医学界新聞

連載

2010.06.28

医師と製薬会社がクリアな関係を築き,
患者により大きな利益をもたらすためのヒントを,
短期集中連載でお届けします。

ともに考える
医師と製薬会社の適切な関係

【第2回】自分は大丈夫,と思っていませんか?

斉藤さやか(筑波メディカルセンター病院総合診療科)


前回よりつづく

医師と製薬会社の関係,海外の調査では?

 医師が職場内外でどのように製薬会社とかかわり,その関係に対してどのような考えを持ち,その関係によりどのような影響が生じるのかということについて,海外ではこれまでにいくつもの調査が行われてきました。

 米国の臨床医を対象とした比較的最近の全国調査においては,94%が製薬会社と何らかの関係を持ち,83%が職場内で飲食物の提供を受け,78%が薬の試供品を受け取っていました1)。また米国の医学部3年生(日本における5年生に相当)を対象とした全国調査では,97%が昼食の提供を受け,94%がペンやマグカップなどの小さなギフトをもらっていました2)

 これら広義のギフトは医薬品の情報とともに与えられることが多いようですが,米国臨床医を対象とした別の全国調査では,この情報について74%が有用だと回答し,79%が正確だと回答しました3)。多くの医師が,これらのギフトによる影響を受けることはないと考えていました4)。さらに興味深いことに,自分と比べて他の医師のほうがよりギフトによる影響を受けやすいと考える傾向がありました5,6)

 臨床行動への影響に関しても多くの観察研究がされており,医師がプロモーションに曝露されることによりその臨床行動が変化することが示されています7)

日本における調査でも同様の結果が

 日本において2008年に筆者らが行った全国調査(n=2621; 回答率54%)によると,98%が医薬情報提供者(MR)と会話をし,96%がペンやノートなどの文房具をもらい,49%が職場外での食事の提供を受けていました。また同調査で,MRからの薬に関する情報が正しいと回答したのは73%,MRは生涯教育に重要な役割を果たしているとしたのは73%でした。MRとの会話が自分の処方行動によくない影響を与えると考えているのは6%,ギフトが自分の処方行動によくない影響を与えると考えているのは10%でした。一方では,他人の処方行動がギフトの影響を受けていると考えているのは16%であり,海外の先行研究と同様に,自分より他人のほうが影響を受けると考えているという結果になりました(図)。

 日本人医師はMRとの関係をどのように考えているか(n=2621)

 また,海外での研究と同じく,臨床行動への影響についても,プロモーションに曝露される頻度が多い医師ほど,ジェネリック医薬品の処方が少なくなるなどの結果が得られました。

「自分は大丈夫」というバイアスとは

 これらの研究から,医師は製薬会社と関係を持つことにより確かに影響を受けており,自分以外の医師はその影響を受けていると認識できるのに,自分は影響を受けていないと考える傾向があることがわかります。この「自分は大丈夫」と考えることが,製薬会社との関係を個々のレベルで論じる際の障壁となります。ここには,いったいどのような心理的メカニズムが作用しているのでしょうか。

 この点については心理学分野で研究が積み重ねられています。先に述べた「自分は大丈夫」という認知のゆがみには,自分に対して都合のよいバイアスがかかっていますが,その中でもself-serving biasといわれるものが特に重要です。これは,よい結果は自分の成果とし,悪い結果を外部のもののせいにしようとするバイアスのことです。利益相反という文脈で考えると,結果に利害が絡むときに,無意識のうちに情報の入手方法や重み付けにゆがみを持たせ,自分に都合がよいように解釈するバイアスといえます8)。この自分自身に対して楽観視するバイアスがかかることにより,自分に有利な結論に達することになります。

 この研究ではさらに,バイアスに関する教育をすることでバイアスを減らそうと試みています。しかし,教育によってバイアスに対する理解を深めることはできても,バイアスは他人が持っているものと認識する人が多く,さらに自分自身にもバイアスがかかっていると認めた人でも,自分にどれほどのバイアスがかかっているかということについてはかなり過小評価をしていました(bias blind spot:他人のバイアスは認識できるが,自分のバイアスは認識できないこと)。この結果から,バイアスは無意識のものというだけでなく,意識しても取り除くことができないことが示唆され,結果的に自分が平均的な人よりもバイアスがかかっていないと考えることになります。

 このような,自己に対して都合よく考えるバイアスは,時に精神的な適応手段として健全です。しかし正しくあることに責任がある場合,つまり医師として患者の利益を第一に優先させる責任を負うときには,これらのバイアスは不適切な判断へと導く有害なものとなりえます。

 それでは,医師が患者の利益を優先させるという任務を遂行するためには,製薬会社とどのような関係であることが“適切”なのでしょうか。これまで述べたような心理機構が働くことから,個々のレベルで“適切”な関係を議論したり,個々の医師を教育したりするだけでは“適切”な関係になることは難しいことがわかります。米国では既に教育,罰則,規則の制定,情報開示などの手段を用いて試行錯誤が行われているようですが,適切な状態にはなっていないようです。日本ではようやく議論が始まったところであり,今後は多面的介入を行いつつ,医師-製薬会社の関係から生み出される影響の実態を評価・追跡していく必要があると考えています。

つづく

文献
1) Campbell EG, et al. A national survey of physician-industry relationships. N Engl J Med. 2007 ; 356 (17) : 1742-50.
2) Sierles F, et al. Medical students' exposure to and attitudes about drug company interactions : a national survey. JAMA. 2005 ; 294 (9) : 1034-42.
3) The Kaiser Family Foundation. National Survey of Physicians. Part 2 : Doctors and Prescription Drugs. March 2002.
4) Aldir RE, et al. Practicing and resident physicians' views on pharmaceutical companies. J Contin Educ Health Prof. 1996 ; 16 (1) : 25-32.
5) Steinman MA, et al. Of principles and pens : attitudes and practices of medicine housestaff toward pharmaceutical industry promotions. Am J Med. 2001 ; 110 (7) : 551-7.
6) Morgan MA, et al. Interactions of doctors with the pharmaceutical industry. J Med Ethics. 2006 ; 32 (10) : 559-63.
7) Watkins C, et al. Characteristics of general practitioners who frequently see drug industry representatives: national cross sectional study. BMJ. 2003 ; 326 (7400) : 1178-9.
8) Babcock L, et al. Biased judgments of fairness in bargaining. Amer Econ Rev. 1995 ; 85 (5) : 1337-42.


斉藤さやか
2003年名大医学部卒,同年船橋市立医療センター研修医。05年汐田総合病院,08年東医大総合診療科非常勤を経て,09年より現職。専門は総合診療。日本内科学会専門医部会・プロフェッショナリズムワーキンググループ所属。宮田靖志氏(北大病院)らとともに,医師と製薬会社との利益相反関係をテーマとしたワークショップを開催するなど自主的に活動している。

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