MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2010.11.15
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
婦人科病理診断トレーニング
What is your diagnosis?
清水 道生 編
《評 者》向井 萬起男(慶大准教授・病理学)
知識や経験を積むときの羅針盤となる書
最近,日本の医師不足が声高に言われている。臨床各科の中で特に不足している科の名が挙げられてもいる。でも,病理医の不足については声高に言われていないようだ。病理医も不足しているのに。……数の少ない日本の病理医が医療の現場でどれだけハードに働き,医療レベルの向上にどれだけ寄与しているかわかっている人が少ないのだろう。
それでも,日本の病理医は頑張り続けるしかない。そして,自分が専門とする臓器・分野だけに専念しないで(そんな余裕なんてあるわけがない!),どの臓器・分野の病理診断でもできるオールラウンド・プレイヤーをめざしていくしかない。
ここで,問題が一つある。病理診断が易しい臓器・分野なんて一つもないということだ。一見すると易しそうに見える臓器・分野でも,実は奥が深くて,正確で臨床に役立つ病理診断を下すのはけっこう難しい。病理医は,経験を積めば積むほど,その難しさと怖さがわかってくるものだ。
そこで,婦人科領域の病理診断。これは,一見しただけでも難しい。もし,婦人科の病理診断なんて易しいなどと言う人と出くわしたら(そんな人はいないと信じたいけど),相手になんかしないことです。
で,日本の病理医は婦人科領域の病理診断についてコツコツと勉強していかなくてはならない。婦人科領域のいろいろな疾患についての臨床病理学的知識を身に付け,組織標本も実際に顕微鏡でのぞいてみるということをコツコツとやっていくしかない。そして,こうしたことをやっていく上で羅針盤となるような優れた本があれば言うことなしとなる。
『婦人科病理診断トレーニング――What is your diagnosis?』は,そうした羅針盤となり得る本であることは間違いないだろう。
まず,構成が実にイイ。80の疾患を選び,そのおのおのについて疾患概念,臨床像,組織像,鑑別診断をコンパクトにまとめてくれているのだが,どの疾患についても簡単な臨床経過と組織像から成るクイズ形式の問いから始まるので,つい興味を惹かれてしまうようになっている。さらに,この80疾患の選び方が的を射ている。婦人科領域の数多い疾患の中から羅針盤として選んだ最高の80疾患と言えるかもしれない。一つひとつの疾患から他の疾患に考えを広げていくことができるからだ。こうした点は,鑑別診断の項目に多くの疾患が挙げられていることでよくわかる。また,関連用語とか関連事項という興味深い項目を設けた疾患が多いことでもよくわかる。
経験豊富な病理医であれば,この本のもう一つの特徴にすぐに気付くだろう。組織像を示す写真の質の高さだ。肝心なことがよくわからない組織写真が載っている本がけっこうあるが,この本に載っている写真は倍率の適切さ,像の明瞭さという点で抜群と言える。プロがやった仕事,プロにしかできない仕事というのが伝わってくる。
B5・頁364 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00734-4
切池 信夫 監訳
Christopher G. Fairburn 原著
《評 者》大野 裕(慶大保健管理センター教授・臨床精神医学)
摂食障害患者の治療的アプローチを丁寧に紹介
「いたれりつくせり」というのが,『摂食障害の認知行動療法』を読んだときの私の率直な感想だ。摂食障害の認知行動療法の第一人者であるChristopher G. Fairburn博士が,実に丁寧に,そして具体的に,摂食障害患者の治療的アプローチを紹介している本である。本書を読むだけで,Fairburn博士のスーパービジョンを受けているような感覚になる,素晴らしい出来だ。
認知行動療法は,摂食障害に効果的であるエビデンスが多く報告されている治療法であり,3分の2の患者が改善していることが本書でも紹介されている。本書には,そうした治療法の臨床的実践に基づく最新の情報がふんだんに盛りこまれている。
この本を読みながら,私は,認知療法の創始者のAaron T. Beck博士の言葉を思い出していた。Beck博士は研究会で,どのような方法を使っていても,患者さんが良くなったら認知療法ができたということだし,良くならなかったら認知療法ができなかったということだ,という趣旨のことを言っていた。すべての治療の効果発現の背景に認知の修正があるという趣旨の発言だが,同時に,認知療法は型にとらわれずに柔軟に実践されるべきだという意味でもある。
そのBeck博士の言葉を思い出したのは,本書で提唱されているアプローチでは「(認知療法の基本的技法とされる)認知再構成法をあまり用いない」と書かれていたからだ。Fairburn博士は,自動思考やスキーマといった認知療法特有の概念をあまり使わないで,行動を通して患者の思考態度を変えていくというアプローチをとる。そのアプローチは,すべてが一体として働いて効果を現すとも言う。それもまた認知行動療法だ。
本書で紹介されているそうしたアプローチがFairburn博士の豊富な臨床体験に裏付けされていることは,本書で紹介されている言葉かけから生き生きとした臨床感覚が伝わってくることからも,十分にわかる。こうした言葉には,一般臨床ですぐにでも使えるものが多く含まれており,臨床家にとってとても刺激的で有意義な内容だ。その実際を知ってもらうためには本書を読んでいただくしかないが,そのような生の言葉が伝わるような訳文も本書の魅力になっている。それは,本書の監訳者や訳者の臨床家としての力量によるものに違いない。摂食障害の治療者だけでなく,多くの臨床家に読んでいただきたい好著である。
A5・頁392 定価5,775円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01056-6
鈴木 匡子 著
山鳥 重,彦坂 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集
《評 者》高橋 伸佳(千葉県立保健医療大教授・リハビリテーション学)
症状を解きほぐす術を学べる
