医学界新聞

インタビュー

2010.11.08

【interview】

医学生への招待状
薬はこんなに奥が深い!

渡邉裕司氏(浜松医科大学教授 臨床薬理学講座・臨床薬理内科)に聞く


 医学生の皆さんは,薬の勉強をどのように進めていますか? 病態に応じてたくさんの薬があり,それぞれに一般名と商品名があって大混乱。ドキドキしながら病棟実習を迎えたり,国家試験対策をしている人も多いのではないでしょうか。

 浜松医大にて2006年に国内初の臨床薬理内科を立ち上げた渡邉裕司氏が,このたび『医学生の基本薬』(医学書院)を上梓しました。そこで本紙では,医療における薬の奥深さとそれを伝えるための臨床薬理学教育の在り方について渡邉氏にインタビューしました。


診療科を横断した研究で,最適の薬を患者さんに届ける

――まず,臨床薬理内科学とはどのような学問なのか教えてください。

渡邉 臨床薬理学は,薬物動態と,作用点でどのように効いてくるかを研究して,患者さん一人ひとりに適した治療をめざす学問です。また,臨床試験にも,計画立案から実施までさまざまな面でかかわっています。本学では医学部の臨床系講座として臨床薬理学講座が設置され,それに対応する診療科として臨床薬理内科が設立されました。

 臨床薬理内科は日本ではまだあまり知られていませんが,欧米では内科系の一分野として確立しています。例えば米国では,内科プログラムの修了後に選択する一専門分野として,循環器内科や呼吸器内科などと同様の位置付けにあります。

 米国・テネシー州のナッシュビルにあるヴァンダービルト大学では,呼吸器,循環器,糖尿病など,さまざまな分野の医師が,臨床薬理内科に籍を置き,診療を行うとともに,エビデンス作りのための臨床試験を活発に行っています。QT延長症候群の原因遺伝子発見者として知られるDan M. Roden先生も,ここに所属しています。

 ドイツも同様で,ハイデルベルク大学では7つある内科の一分野として位置付けられています。

――多様な分野の専門家が臨床薬理内科学に取り組んでいるのですね。

渡邉 臨床薬理の研究分野はさまざまな診療科にまたがる横断的なものです。そのため,バックグラウンドの異なる医師が豊富にそろっていることが理想です。また,臨床上遭遇した疑問点の解決に向けて,プロトコルを作成し,臨床試験を行い,最終的にはデータをまとめ論文化しエビデンスを発信していく方法など,いずれの診療科に進んでも応用可能な項目を習得できます。すべての学生さんに一度は臨床薬理学を経験してもらいたいですね。

 本学の臨床薬理内科でも,私を含めた3人の担当医師のバックグラウンドはそれぞれ異なっています。私は臨床薬理学のほかに循環器内科学や老年医学に取り組んでいますし,残りの2人もそれぞれ循環器内科と呼吸器内科の専門家です。また,当講座の大学院には,呼吸器内科,腫瘍内科,内分泌・糖尿病,小児科など,さまざまな分野の専門医をめざす人が所属し,多角的な視点から臨床薬理学に取り組んでいます。

基礎・臨床の双方向のトランスレーションで創薬へ

―― 臨床薬理学分野で行われている研究をご紹介いただけますか。

渡邉 例えば,遺伝子多型を解析し,患者さん一人ひとりに適した薬を提供しています。その1つが,薬物代謝酵素CYP2C19の遺伝子多型に応じた薬の用量の調節です。胃潰瘍治療やHelicobacter pyloriの除菌の際に用いるプロトンポンプ阻害薬は,CYP2C19遺伝子の多型の影響を受ける代表例で,必要十分な治療のためには,遺伝子タイプに応じた処方量の調節が必要です。

