医学界新聞

連載

2011.02.07

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第10回】
不整脈のなかの不整脈"心房細動"(その3)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

心房細動の治療の本質とは?

 この20年,不整脈の分野で重大な進歩が一つあったとするならば,それは不整脈そのものを治療対象としてみることの危険性が認識された,ということではないでしょうか?

 虚血性心疾患へのPCI(経皮的冠動脈インターベンション),心不全への臓器保護薬(例:ACE阻害薬)など,循環器の分野は確実に治療の選択肢を増やしてきました。不整脈の分野でも同様に植え込み型除細動器の開発,また前回取り上げた電気生理学の進歩によるアブレーション治療といった目覚ましい成果を挙げてきました。

 しかし,それよりも大事な進歩は不整脈に対する医師の認識の変化です。20年ほど前までは,モニターで不整脈が見られた場合など,たとえそれが期外収縮一発でも,可能なかぎり治療するというスタンスで臨むことが正しいとされてきました。

 当然「不整脈の中の不整脈」である心房細動に対しても,さまざまな抗不整脈薬を駆使してできるだけ洞整脈に戻すことが最善の治療と信じられており,そのさじ加減にしのぎが削られていました。しかし1989年,CAST1)メモ)という臨床試験が発表され,こうした認識は一掃されます。

 このCAST試験がもたらしたのは,一つは心筋梗塞のような器質的な疾患を持つ患者にうかつに強い抗不整脈薬を用いることはできないこと〔現行のガイドラインでの第一選択はβ遮断薬,治療抵抗性VT(心室頻拍)/VF(心室細動)ならばアミオダロンを用いるとしている〕,そして最も重要なことは,不整脈を臨床的なエンドポイントとして用いることの是非を世に問うた,ということです。実際CAST試験では,PVC(心室性期外収縮)やNSVT(非持続性心室頻拍)をターゲットとして治療を行い,結果的に死亡のリスクが増加してしまいました。

 なので,CAST以降不整脈に関する臨床試験では,

不整脈を抑制できた
⇒めでたしめでたし(^^ゞ

で話は終わり,ということはなくなり,必ず臨床的に意味のあるエンドポイント(死亡や脳梗塞)まで追跡するようになりました。

 心房細動も例外ではありません。リズムを洞整脈に戻したところで,その結果が長期的に悪くなってしまっていてはどうしようもないワケですから。そして,CASTから20年を経てわかってきたことは,抗不整脈薬やアブレーションといった心房細動を撲滅させる根治療法が,必ずしも他の治療法と比べて優れているわけではないということです(2011年1月現在)。一方で,心房細動の存在は容認して脈拍数だけを100/分くらいにコントロールすればうまく生活できるというエビデンスは山のように存在します。

意味ある介入

 では,心房細動の患者さんにわれわれ医師が提供できることとは何でしょうか? それはズバリ抗凝固療法です。具体的には適切な量のワルファリンをハイリスク例(CHADS2スコアで2点以上など)で使用するということになります。心房細動の患者さんにとって意味のあるエンドポイントとは,決して心房細動そのものを撲滅することではないことに着目してください。むしろ大事なのは,心房細動を起こして動かなくなっている心房で形成された血栓が,全身へ飛ぶことによる塞栓症の予防です。

 ワルファリンはこの塞栓症のリスクを70%程度下げることができます。虚血性心疾患へのPCI,そして心不全へのACE阻害薬でもここまでのリスクの削減には至りません。

 しかし,ワルファリンのイメージもよくはありません。もともとは殺鼠剤で50年ほど前に開発された薬剤です(ネズミに脳出血を起こさせる)。しかも,日本の朝ゴハン,納豆が食べられなくなり,さらに出血という合併症と隣合わせの治療法です。どんなに手術が好きな外科医でも,合併症によるリオペ(再手術)だけには食指が動かないように,内科医にとっても自分の処方した薬剤による合併症は,身の毛がよだつほど嫌なものです。

