医学界新聞

2011.04.04

病院内感染でも免疫不全でも感染症は恐くない!

IDATEN感染症ウインターセミナー2011


 IDATEN感染症ウインターセミナー2011が,2月25-27日,広島市で行われました。本セミナーは,日本感染症教育研究会(Infectious Diseases Association for Teaching and Education in Nippon, IDATEN)が,感染症の実地診療が行える医師の育成をめざし開催しているもので,今回は病院内/免疫不全関連感染症がテーマに掲げられました。

 現在わが国では,高齢化によって病気に対する抵抗力が低下した患者さんの感染症発症例が頻繁にみられるようになっています。また,免疫抑制効果のある薬剤を投与された患者の日和見感染も増加。病院内/免疫不全関連感染症の治療法の習得が求められています。こうした現状を反映し,今回は全国から約100人の研修医が参加しました。本紙では,その一部を紹介します。


感染症診療の鍵は,バイタル,患者背景,使用ルートの把握

 セミナー冒頭では,大野博司氏(洛和会音羽病院)による,感染症が疑われる病院内発熱患者へのアプローチ法についてのレクチャーが行われた。ここでは感染症性/非感染症性の判断や,感染症性の場合の感染部位・病原菌の特定など,必要な情報の探索を同時に進めるための"三つのポイント"が提示された。

 一つ目は,患者状態のチェックで,ここで重要なのはSIRS(全身性炎症反応症候群)および敗血症の鑑別だという。氏は,これらは迅速に対応しなければ患者の命にかかわることもあるので,バイタルサインをモニターして,決して見逃さないようにしてほしいと強調した。また,この段階における情報によって発熱の原因が非感染症性のものという結論に至ることもあると解説した。

 二つ目は,患者背景の把握。社会歴や入院につながった原疾患,病歴と入院後の経過,などの確認を行うことが重要だという。

 三つ目は,使用されているルート類の把握だ。ルート類は感染の主要な原因となるため,ルートの交換歴を含め,挿入部の発赤,膨張,熱感などの身体所見の有無を確認するよう強調した。また,発熱の原因として感染症が疑われた時点で,必要以上のルートを使っていないか,再確認することも付け加えた。なお,以上のポイントを確認しても発熱の原因が感染症か非感染症であるかが特定できない場合は,Fever workup(血液培養2セット,尿一般検査・尿培養,胸部X線)を行うというアプローチを提示した。

 さらに感染症の可能性を考察する場合,臨床で頻繁にみられる感染症()を中心に鑑別するようアドバイス。こうした経過を経て感染部位と原因菌を特定することで,必要十分な効能の抗菌薬を使用した適切な治療ができると述べた。

表 臨床で頻繁にみられる感染症

代表的な病院内感染症と診断方法
(1)副鼻腔炎(経鼻チューブ挿入,経鼻挿管の場合)
 診断方法:副鼻腔CTおよび副鼻腔穿刺・培養
(2)人工呼吸器関連肺炎(VAP)
 診断方法:腹部単純X線・CT,吸痰による喀痰分泌物のグラム染色・培養
(3)手術部位感染(SSI)
 診断方法:浅いものは診察で発赤・腫脹・熱感。深い部分はCT
(4)カテーテル関連血流感染(CRBSI)
 診断方法:血液培養2セット(末梢血,中心ライン),カテーテル先端培養
(5)カテーテル関連尿路感染(CAUTI)
 診断方法:尿定量培養,尿グラム染色
(6)偽膜性腸炎
 診断方法:Clostridium difficileトキシン,大腸内視鏡(肛門鏡)

手術領域別の手術部位感染症(SSI)
(1)脳外科領域:術後髄膜炎,VPシャント感染症
(2)心臓血管外科領域:術後縦隔洞炎,胸骨骨髄炎,人工弁感染性心内膜炎,人工血管グラフト感染症
(3)胸部外科領域:術後膿胸
(4)消化器外科領域:腹腔内膿瘍,後腹膜膿瘍,術後リーク腹膜炎,化膿性血栓性静脈炎,門脈内化膿性血栓症
(5)泌尿器科領域:後腹膜膿瘍
(6)産婦人科領域:骨盤内化膿性血栓性静脈炎,尿管損傷による複雑性尿路感染症
(7)整形外科領域:人工関節感染症