 一方,ある特定の遺伝子多型を持っている患者さんに限定的に効果を発揮する薬も開発されています。その代表例がゲフィチニブ(イレッサ®)です。ゲフィチニブは,EGFR内のATP結合部位でATPと競合して抗腫瘍効果を示しますが,このATP結合部位に構造変化をもたらす変異型EGFR遺伝子を持つ患者さんに効きやすいことが知られています。この薬は間質性肺炎という重篤な副作用を引き起こすことがありますが,効果が期待できる患者さんに限定して使用できれば,患者さんのQOL向上に貢献できます。

 また,同じ病気でも,ある薬が効く人と効かない人がいる場合には,GWAS(ゲノムワイド関連解析)などの手法で遺伝子の変異を探し,原因を突き止められることがあります。ここには遺伝子の変異に対応した新薬の開発につながる可能性もありますね。

 これまでの医薬品開発は,基礎研究から臨床へというトランスレーションが多かったわけです。しかし,これからは臨床で発見された特異な表現型を示す遺伝子を解析し,新薬を開発するという,臨床から基礎へのトランスレーションも活発化し,基礎・臨床の双方向のトランスレーションに発展していくと考えられます。

 また,臨床薬理学では,臨床試験への積極的なかかわりも重要な役割です。私たちの講座では,10年ほど前から肺動脈性肺高血圧症の治療法を研究しており,当時はまだ勃起不全の治療薬(バイアグラ®)としてしか用いられていなかったシルデナフィルが肺動脈性肺高血圧症の患者さんにも有効なのではないかと考え,臨床研究を進めました。シルデナフィルは,2008年に肺動脈性肺高血圧症治療薬として承認が得られ,現在では肺動脈性肺高血圧症治療の第1選択薬(レバチオ®)になっています。

薬の選択・処方量・投与方法の論理的決断に向けた学びを

――先生は,医学生の薬理学学習について,どのようなことを感じますか。

渡邉 現在の医学部教育は,問題志向型の教育法が取り入れられ,OSCEの導入なども相まって,大きく進歩してきたと思います。特に,学生の臨床診断能力は以前に比べて大きく飛躍したのではないでしょうか。一方で,どのような患者さんに,どのような根拠に基づき薬を選択し,投与していくかという薬物治療学の教育は,まだまだ不十分だと思います。

 例えば,HMG-CoA還元酵素阻害薬のスタチンは非常に優れた薬で,多くの患者さんに役立っています。しかし,スタチンが脂質異常症患者の全員に必要かというと,それはまた話が違うわけです。2006年9月に冠動脈疾患の初発予防に対するプラバスタチン(メバロチン®)の効果を国内で検討したMEGA Studyの結果が発表されました()。MEGA Studyでは,冠動脈疾患の低リスク集団と考えられる日本人を対象としても,プラバスタチンが冠動脈疾患発症の相対リスクを33%減少させることが明らかにされました。同時に,NNT(Number needed to treat;治療必要症例数)に注目すると,その恩恵にあずかる患者さんはまだまだ限られていることがわかります。

 MEGA Studyの概要と統計指標
相対リスク減少率が同じでも,絶対リスク減少率やNNTには大きな違いが生じ得ることがわかる。

 例えば,プラバスタチンを6年間服用した際のNNTは119ですから,119人がプラバスタチンを6年間服用して,やっと1人の冠動脈疾患の発症を予防できることになる。極端に言えば,118人は飲んでも飲まなくても,冠動脈疾患の発症に関しての運命は変わらないのです。

 薬の治療効果の多くは,この「相対リスク減少率」で示されています。医学生はデータがどういう「物差し」で測られた数値なのかを知り,相対リスクだけでなく,絶対リスク減少率やNNTの視点からも薬の効果を考えることが大切です。

――そうした視点を持つためには,どのような教育が必要なのでしょうか。

渡邉 本学では,例えば,5年生の臨床実習のときに,『New England Journal of Medicine』や『Lancet』などの論文を1つずつ学生に選ばせて,内容を議論しながら,論文の読み方を教えています。例えば,論文の概要をとらえるための読み方としては,PICO...

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