君を守るため生まれてきたんだ 薬箱さん(鶴岡優子)
連載
2011.03.14
(前回からつづく)
在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「薬箱」さん。さあ,何と語っているのだろうか?
栃木に生息していた薬箱さん 配置薬として有名な「越中富山の薬売り」は,300年以上の歴史がある。20㎏以上の行李を背負って巡回し,子どもには紙風船などのお土産があったとか。なんとも昭和の匂いがする引出し。 |
実際の薬箱はどうなっているのか,ですか? 文字通り薬が入っている箱ですが,昔も今もお宅によっていろいろですよ。その家の人を癒しているかどうかは私にはわかりません。中身の定番としては,市販の風邪薬や頭痛薬,医者からの処方薬,湿布,虫さされなどの塗り薬,体温計,消毒液とばんそうこう。そんなところでしょうか。薬については,医療機関で処方された薬と自分の判断で買える薬の大きく2つに分けることができます。買える薬の中には置き薬というのもありますね。
お薬の扱われ方は実にさまざまで,薬局からもらってきたまま白いビニールに入れっぱなしの人もいれば,お菓子の入っていた缶や専用の薬箱にきれいに整理する人もいます。医療機関で処方された薬は「服用のタイミング」ごとに紙の薬袋に入れられています。この薬袋に「1日1回朝食後1錠服用」とか「1日3回毎食後1錠ずつ服用」とか書かれています。「便秘時1回2錠服用」という頓服の場合も同じです。薬の数が多くなると,服用は大変な作業となり,患者さんやご家族は間違えないようにと必死です。そんなとき便利なのが「一包化」。薬局のほうで包装シートから薬を取り出し,「朝食後」など同じ時間に服用する薬をすべて1つにまとめ,パックしてくれるのです。薬剤師さんの手間はかかりますが,日付や薬内容も印字してもらうことができるので,病棟や施設,在宅でも大人気です。薬の飲み忘れや飲みすぎがかなり減るらしいですね。カレンダーのような壁掛けポケットを利用される方もいるそうです。
わが家の場合を紹介しましょう。うちには,全部で3つの「薬箱」があります。1つ目はリビングに置かれたカゴで,特に名前はついていません。中身は主治医から処方された薬と血圧計とその血圧を記録するノート,そして体温計です。食事の後の服用なので,食卓のそばに置かれています。2つ目は,農協からもらったプラスチックの専用箱。市販のかぜ薬や消毒液,ばんそうこう,筋肉痛のぬり薬,包帯などが入っていています。家の人からは「救急箱」と呼ばれ,必要なときだけ押入れから出されます。3つ目の「薬箱」がこのワタクシ。昭和42年から神棚の下,たんすの上が定位置です。いわゆる「富山の置き薬」です。想定内のお薬を各種とりそろえて家に置いておいて,使った分だけ,封を開けた分だけのお支払い,だったそうです。裏方の身ですからひっそりと佇んでおり,時々血圧を測りに来る医者も知らない存在だと思います。私の中にはレトロなパッケージの薬が入っています。「昭和49年製造」とありますので,効能は今となっては「お守り」でしょうか。
世の中の肉食系ライオンさんは,「守ってあげなくちゃ」とがんばってくれていますが,大丈夫。ダイジョウブ。たまには力を抜いてください。「君を守るため,そのために生まれてきたんだ。あきれるほどに, そうさ,そばにいてあげる」。私だって同じ気持ちなのです。
(つづく)
鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。
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