風と土も一緒に預かります 集金袋さん(鶴岡優子)
連載
2011.06.06
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「集金袋」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
露地で踏ん張る私たち 5月にもホウレンソウさん,がんばっていました。「北の国から」の黒板五郎さん。実在すれば70歳代でしょうか。お会いできれば,風力発電の話など,ゆっくり聞いてみたいです。 |
私ですか? ある診療所で使われている集金袋です。月に1回,診療所からの請求書を患者さん宅まで運び,現金を入れてもらって診療所に戻ってきます。見かけはただの封筒ですが,月ごとに金額が記され,1か月分の仕事が終わると,診療所で「領収」という赤いハンコが押されます。習い事の月謝袋をイメージしていただければわかりやすいでしょうか? ご存じのように,訪問診療で患者さんが負担する費用というのは,訪問ごとの支払いではなく,ほとんどが月払いです。
費用の内訳をざっとお教えしましょう。この計算は案外複雑で難しいようですね。ウチも在宅療養支援診療所ですが,日々厚い本を読み返し,先輩医師や審査・支払機関に聞いて勉強しています。例えば,後期高齢者の保険証をお持ちの方で,自宅に月2回定時の訪問診療をした場合を考えてみましょう。830円×2と,在宅時医学総合管理料4200円が,患者さんの自己負担分となります。血液検査をしたり,臨時の往診を頼んだり,在宅酸素を利用したりしている方はさらに加算されます。1割負担の方だと1万2000円が自己負担分の上限。でも3割負担の方だと金額は跳ね上がり,私のお腹は重くなり,心は痛みます。介護保険からは居宅療養管理指導料というのもあります。患者さん宅からお預かりする額をみると,6000円前後の方が多いでしょうか。診療所によっては,銀行口座から自動で引き落とすなど,現代風なお金のやりとりをするところも多いようですね。
お金の話は,お互い緊張しますが,生活には欠かせない大切な話。在宅医療でも,医はもちろん仁術ですが,診察の後はさっと切り替えて,封筒の中味を算術しなければならないときもあるのです。私のやりとりが結構プレッシャーのかかる時間だと主治医は証言します。ご家族から私を「どうぞ確認してください」と手渡されれば,「ハイ」と受け取り,すぐに領収書をお渡しできます。しかし,「あら? 封筒用意しておいたのに,どこにいったかしら?」とタンスのほうに行かれてしまった場合は,もう待つしかありません。「お釣りは要りません」とか言われ,困ってしまうときもあります。
あるお宅で「今月,ちょっと待ってもらえますか?」と言われました。主治医は「大丈夫ですよ」と答えただけで,「何かありました?」とは聞きませんでした。ちょっと前,出荷できないホウレンソウが廃棄されていました。頭が混乱しても,日本経済が混乱しても,今日も明日も,あなたも私も,食べて行かねばならないのです。毎月同じようなお札を預かる私ですが,ここ2か月は目を凝らすと,土がついているような気がします。「北の国から'87初恋」,ご覧になりました? 最後のクライマックスシーン。オヤジの指の形で,泥がついていた1万円札。私も泣きました。
私が預かるお札も,土がついているかもしれないし,ヒトの涙や汗がついているのかもしれないのです。お金は天下の回りもの。私はこれからも襟を正して,いろんなものがついたお金を預からせていただこうと思います。
(つづく)
鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
最新の記事
-
取材記事 2024.12.11
-
連載 2024.12.11
-
対談・座談会 2024.12.10
-
循環器集中治療がもたらす新たな潮流
日本発のエビデンス創出をめざして対談・座談会 2024.12.10
-
対談・座談会 2024.12.10
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。