療を終え,リハビリを実施しましたが左麻痺は残存。通院困難のため,訪問診療をお願いします」。
家ではどんな生活になるのかな? 主人が私のほうに目をやります。五郎さんの娘は看護師で,車で30分の町に住んでいることも書かれています。ちなみに本人の性格は「頑固」で,生活史はこうあります。「北海道出身。中学卒業後,地元の工場勤務を経て,23歳で上京。自動車修理工場やガソリンスタンドなどに勤務していた。妻との別居を機に2人の子どもを連れて富良野に戻り,農業などで生計を立てた。子どもは独立し,現在は1人暮らし」。ドラマの五郎さんを知っている方にはちょっと味気ないですね。麓郷のボロボロの家に戻り,「電気なかったら暮らせませんよお」と息子に言われたとか,食堂で下膳しようとするお店の人に「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!」と怒ったとか,そんな名場面はすべて無視なのです。当たり前ですけど。
ある日,「せっかくデイサービスに来ているのに,お風呂に入ってもらえない」と施設の職員さんから相談があり,話し合いの場が設けられました。五郎さんは毎回「私はいいですから」と入浴を断るそうです。「頑固」の文字がちらつきます。「皆さんと同じお湯が嫌なんですか?」と誰かが聞くと,五郎さんはちょっとムッとして「そんなことではないんです」と答えます。また誰かが口を出します。「お家のお風呂がいいのかしら? 娘さんは看護師さんだし,娘さんに手伝ってもらいますか?」。今度は大きな声で「そんなことじゃない」と怒鳴りました。私の情報をあてにしすぎてはいけません。A4用紙の上では語り尽くせぬ五郎さんの物語りがきっとあるのです。それを聞きたいなと思ったところで,今回は空想終了。倉本さんなら,どんなシナリオにされるのでしょうか?
(つづく)
鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。
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