医学界新聞

2010.07.12

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


上部消化管内視鏡スタンダードテキスト

多賀須 幸男,櫻井 幸弘 著

《評 者》藤城 光弘(東大病院光学医療診療部部長/准教授)

内視鏡を知り尽くした著者が織り成す内視鏡学の歴史的名著

 ある日,医学書院から厚手の書籍郵便が届いた。以前の執筆原稿が書籍として上梓されたのかと思い,何気なく封を開けて唖然とした。恐れ多くも内視鏡の世界ではいわゆる“雲上人”である,多賀須幸男,櫻井幸弘両先生の手による大作に書評をとの依頼であった。書評は,その道の第一人者が後進や同僚に宛てて大所高所から真剣勝負で書き記すものと相場は決まっている。なぜ私のような若輩者にその御鉢が回ってきたのか,しばし熟考した。後進の指導に人一倍熱心な先生方のこと,東大,国立がんセンターと多賀須先生の後を追った頼りない後輩に対する,これも一種の教育の一環,東大病院の光学医療診療部長就任祝いとしての粋なはなむけと理解し,謹んでお受けすることとした。よって駄文をご容赦いただきたい。

教科書とはかくあるべき――客観的データに裏打ちされた著者の膨大な知識と経験の背後に内視鏡学を介した著者の思想をみる
 本書のはじめに「資料提供協力者一覧」が掲載されている。そこには,「本書を作成するにあたり,旧日本電信電話公社関東逓信病院から現NTT東日本関東病院における内視鏡データと画像を利用した。……(中略)…・・・本来ならここにすべての先生方のお名前を記載すべきであるが,……(中略)……500件以上の検査をなされた先生方のお名前を掲げることとした」のくだりが付記されており,いきなり強い衝撃を受けた。なぜなら,本書は著者のみのものではなく,著者とともに日々の診療,研究,教育に従事した,数多くの医療関係者(医師のみでない)の集大成であるという著者の強い意志がこの数行に簡潔に示されていたからだ。

 さらにその衝撃は序文を読み進めると期待感に変わった。この教科書を読むことで私が長年探し求めてきた回答が得られるかもしれない。序文に示されている,多賀須先生と櫻井先生がめざしていた“同じ理想”とは何だったのであろうか。無性に知りたくなった。

序論の記載が充実
 類書の多くが,簡単な消化管の解剖・生理に引き続き,検査,治療の総論と臓器別各論という構成になっているが,本書の特徴はいわゆる序論と考えられる,パンエンドスコピーの歴史的背景や機器への理解を深める記載,内視鏡センターのあり方,内視鏡医療を取り巻く諸問題,特にリスクマネジメントに関する記載が充実している点にある。これは,1994年上梓の前書『パンエンドスコピー――上部消化管の検査・診断・治療』(医学書院)からの一貫した著者の方針のように思われる。著者が最良の内視鏡診療を行う上で,いかに心・技・体,もとい,機器・環境・医療関係者の三位一体を重要視しているかが伺える。昨今,ともすれば最新の診断・治療技術がもてはやされる風潮があるが,一歩立ち返って日常診療を見直すべきであろう。そのヒントがそこかしこに散りばめられている。

 第5章の「形をよむ・色を作る」は圧巻である。いかに人の認知の仕組みがアナログ的であるかがよくわかる。ファイバースコープの時代から電子スコープの時代となり,モニターの色を自在に作ることができるようになった。内視鏡医は何を信じていいかわからない。いわゆる,診断における匠の技が,客観的データとしていまだにパターン認識化できないのは,人間の認知の仕組みが極めてアナログかつ複雑なものであるためかもしれない。内視鏡診断学は,そのアナログな認知という人間の脳の中にだけ存在する機能の上に成り立っていると言えるのかもしれない。著者は本章を“写真ごころ”という言葉で締めくくっている。“内視鏡医は良き写真芸術家たれ”,まさにそうありたいものである。

各所に著者の“虎の巻”が出没
 本書を読み進めて,非常に快感を覚えた。すらすら読める。なぜか? これだけの先生方の著書にもかかわらず,背伸びがない。ここまでは自分たちの経験,ここからは文献による,これは自分たちのデータだが,これは他施設のデータ等々,極めて明快に区別し,記載されている。

 内視鏡学の教科書として必須の,選りすぐりの内視鏡写真や著者自身によるきめ細かなシェーマが,惜しみもなくふんだんに掲載されていることも本書が読者に快感を与える一因であろう。1972―2006年の間に積み重ねられた163,648件に及ぶ内視鏡検査・治療のデータベースに基づく,筆者ら独自のEvidenceが満載である。また,引用記載部分,他施設データには必ず引用文献を当て,読者が原著をたどれるような配慮に余念がない。

 パンエンドスコピーの教科書として,「下咽頭・喉頭の病気」を前書『パンエンドスコピー――上部消化管の検査・診断・治療』より取り上げていた著者の先見性にただただ敬服するのみであるが,本書ではさらに詳しく書き下ろしている点も画期的であろう。特に共感を覚えたのが,第7章―第9章の検査,治療の総論で出現する,「suggestions」という重要事項をまとめた,著者自らのワンポイントアドバイスである。同章部分は「suggestions」を拾い読みし,関心を持ったその関連項目に目を通すだけでも大変勉強になるであろう。

同じ理想をめざして働くうちに……
 振り返って,両巨頭がめざした同じ理想とは何だったのであろうか。五反田の地に繰り広げられたPatient-orientedな医療の実践がExperience based Medicineとして積み重ねられ,その集計が客観的データとしてEvidence based Medicineに発展し,それが次世代に脈々と引き継がれている。その現状をみれば自明であろう。それは,たった1人のカリスマ医師によってでは決して成し得る...

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