基礎疾患に関連した感染症
(1)胆石,総胆管結石の既往⇒胆嚢炎,胆管炎
(2)肺気腫,慢性呼吸不全の既往⇒気管支炎,肺炎,COPD増悪
(3)脳梗塞後遺症で長期臥床の既往⇒誤嚥性肺炎,尿路感染症,褥瘡感染症
(4)尿カテーテル留置の既往⇒尿路感染症
(5)下腿浮腫,蜂窩織炎の既往⇒蜂窩織炎
(6)大腸癌の既往⇒イレウス,消化管穿孔
(7)血液透析患者⇒ブラッドアクセス関連血流感染
(8)肝硬変の既往⇒特発性細菌性腹膜炎

*出典:IDATENセミナーテキスト編集委員会編『病院内/免疫不全関連感染症診療の考え方と進め方――IDATEN感染症セミナー』 pp.13-14(医学書院)

どんな感染症でも,治療に向けた考え方は同じ

 このほかセミナーでは,各診療科で典型的な感染症やカテーテル関連感染症,またがん患者の感染症など,病院内/免疫不全関連感染症に対するアプローチ法について,多数の講師が幅広くレクチャー。各レクチャーの共通した特徴は,感染症原因菌の特定と治療を行う際に,上述の三つのポイントに基づくアプローチが一貫してとられていることだ。

 講師陣との距離も近く質問しやすい雰囲気に包まれていた会場では,感染症診療の考え方を一つでも多く吸収しようと,多数の参加者が各レクチャーの後に質問する様子も見られた。一つひとつの質問には講師陣が協力して答えたり,ディスカッションが行われ,参加者は充実した時間を過ごせたようだ。

研修医が感染に気付けば,医療の質は向上する

大野博司氏(IDATENセミナー責任者/洛和会音羽病院)に聞く


――まず感染症診療における研修医の役割についてお話しください。

大野 研修医は,昼夜を問わず入院患者さんのベッドサイドで過ごす時間が長いため,感染症発症の現場に遭遇することが指導医よりも多くなります。もしもそこで研修医が「なんか怪しいぞ」と感じることができれば,その分だけ,迅速な診断と治療が可能になります。発熱した患者さんに対して,原因の分析や治療を行い,必要ならば感染症専門医にコンサルトするなどの判断を適切に行えることが,その病院の医療の質に大きく影響するのです。このように研修医には,感染発見の役割があると思います。

 また,がんや免疫不全の患者さんが感染症で亡くなっていく場面に何度も立ち会い,「もっとうまく治療すれば,助けられた命もあったんじゃないか」という思いを持った研修医もいるでしょう。IDATENは,そうした問題意識を持つ研修医が感染症診療を学ぶ場でありたいと思っています。

――今回のセミナーでも,積極的に質問する研修医の姿が印象的でした。

大野 感染症診療の特徴として,対応に悩んでしまうポイントがけっこう似通っているということがあります。特に病院内感染や免疫不全関連感染症は,市中感染に比べて判断の難しい場面がさらに多くなります。そのような問題には,同じ悩みを共有する人の小さな工夫が大きなヒントになるときがあるものです。IDATENのインストラクターには若手からベテランまでさまざまな方がいますし,参加者も研修医から総合病院,大学病院のスタッフまでバラエティーに富んでいます。そうした人たちが気兼ねなく議論し合える雰囲気が,このセミナーの魅力の一つだと思っています。

――書籍『病院内/免疫不全関連感染症診療の考え方と進め方――IDATEN感染症セミナー』が発行されました。注目のポイントを教えてください。

大野 IDATENの活動は,臨床感染症に対する注目と教育の必要性が高まる中で始まりました。当初はセミナーを行っていましたが,より多くの方にIDATENのセミナーに触れてほしいと願って出版したのが本書です。特徴は二つ。一つは,日本人が日本語で国内の病院内/免疫不全関連感染症診療の現在を記していることです。海外の知見ではなく,日本で実際に活用されている方法をまとめています。もう一つは,すべての章が症例分析で始まっており,読者の皆さんが読みやすいように工夫したことです。ぜひ,手に取っていただきたいですね。

――ありがとうございました。

感染管理は,管理部門と感染症科の併設が有効

細川直登氏(IDATEN代表世話人/亀田総合病院)に聞く


――感染管理には,どのような方法が有効でしょうか。

細川 適切な感染管理の規模は,マンパワー,物資などのリソースの質・量によって制限されます。その上で,もし実施可能ならば,「感染管理部門」と「感染症専門診療科」の併設をお勧めします。これは当院の感染症対策の特徴の一つでもあります。

