米国シミュレーション医学教育事情(志賀隆)
寄稿
2010.09.06
【寄稿】
米国シミュレーション医学教育事情
臨床現場につながる生きた教育を提供する
志賀 隆(Attending Physician, Department of Emergency Medicine, Massachusetts General Hospital/Instructor, Harvard Medical School)
私は現在,マサチューセッツ総合病院(MGH)救急部のスタッフとして診療とレジデントの指導をしつつ,シミュレーションに新しい医学教育としての可能性を感じ,ハーバード大学医学部にてシミュレータを使って教育・研究をしています。日本の医学教育カリキュラムでは,医学生が実践参加する実習は困難であり,また研修医も十分な手技経験を積むことが難しいという問題がありますが,シミュレーション教育は患者の安全を保ちながらこれらの問題を解決し,日本の卒前・卒後教育を変える鍵になりうるものと考えています。
本稿では,私が所属したメイヨークリニック,ハーバード大,MGHでの経験から米国におけるシミュレーション教育の実情を報告します。
参加型の医学教育を求めて
私がシミュレーション教育と深くかかわるようになった理由の一つに,参加型の教育を学生時代から求めていたことがあります。医学部での講義を振り返ると,基礎医学はもちろん臨床医学でも時に教員が自身の研究内容に傾倒し,必ずしも医学生に診断や治療の基礎を伝えていないという印象がありました。
そのようなときに赤津晴子先生(米国ピッツバーグ大)の著書『アメリカの医学教育』(日本評論社)に出合って感銘を受け,「卒業したら米国で研修を受ける」という思いが強くなりました。そして,卒後5年目にメイヨークリニックで救急医学の研修を開始。レジデンシー中に高性能マネキンを用いたシミュレーションによる医学教育を体験し,その奥深さと教育効果に感動するとともに可能性を感じました。
各疾患への対応法を学んだメイヨーでの研修
米国の救急医学レジデンシーのカリキュラムのほとんどは,週1日5時間の講義を3-4年間行い,広い分野の知識の獲得をめざすプログラムとなっています。メイヨークリニックでは,そのうちの25%を座学ではなく参加型のシミュレーション教育に費やしています。
シミュレーション教育は,1時間×3回の学習を半日かけて行います。1時間に2-3例の模擬患者もしくはマネキンに,1年目研修医(インターン)が最初に対応し,2,3年目のレジデントが後から加わって全体を管理するプログラムです。それを3年間実施し,外傷や蘇生はもちろん,さまざまな主訴から各疾患への対応方法を学んでいきます。なかには社会的に難しい状況にある患者や対応が難しい患者,“Do-Not-Resuscitate”と意思表示のある患者の救急部での看取り,家族などへのアプローチも織り込まれており,コミュニケーションのとり方,チーム医療も学習できるよう工夫されています。
早期からハイレベルの臨床に暴露させるハーバード大
ハーバード大では,医学部入学後の第一週にバイタルサインの測り方と簡単な解釈の仕方,そして胸部の聴診について学びます。午前中にバイタルサインについて学んだ学生は午後に早速“患者”を診ます。この患者は,内科・救急医学・外科・麻酔科のスタッフ医師に操られた高性能マネキンなのですが,「喘息・気胸・前壁梗塞・下壁梗塞」の4つの症例を教員が助け舟を出しながら経験させます。診察が終わると全員が着席し,問診・診察・鑑別診断・解剖・生理・病理などを現役の臨床医と小グループに分かれ,議論しながら学んでいきます。
ハーバード大でのシミュレーション教育のもよう |
このように高いレベルの内容を早くから始める理由には,以下の4点があります。
*臨床医になる学生が生命科学を学ぶのは,患者のケアのためであること。
*チームとして行動し,患者とコミュニケーションをとることが常に求められていること。
*人体は生理学・生化学のように科目別に分かれたものでなく,統合されたものであること。
*実際の臨床現場は講義室のようにリラックスした状況ではない。リラックスした状況で学んだ知識が臨床現場で必ずしも生きるとは限らないこと。
Kolbの学習サイクル理論によると,学びはサイクルになっていて「経験・省察・概念化・実践」の順に一周することで完結すると考えられています。シミュレーションは,まさにこのサイクルを提供できる強力なツールと考えられます。医学生は,呼吸器学や消化器学,薬理学などでもシミュレーション患者を診療した上で,関連項目を勉強するカリキュラムとなっているのです。
生きた教育の場としてのシミュレーション
私は現在,MGHのスタッフとして,放射線科と共同教育プロジェクトを行っています。これは造影剤に対するアレルギー反応に放射線科レジデントがいちはやく対応できることを目標としたもので,放射線科の治療プロトコールを共同で再検討しました。その結果,それまで院内のアドレナリンは異なる濃度や剤型のものが数種類あり医療ミスを招く危険があったため,投与の簡単な使い捨てキットのものにすべて変更・統一しました。その後さらなる改訂を経てプロトコールが決まった段階で,レジデ...
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