医学界新聞

インタビュー

2011.05.09

interview

今こそワクチンを子どもたちに
齋藤昭彦氏(国立成育医療研究センター 感染症科医長/日本小児科学会
予防接種・感染対策委員会副委員長)に聞く


 小児用肺炎球菌ワクチンおよびインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンを含む同時接種後の死亡例が相次いで報告されたことにより両ワクチンの接種を一時見合わせていた問題で,専門家による会議を経て,4月1日より接種が再開された(MEMO)。同会議では両ワクチンについて「安全上の懸念はない」と評価されたが,保護者および一部の医療者からはいまだ懸念の声も聞かれる。

 一方,日本小児科学会ではこのたび,学会としては初めての推奨予防接種スケジュールを発表した。同時接種を前提とし,定期接種と任意接種の区別をしないのがその特徴だ。今回の問題を踏まえ,日本の予防接種を取り巻く環境をどう変えるべきなのか。同学会で予防接種スケジュール作成の中心的役割を果たした齋藤昭彦氏に聞いた。


政策決定過程の見直しが必要

――今回の議論経過をどうみますか。

齋藤 最初(3月8日)の合同会議では結論が出なかったのが残念です。次回(24日)まで接種の見合わせを続けることによって,その間に死亡症例の情報収集はできました。しかしそれと同時に,接種見合わせによって,ワクチンで防げるはずの病気にかかってしまう子どもが出るリスクも忘れてはいけません。それに,3月4日の時点で接種を一時見合わせることが,本当に妥当な判断だったのでしょうか。

――いきなり「接種見合わせ」ではなく,「注意喚起」でもよかったのかもしれません。

齋藤 それもひとつの方法だと思います。また,接種見合わせの通知を出す前に,専門家による評価の場をしっかりと持って,そこで科学的な根拠を基にした判断を行う必要があります。

――接種見合わせの通知が出る前に,厚生科学審議会感染症分科会の予防接種部会(部会長=国立成育医療研究センター総長・加藤達夫氏)など,しかるべき会議に諮るようなことはなかったのでしょうか。

齋藤 そのような話は聞いておりません。

 それ以外にも,政策決定過程に疑問が残る事例があります。予防接種部会の「ワクチン評価に関する小委員会」(委員長=感染研感染症情報センター長・岡部信彦氏)では,9つのワクチンについて医学的・科学的見地から議論を重ね,今年3月11日に報告書を取りまとめました。本来はこれを踏まえて,予防接種部会で公費負担の検討を行う予定だったのです。しかし,その結論が出る前に,ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種費用を助成する話が持ち上がってきました。

 結局は,HPVにHibと小児用肺炎球菌を加えた3種のワクチンの接種費用を助成する臨時予算による事業が昨年末に始まりましたが,水痘,流行性耳下腺炎,B型肝炎など,ほかにも国の予算ですべての子どもに接種されるべき重要なワクチンがたくさんあります。

――なぜその3種だけを助成するのかが不明瞭ですね。

齋藤 やはり,政策決定の過程を見直すべきなのだと思います。

有害事象報告システムの構築と諮問委員会の設立を

――ワクチン接種と死亡の因果関係を完全に否定するのは難しいと,今回の問題であらためて感じました。社会やメディアとの間に齟齬が生じやすい一因のようにもみえます。

齋藤 一見ワクチンの副反応のようにみえる偶発事例を「紛れ込み」と呼びます。今回の場合も,乳幼児突然死症候群や感染症,基礎疾患の増悪などの紛れ込みの可能性が高いと考えられます。ただ,真の副作用と紛れ込みを明確に区別するのは極めて難しいです。

 ですから,ワクチンの安全性を検討する場合には,因果関係だけでなく疫学的評価も必要です。今回のように7例の死亡報告があったときに,100人に接種して7例なのか,それとも100万人に接種して7例なのか,常に母数とその頻度を把握する必要があります。3月24日の会議では,日本におけるHibワクチンと小児用肺炎球菌ワクチン接種後の死亡報告(予防接種との関連の有無にかかわらず,すべての死亡例を含む)の頻度が,諸外国で報告されている状況と相違は見られないという結果が示されました。

――接種再開を決定するに当たって重要なデータでした。

齋藤 そうですね。ただ現状では,予防接種後の有害事象・副反応の集計・解析のシステムは,まだまだ発展途上の段階です。今回の両ワクチンは,前述の臨時補正予算によって接種の公費助成が行われていたため,従来の副反応報告制度と違って,ワクチンとの因果関係の有無にかかわらず報告を求める仕組みとなっています。しかし本来ならば,すべてのワクチンに対して同様の取り組みがなされるべきです。

 米国ではVAERS(Vaccine Adverse Event Reporting System)という,国が主体の有害事象報告システムがあります。すべてのワクチンに関して,接種後に有害事象が疑われた場合,医療者・接種者・保護者・製薬会社など誰でも,手紙・FAX・インターネットなどを通じて報告可能です。日本のように地方自治体レベルで集計して厚労省に報告するシステムでは,迅速かつ効率的な集計・解析・公表は困難になります。これに関しては厚労省の研究班で検討が始まっていますが,国レベルでの有害事象のモニタリングが今後の課題でしょう。

――齋藤先生はかねてから,米国のACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)のような,ワクチン接種に関する諮問委員会が必要だと指摘されています。

齋藤 もし,今回と同様の事態が米国で起これば,まずACIPの緊急会議が開かれ,CDC(米国疾病管理予防センター)に属する各ワクチンのワーキンググループがデータ収集を行い,最終的な判断を客観的なデータを基に行うことになるでしょう。数例の報告を基に,行政による判断でワクチン接種を中止することはありません。

――今回は接種を再開することができましたが,かつてはいったん中止して,中止期間が長期に及んだことがありますね。

齋藤 日本脳炎ワクチンがその例です。2005年,ワクチン接種後のADEM(急性散在性脳脊髄炎)が1例報告されたことを受け,ワクチンとの因果関係の科学的検証がなされないまま「積極的勧奨の差し控え」が勧告され,事実上の接種中止になりました。その後,新しいタイプのワクチンが承認され,昨年から積極的勧奨が再開されましたが,5年間の空白期間ができてしまった教訓があります。この接種差し控えにより,その間に接種できなかった患者に対する接種をどう行うかで,大きな混乱が現場で生じています。この教訓を活かさなければ,同様のことが今後また起きる可能性があるの...

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