心房細動へのアプローチ(谷口俊文)
連載
2010.09.06
レジデントのための 【21回】 心房細動へのアプローチ 谷口俊文 |
(前回よりつづく)
心房細動は内科で最もよく診る疾患のひとつです。発症機序の解明や抗不整脈薬,カテーテルアブレーションなど治療の進歩も著しい分野であり,マネジメントは専門性が高いのですが,ジェネラリストとしても必ず知らなくてはならないポイントを中心に,蓄積されたエビデンスをみていくことにします。
■Case
76歳の男性。心筋梗塞の既往歴あり。糖尿病と高血圧の治療中。急性心不全による呼吸困難の治療のために入院となった。心房細動の既往はないものの,救急外来では急性心房細動の所見あり。心不全の治療に伴い心拍数はコントロールされた。病棟に移動後も洞調律に戻ることはなかったが,心拍数は落ち着いていた。急性心不全の症状は落ち着き退院も近いと考えられていたところ,突然の意識レベルの低下,および左半身の麻痺を認めた。
Clinical Discussion
心房細動を診たときにどのようにアプローチしなければならないのだろうか。本症例では急性心房細動の治療から,その後の合併症の予防,慢性心房細動のマネジメントまで治療戦略を立てなければならない。本症例は抗凝固療法が開始されることなく脳梗塞を発症してしまった。実際に防ぐことは難しかったかもしれないが,スタンダードなアプローチをしていない場合はその責任を問われかねない。
マネジメントの基本
急性心房細動(Rapid A-fib)への対応
もし患者が急性心房細動による頻拍にて急性症状(低血圧,失神,胸痛,呼吸苦,心不全もしくは神経症状など)を呈している場合には,緊急に除細動を行う必要性を評価しなければならない。急性心房細動の治療アルゴリズムの一例(Chest. 2009[PMID : 19265095])を図1に示す。
図1 急性心房細動の治療アルゴリズムの一例 |
血行動態が安定している急性心房細動には,まずレートコントロールを行う。残念ながら急性心房細動に関するエビデンスは乏しく(Crit Care. 2007[PMID : 18036267]),明確な戦略は今のところ存在しない。レートコントロールの治療薬を決定する際,副伝導路の存在は重要なので治療時や過去の心電図所見を見落とさないこと。心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改訂)に基づいたレートコントロールの戦略を図2にまとめる。
図2 心拍数調節のための治療選択肢(文献(3)より転載) |
新規発症の心房細動に関しては「なぜ発症したか」を考えなければならない。バイタルサイン(高血圧の有無),電解質異常などのほか,最低限のワークアップとしては虚血性心疾患の有無,呼吸器疾患の有無(胸部X線写真),心機能や弁膜症の有無(心エコー),甲状腺機能などはチェックすること。可逆性の背景疾患がある場合は治療してから心房細動の治療に臨むのが鉄則である。
リズムコントロールとレートコントロール
心房細動の治療においてしばしば話題になるのが,リズムコントロール(洞調律に戻す)とレートコントロール(心拍数を抑える)の比較であり,どちらがよいと言いきれないのが現状である。
多くの研究がなされているが,重要な臨床研究はAFFIRM(N Engl J Med. 2002[PMID : 12466506])とAF-CHF(N Engl J Med. 2008[PMID : 18565859])だと思われる。詳細に関しては各論文を参照していただきたいが,大まかには,AFFIRMでは6時間以上持続する心房細動をリズムコントロールとレートコントロールに無作為に割りつけて比較したところ,全死亡に関して有意差を認めず,リズムコントロール群では入院や薬剤による副作用が多かったことを示した。AF-CHFではEF<35%で心房細動を有する患者でリズムコントロールとレートコントロールを比較した。一次エンドポイントである心血管死のほか,二次エンドポイントである全死亡,脳卒中,心不全の増悪に関しても有意差を認めなかった。本邦で行われたJ-RHYTHM(Circ J. 2009[PMID : 19060419])では,発作性心房細動の患者にてリズムコントロールとレートコントロールを比較したが,全死亡,心不全,出血や塞栓症を一次エンドポイントとした場合には有意差は認められなかった。
このように,リズムコントロールと比較した際にレートコントロールが非劣性を示しているスタディが多い。しかしリズムコントロールは生活の質(QOL)を上げるともされており,そのメリットはある。リズムコントロールの治療戦略を取ってもよいと考えられる患者は孤立性心房細動(特に若年),症候性心房細動(症候性発作性心房細動もしくはレートコントロールを行っても症候性である場合),心不全の合併で血行動態不安定な場合などである。
ただしリズムコントロールの薬剤は副作用のために服用しづらいものもあり,簡単に始めるべきでないとする考え方もある。それぞれのリスクとベネフィットを考えながら治療方針を決定するべきである。本邦ではアミオダロンの使用が少ないが,これは保険適用上の制限のほか,他剤でも比較的治療ができていることが理由とされる。持続性心房細動や基礎心疾患を伴った場合などに使用は限定されるかもしれないが,欧米の臨床試験で示されたレート・リズムコントロールの有用性は知っておく必要はある。
脳梗塞のリスク評価
非弁膜症性心房細動(NVAF)において脳梗塞のリスク評価を行うことは重要である。CHADS2スコア(表)は必ず知らなくてはならない。
表 CHADS2スコアによるリスク評価 |
心房細動による塞栓症の予防には抗凝固療法が最も効果的である。欧米のガイドラインでは0点もしくは1点ではアスピリンを選択できるが,わが国のガイドラインでは,JAST試験(Stroke. 2006[PMID : 16385088])によりアスピリンによる脳梗塞の予防効果を示すことができなかったため,抗血小板薬が含まれていない。そのため脳梗塞の予防にはワルファリンを用いることになる。日本人のおける至適PT-INRは1.6-2.6など欧米よりも低めであるとされるが,心房細動時における至適PT-INRの確立に関する多施設共同研究(J-RHYTHM Registry)が進められており,結果を待ちたい。
診療のポイント
・急性心房細動における緊急除細動の適応を知る。
・心房細動に対する背景疾患の有無をチェックする。
・レートコントロールする場合は副伝導路(デルタ波など)の有無を確認する。
・心房細動をみたら抗凝固療法の適応を必ず評価する。脳梗塞が一番怖い合併症である。
この症例に対するアプローチ
心不全の治療,虚血性心疾患の除外,心エコーによる心機能評価を行う。心房細動がいつ発症したのか不明であること,また血行動態はすぐに安定したため,緊急の電気的除細動の適応とはならなかった。この症例ではCHADS2スコアが4点で脳梗塞のリスクが高いため,抗凝固療法を速やかに開始する。ワルファリンを速やかに開始すれば脳梗塞を防ぐことができたかはわからないが,スタンダードなアプローチに従う必要はある。
Further Reading
(1)Khoo CW, et al. Acute management of atrial fibrillation. Chest. 2009 ; 135 (3): 849-59. [PMID : 19265095]
(2)Lafuente-Lafuente C, et al. Management of atrial fibrillation. BMJ. 2009 ; 339 : b5216. [PMID : 20032065]
(3)日本循環器学会編.心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改訂版).Circ J 72(Suppl IV): 1581-638.
(つづく)
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