行動変容のステージモデル(4)再発期に対するアプローチと感情面への対応(松下明)
連載
2010.10.04
研修医イマイチ先生の成長日誌
行動科学で学ぶメディカルインタビュー
[第7回]
■行動変容のステージモデル(4)
再発期に対するアプローチと感情面への対応
松下 明(奈義ファミリークリニック・所長 岡山大学大学院・客員教授/三重大学・臨床准教授)
(前回よりつづく)
僕の名はイマイチ,25歳独身。地元の国立大学医学部を卒業し,県立病院で初期臨床研修2年目を迎えた。病態の理解には自信があるが,患者・家族とのコミュニケーションはちょっと苦手。救急外来で救急車が続くときに,特に軽症の夜間外来患者を診るとイライラしてしまうことがある。学生時代に医療面接は勉強したが,実際に患者さんを診るとどうも勝手が違う。そこで,研修2年目に入った今,地域医療研修を利用して何とかコミュニケーション能力を高めたいと考えている。
いよいよ禁煙に取り組み始めた田中一郎さん(仮名,60歳男性)。その後の変化を聞いてみるつもりでイマイチ先生が,田中さんに尋ねます。
イマイチ 田中さん,その後の調子はいかがですか?
田中さん ついにタバコをやめることができました!! もう2週間全く吸っていません。
イマイチ 素晴らしい! さすが田中さん,やるときはやりますね!
田中さん ブルーレイディスクの“賭け”を,先生のアドバイスで家内に交渉したんです。3か月頑張れば買ってもいいと許可が出ました。
イマイチ やりましたね! 一石二鳥じゃないですか,健康になってほしいものも買えて。
田中さん そうなんですよ。もっと早く考えればよかった。
イマイチ ……ところで,タバコを吸いたくなったりするときはありますか? また,誘惑はないですか?
田中さん ……やはり飲み会が危険ですね。タバコ仲間が誘いに来そうで。
イマイチ ……どうされるおつもりですか?
田中さん 断れる飲み会は2つ断ったんですが,今月末の同窓会には出ないといけなくて……。同じ時期に禁煙した仲間が2人いるので,そいつらと一緒にいようかと思います。
イマイチ すごいじゃないですか! そこまでプランを立てているなら乗り切れますよ。またどうだったか次回教えてくださいね。禁煙の薬なしでも大丈夫ですか?
田中さん ええ。何とかこの調子で乗り切ろうと思います。ブルーレイディスクが楽しみです。
* * *
イマイチ先生,褒め上手でしたね。前回話したとおり,どんなときに失敗しそうかを質問して,自らの再発対策を引き出すところまで完璧な対応でした。
今回は,いつか訪れるであろう再発期(図)へのアプローチ法1)と感情面への対応について,もう少し深めてみようと思います。
図 行動変容のステージ1) |
再発期へのアプローチ
どんなに意志の強い人でもつまずくことはあります。失敗は成功のもととはよく言ったもので,この考えを診療に生かせばよいのです。失敗を責めてはいけません。行動変容に失敗はつきものであるという認識で対応しないと,医療者側にもストレスがかかってきてしまいます。
具体的には,以下のステップを踏むことで再発期から次の関心期へ戻りやすくなると言われています。
1)落ち込んでいる対象者と一緒にうまくいかなかったことを残念に思うと表現する。
2)十分に時間を置いて共感的に相手の残念な気持ちに対応した上で,「……でもちょっと待ってくださいよ」と前置きをし,失敗に至るまでの対象者の努力をたたえるとともに,「6か月間しか続かない」ではなく「6か月間もやれた」ことを評価する。
3)みんな何度も失敗を繰り返しながら最終的には成功に至る,というメッセージを送る。
特に自信過剰気味な中年男性では,再発期に入るとそこで引っかかってしまい,次に進めないことがよくあります。あっさりと再発期を乗り越え,再び関心期に戻れるようなサポートが重要です。
感情面への対応
行動変容のすべてのステージにおいて感情面への対応は重要ですが,この再発期では特に重要となります。人は感情(怒り・不安・悲しみ)に左右されると,理性でわかっていることができなくなります。感情面に十分対応してもらうことで患者はより理性的に考え,行動変容を起こしやすくなるのです。第1回(2874号)でお話しした行動科学的アプローチのレベル3(感情面への対応を行う)がこれに当たります。
医療関係者は,「共感的な理解と共感を伝える能力は人間の基本的な性質であるから,その技法は人に教えられるようなものではない」「コミュニケーションの上手・下手は天性の能力で決められている領域だ」と思っていることが多いものです。しかしながら,さまざまな研究結果から,目標を明確にしたトレーニングによってこの領域を伸ばせることは証明されているのです2)。
日本では“行動科学”という名称ではありませんが,卒前教育でも医療面接の実習やOSCE,さらに上級者向けのロールプレイ学習などが行われており,感情へ向き合う第一歩が踏み出されています。感情面への対応を深めるには,わかりやすい方法論を伝え,ロールプレイ,ビデオレビューといった実践練習をするに限ります。感情(怒り・不安・悲しみ)を消し去ることはできませんが,共感的コミュニケーションを通して,「感情を理解してもらう」ことで和らげることは可能3)です。「共感とは理解すること」であって,同じ気持ちになってしまうこと(同情)ではないことを忘れてはいけません。
共感的コミュニケーションは,観察と想像から成り立っています。お恥ずかしいことに米国の行動科学者から教わった話なのですが,「聴く」という漢字には耳,目(横向き),心の3つの体の部位が含まれています。共感をするには,この3つの部位それぞれをフルに活用する必要があるのです。すなわち,「耳」を使って真剣に話を聞くのはもちろんのこと,「目」を使ってよく観察して相手の感情を察知しつつ,「心」をつかって想像力(イマジネーション)を広げるのです。
「映画を見ているかのように相手の話をリアルにイメージ」できれば共感はうまくいくものです。表にまとめたステップを踏んで練習してみましょう。共感を示した後には,間が重要です。5-10秒ほど沈黙が保てると,相手の気持ちに対する理解が進み,相手も「わかってもらえた」と感じやすくなります3)。
表 共感的コミュニケーションを行うためのステップ3) | |
|
ポイント
(1)再発期では,共感的コミュニケーションを使って,関心期に戻る手助けをする。
(2)共感とは「(感情を)理解すること」であり,同じ気持ちになること(同情)とは異なる。
(3)共感的コミュニケーションには観察と想像が必要で,「聴く」の3つの部位を活用する。
(4)「耳で聞く」「目で表情を観察する」「心で想像(イメージ)する」がポイント。
(5)相手の話が「映画を見ているかのようにイメージ」できたら,言葉にして自分の理解を伝え,相手から「そうなんですよ,わかってくれたんですね!」という返事が出るまで繰り返す。その後の「間(沈黙)」がとても重要。
イマイチ 今日のつぶやき再発期の人は確かに残念がるだろうなあ。今度機会があったら気持ち(感情)をしっかり「聴いて」共感してみよう! 人の感情に接するのはこれまで苦手だったけど,何とかやれそうな気がしてきたぞ。 |
(つづく)
参考文献
1)松下明.患者教育(行動科学的アプローチ).治療(増刊号).2002;84:645-50.
2)飯島克巳,他監訳.メディカルインタビュー――三つの機能モデルによるアプローチ(第2版).MEDSI; 2003.
3)津田司監訳.困ったときに役立つ医療面接法ガイド.MEDSI; 2001.
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