神経心理学の対象は言語,行為,認知にはじまり,記憶,注意,遂行機能,情動などを含む広範な領域に及ぶ。このうち失認症を中核とする認知の障害は,他の症状,例えば失語症や失行症などと比べてとっつきにくいと感じる人が多いのではなかろうか。大脳の機能を大きく運動(出力)と感覚(入力)に分けたとき,後者の障害である失認症は外から見てその存在がわかりづらい。障害を検出する際にも,結果を出力という目に見える(表に現れる)形でとらえにくいため客観的評価が難しい。こうした印象が失認症への積極的アプローチをためらう理由の一つかもしれない。
認知の障害は視覚,聴覚,触覚など感覚別に分類される。本書はこのうち最も重要な視覚性認知に焦点を当てたものである。本書の特長は二つある。一つは視覚が関係する高次脳機能のすべてを網羅している点である。内容は「視覚性失認」はもちろん,「視空間認知」,「視覚性注意」,「視覚認知の陽性症状」から「視覚認知と意識」にまで及ぶ。読み,計算,言語理解,行為などについて,視覚(あるいは視空間)認知の観点からみた項目もある。読者は全体を眺めてもよいし,まず興味のある部分から覗いてみてもよい。徐々にこの領域が身近に感じられるようになるだろう。
本書のもう一つの特長は,著者の経験した38例もの豊富な症例が記載されている点である。しかも,具体的で詳細に書かれている。多くの症例には病巣を示す実際の画像もある。読者は症例を読み進むにつれて,どんなときに視覚性認知障害の存在を疑うのか,それを明らかにするために行うべき検査は何か,結果をどう解釈するか,病巣も考慮して病態をどうとらえるか,など症状を解きほぐす術を学ぶことができる。
例えば「水滴のついたトマトなんて」と題された症例(各症例にはこのような機知に富んだタイトルがつけられている)がある。脳出血後「料理の写真を見てもすぐにわからない」という症状が出現した。まず,視力や視野の異常によらないことが確認される。「高次視知覚検査」では一部に障害がみられたが,これでは症状を説明できない。次いで物品や風景の写真を用いて検査すると,「対象の質的特徴の抽出」に問題があるらしいことがわかる。そこでさらにtexture(
本書は神経心理学を学びつつある諸氏が視覚性認知に関する知識を整理し,理解を深めるのに最適と思われる。さらにこの方面の研究に興味を持つ人にとっては,症候の正確なとらえ方や病態解明へのアプローチの仕方について多くの示唆を与えてくれるものと確信する。
A5・頁184 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00829-7
Neil B. Sandson, M.D. 著
上島 国利,樋口 輝彦 監訳
山下 さおり,尾鷲 登志美,佐藤 真由美 訳
《評 者》下田 和孝(獨協医大教授・精神神経医学)
薬物相互作用への関心の高まりに応える書
抗ウイルス薬であるソリブジンと代謝拮抗薬であるフルオロウラシル(5-FU)との薬物相互作用による重篤な副作用が問題となったのは1993年である。ソリブジンの代謝物であるブロモビニルウラシルが5-FUの代謝酵素であるdihydropyrimidine dehydrogenaseを不可逆的に阻害する結果,5-FUの血中濃度が上昇,5-FUの副作用である白血球・血小板減少などの重篤な血液障害を惹起するというメカニズムである。わが国で開発されたソリブジンが市場から姿を消すことになったこの薬害事件や1990年代にcytochrome P450(CYP)を中心とする薬物代謝酵素の解析が急速に進んだことを背景に,薬物相互作用に関する関心は高まってきたと言える。
精神科領域では,1999年にわが国最初の選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)としてフルボキサミン,2000年にはパロキセチンが臨床現場に導入された。これらのSSRIは従来の三環系抗うつ薬などとの副作用プロファイルの差異が認められるが,さらに薬物代謝酵素の阻害作用という点でも特徴があり,薬物相互作用の知識は精神科薬物治療において必須であろうと思われる。
本書の主な部分は精神科,内科,神経内科,外科・麻酔科,婦人科・腫瘍科・皮膚科の5つのセクションにわたって,計175の症例によって構成されている。本書の原題は“Drug-Drug Interaction Primer. A Compendium of Case Vignettes for Practicing Clinician”(American Psychiatric Publishing, 2007)というものであり,psychiatryという言葉は出てこないが,ほとんどの症例で向精神薬が絡んでおり,『精神科薬物相互作用ハンドブック』という訳としたのであろうと推察される。これらの症例について,薬物血中濃度の測定結果などにより,さまざまな角度から検討し,症例で認められた問題となるイベントの原因を明らかにしようと試みている。また諸検査が施行できなかった場合でも,各薬物の特性からその発現機序を推論し,また,症例ごとに参考文献を付している。
薬物相互作用を推測できるようにするためには,薬物相互作用のパターンを学ぶことが必要であるが,実際の症例を通してそのパターンを会得するのが近道であろう。本書に収載された各症例では,薬物相互作用の6つのパターン((1)基質となる薬物に阻害薬が追加投与された場合,(2)阻害薬に対し基質が追加投与された場合,(3)基質となる薬物に誘導物質が追加投与された場合,(4)誘導物質に基質が追加投与された場合,(5)阻害薬の中断,(6)誘導物質の中断)のどれに当たるのかということも示されている。
また,本書の巻末には向精神薬の各カテゴリーに分けた「向精神薬の薬物相互作用――総論」,各CYP,uridine diphosphate glucuronosyltransferase(UGT),P糖蛋白質の基質,阻害薬などをまとめた「P450一覧表」「UGTまたは第二相(グルクロン酸抱合)表」「P糖蛋白質関連の一覧表」が掲載されている。また薬剤名から引ける「薬物相互作用索引」が用意されている点も特筆すべきである。
A5・頁424 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00959-1
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