 こうしたワルファリンの不人気は数値にも如実に表れており,適応があるとされる心房細動症例の半分強しか抗凝固治療を受けていないことが知られています。余談ですが,これを何とかしようとかつての筆者の同僚が心房細動と診断した心電図のレポートに,「この患者さんは抗凝固療法の適応となる可能性があります」とスタンプを押していたことがありましたが,その介入だけでその病院のワルファリンの使用は飛躍的に増加しました(約5年前,米国の病院にて)。これは心電図だけからできる治療の提案を目に見えるカタチで行い見事な成果を上げた一例ですが,裏を返せばそれだけ,心房細動に対する抗凝固療法には皆さん近寄りたくないのだと察せられます。以下のような陥穽はよく議論になりますが,心房細動には妥協のない抗凝固が基本路線です。

心房細動抗凝固のピットフォール
・持続性でも発作性でも塞栓症のリスクは同じ
・心房細動の症状があってもなくても塞栓症のリスクは同じ
・INRが基準値以下の症例では塞栓症のリスクが2倍

将来の抗凝固療法

 福音もあります。半世紀の間,抗凝固薬の中で不動の地位を保ってきたワルファリンですが,それにとって代わることのできる薬剤がこの一年の間に相次いで臨床試験を終えました。ダビガトラン(dabigatran)というトロンビン阻害薬を用いたRELY試験2),リバロキサバン(rivaroxaban)という第Xa因子阻害薬を用いたROCKET-AF試験(学会発表のみ)などがそれに当たり,おのおのの大規模ランダム化比較試験ではワルファリンと同等の脳梗塞予防効果を収めました。さらに,INRのモニタリングや量の調節を行う必要がなく(ワルファリンを服用していても,約40%の方のINRは基準値以下),cytochrome P450の代謝を受けない(納豆OK),そして肝機能不全などの副作用も最小限でしたので,個人的な予想では近い将来ワルファリンに取って代わる薬剤となるのではないかと思っています。

 こうした薬剤が普及すれば,心房細動の治療も本来のターゲットである脳梗塞の予防という方向に傾くのかもしれません。おそらくこれからの2年くらいで,アブレーション治療の進歩とともに心房細動治療の方向性は定まってくるものと思われます。

 さて,3回にわたって続けてきた心房細動の話ですが,この疾患は心電図だけで診断できるにもかかわらず,その治療法の決定に当たってはさまざまな方向からの情報が必要であり,さらに現代医療におけるジレンマを多く内包しています。高齢化が進むとともにますます遭遇する機会も増え,おそらく循環器内科医だけで治療することは不可能になるでしょう。そうしたわけで,心房細動はすべての研修医の皆さんに身近にとらえてほしい話題です。

POINT

●不整脈現象を抑えることだけが治療のゴールとはなりにくい時代となっており,その介入が臨床的に意味のあるエンドポイントと結びついているかきちんと検証する必要がある。
●心房細動ハイリスク症例に対する抗凝固療法は,ワルファリンの不人気もあり,適応があっても半分くらいの症例でしか用いられておらず,しかもさらにその半数弱でINRが基準値以下であることが知られている。
●新しいトロンビン阻害薬や第Xa因子阻害薬が,抗凝固療法に対する意識を患者側でも医師側でも革命的に進める可能性がある。

メモ CAST試験

 有名な試験なので知っている方も多いかもしれませんが,この試験は心室性不整脈のある心筋梗塞後の患者さんを対象として1980年代に行われ,イベント後に抗不整脈薬投与群とプラセボ群とを比較しました。当時最も強力で新しい抗不整脈薬であったフレカイニドやエンカイニドなどのIc群抗不整脈薬は見事にすべての不整脈を抑制しました。当時を知る医師の言葉を借りると,期外収縮すら起きなくなり,それは草木一本生えない荒野を想起させたといいいます。しかしその代償として,長期的(1年)にはIc群抗不整脈薬が投与された群は,プラセボ群と比べ心臓死(特に不整脈死)が増加してしまうという衝撃的な結果がもたらされました(下図)。

 これは,強い抗不整脈薬によって上辺の期外収縮などを治療しても,心筋梗塞のような器質的な心疾患があると,長期的には催不整脈作用によってより致死的な不整脈がもたらされることを示唆しています。

つづく

参考文献
1)The Cardiac Arrhythmia Suppression Trial (CAST) Investigators. Preliminary report : effect of encainide and flecainide on mortality in a randomized trial of arrhythmia suppression after myocardial infarction. N Engl J Med. 1989 ; 321 (6) : 406-12.
2)Connolly SJ, et al. Dabigatran versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med. 2009 ; 361 (12) : 1139-51.