 さらに当院では,感染管理部門に専従の事務職員を2人置いており,これも重要です。感染管理の業務には,院内の全部門への連絡,予算管理など,膨大な事務作業があります。事務職員がいることで,感染管理担当の医療職者は初めて,実質的な感染管理業務に専念できるのです。

――感染管理部門を充実させることで,まずは予防を徹底するのですね。

細川 はい。しかし,どんなに感染対策をしても,感染症をゼロにすることはできません。そこで必要になるのが感染症を治療する知識と技術です。

 感染症診療の基本は,病原微生物を突き止め,それに合わせた抗微生物薬を選択・投与することです。しかし,わが国では,卒前卒後を通じ,こうしたプロセスを学ぶ機会がほとんどなく,「肺炎だからこの薬」「重症だからこの薬」というように,多くが疾患別や重症度別の治療になっています。こうした考えのもとでは,広域抗菌薬を選択しがちで,薬剤耐性菌の出現につながる可能性があります。

 このような事態を避けるには,疾患の種類や重症度だけでなく,病原微生物の種類に応じた治療を行う視点も備えることが大切です。そうしたノウハウを備えた感染症専門診療科と,感染管理部門の両輪があると,感染症対策は向上すると考えます。IDATENがめざしているのは,この「感染症治療ができる医師」の育成なのです。

――最後に,今後のIDATENの活動の構想をお聞かせください。

細川 まだ個人的な構想ですが,一つはセミナーの増設です。セミナーには毎回多数の参加希望をいただきますが,実際に参加してもらえるのは応募者の約半分です。もっと多くの方に参加してもらえるよう,そうした現状を改善したいと思っています。

 もう一つは,感染症治療の専門医をめざす方に向けたセミナーの設立です。米国では,感染症のフェローを対象に,感染症の診療・治療を一通り網羅したBoard Review Courseというセミナーが行われています。私たちも,このようなセミナーを開催していきたいと考えています。

――ありがとうございました。


■セミナーに参加した研修医の声


自信と行動変容の機会を与えてくれた

下井辰徳氏(がん・感染症センター 都立駒込病院 後期研修医)


 発熱は診断学では比較的low yieldな症候だが,感染症はその原因として高い割合を占めています。現在の私は,担がん患者・好中球減少患者の発熱,造血幹細胞移植後患者の発熱を診療する機会が数多いため,感染か否かが生命予後にかかわる例を経験しています。

 今回のセミナーでは,日々の疑問とともに,入院患者や免疫低下患者の発熱・感染症について,ガイドラインを基に,普段の診療のよりどころとなる話を聴かせていただきました。

 入院患者・免疫不全患者では,やはり特異的な視点は存在します。しかし,それ以上に重要なのは,患者をよく見て,手を抜かずにFever workupを行い,背景疾患や患者の状態を念頭に,抗菌薬を選択するという基本を着実に行うことだというのが,今回のセミナーで感じたメッセージだったように感じています。ある部分では診療に自信を与えてくれ,ある部分では今後の診療に行動変容を起こさせてくれたセミナーでした。

 今回のセミナーを基に,有志とともに当院レジデント向けにセミナーを行うことになりました。今後も,自分の診療の向上と,少しでも院内感染症診療の改善に寄与できるよう,協力していきたいと考えています。


外科医が感染症を学べば治療はもっとスムーズになる

古川尊子氏(徳島赤十字病院 後期研修医)


 私が徳島赤十字病院で働き始めて4年。その間に,発熱時の検査項目,抗菌薬の投与方法は大きく変化しました。現在,漫然と投与され続ける抗菌薬にはチェックが入り,発熱時には血液培養2セット採取が必須項目です。また,研修医にはグラム染色を学ぶ機会が設けられ,夜間でもグラム染色を行えるスペースができました。実はこれ,以前IDATENセミナーに参加した当院医師による院内改革の成果です。

 私は外科を専攻し,毎日たくさんの手術を行っています。感染源に対し手術で良くなるケースもあれば,発熱が持続するケースもあります。そんな日々の中で,外科医が感染症を勉強すれば,診療がよりスムーズに進むと思い,今回セミナーに参加しました。

 セミナーではたくさんの症例検討を基に講義していただきました。また,同年代の医師が多く参加し,ディスカッションが活発だったのも印象的でした。今回のセミナーで学んだことは病態・身体所見に対してどのようにアプローチしていくか,そして「絶対治すぞ」という姿勢,でした。

今回の学びを活かして,後輩に伝えるのはもちろん,内科的にも外科的にもコンサルトされるような外科医になれるよう努力したいと思います。