『HOOKED』に見る,米国における医師と製薬会社の実態とは?(郷間厳)
連載
2010.07.12
医師と製薬会社がクリアな関係を築き,
患者により大きな利益をもたらすためのヒントを,
短期集中連載でお届けします。
ともに考える
医師と製薬会社の適切な関係
【第3回】『HOOKED』に見る,米国における医師と製薬会社の実態とは?
郷間 厳(市立堺病院呼吸器内科部長)
(前回よりつづく)
第3回では,Howard Brodyによって書かれた『HOOKED』という書籍の一部を紹介し,米国における医師と製薬会社の関係について考えてみます。
『HOOKED : Ethics, the Medical Profession, and the Pharmaceutical Industry』(Rowman & Littlefield Publishers,2008)とは: |
差額は医師に回っていた
TAP社は,同社の前立腺癌治療薬Lupronと同じ効果を持ちより安価なZoladexがHMO(註)に採用されそうになった際,Lupronが処方集から削除されないよう,採用担当医に賄賂的な資金提供を図ったとして告発されました。しかもLupronの価格が割高だった理由は,メディケア負担分の請求額が本来の妥当な価格より高く設定されており,その差額が泌尿器科医への「教育費」名目での資金提供や,サンプル薬提供に当てられていたからでした。採用取り消しに加え,この仕組みが政府に発覚することを恐れ,TAP社はこっそり行動しようとしたのです。
この件で泌尿器科医4人が有罪,企業側は12人が起訴され,8億7500万ドルの罰金が科せられました。
発売を遅らせるためジェネリック医薬品企業を提訴
Abbott Laboratories社(以下A社)の抗高血圧薬,Hytrinは前立腺肥大にも有効で,年5億ドルの利益を上げていました。A社は1995年のHytrinの特許切れの際,6つの関連特許を申請してジェネリック薬の発売を妨害しましたが,2企業が発売を始めたため,特許権侵害で提訴しました。結局A社は2企業に補償金を支払うことになったものの,解決までの4年間,ジェネリック薬の発売は差し止められ,補償金よりも大きな利益を得たのです。
しかし,この件でA社は連邦取引委員会に反トラスト法違反で提訴され,患者からは支払わずに済んだはずの薬剤費の返還訴訟を起こされました。
研究結果を無きものにしても売り上げを守ろうとした
1997年4月16日発行のJAMAには異例のEditorial,その名も“Thyroid Storm(甲状腺の動乱)”が掲載されています[JAMA. 1997 ; 277(15) : 1238-43.]。
甲状腺ホルモン薬Synthroidが他社薬より効果が高いと考え処方を勧めていたDr. Dongらに,発売元のBoots社(以下B社)が比較試験を提案し研究契約を結びました。90年末までに終了した結果では予想に反し,他社の3剤に比し優位性はありませんでした。
B社の納得が得られない中,Dongは真実を発表すべくJAMA誌に論文を投稿し,95年1月25日号に掲載が決まりました。するとB社は,論文の発表で売り上げが減少した場合,訴訟で損害賠償を求めると脅してきました。当時,研究契約書に決まり文句のようにあった「会社の許可なしに論文を発表できない」という文言を利用したのです。やむなくDongは発行直前の1月13日に論文を取り下げました。
さらに同年6月,B社所属の医師が,自らが副編集長を務めるAmerican Journal of Therapeutics誌に,Dongのデータを使いつつも結論は正反対となる論文を執筆。もちろん論文にはDongの名はどこにもなく,同じデータを使ってDongが発表できないよう,手が打たれたのでした。この間5年以上にわたりB社は,Synthroidがリーディング・ドラッグであると医師たちに思わせ続けて多くの処方を得るとともに,当時進行中だった他企業との合併においても,有利な条件で買収されることに成功しました。
しかし,The Wall Street Journal紙に暴露記事が載りFDAの調査が入りそうになると,Boots/Knoll社(合併後の社名)は,一転して大学を通じDongの論文掲載を進めるよう交渉,ついに6ページものEditorialとともに掲載されたのです。Boots/Knoll社は甲状腺患者の集団訴訟を受け,結局1億ドル以上の和解金を支払うことになってしまいました。
個々の医師への「援助」も
個々の医師への資金提供によって起こったと思われる事件では,高額の報酬を得るために適格条件を偽った患者を臨床試験に参加させ,企業にとって都合の良いデータを得た事例や,血液や尿のサンプルをすり替えてしまった事例などが記載されています。お金に目がくらんだあげくこうしたことにかかわった医師は,監獄で暮らすことになってしまいました。
“Culture of Entitlement”仮説
米国でも,医師がMRからギフトをもらうことは,薬剤情報の受け取りと同様ごく一般的な行為になってしまっています。卒業したてにすぎないレジデントにもギフトが贈られることが習慣化され,レジデントも抵抗なくギフトを受け取ってきました。抵抗感がなくなるのは,医師になるまでの努力を賞賛し,ギフトを受け取る“資格がある(entitled)”と思わせる“環境”を作っているからではないかと指摘したのは,元NEJM誌編集長のJerome P. Kassirerでした。Brodyはこれを“Culture of Entitlement”仮説と名付け,検証すべき重要な課題ではないかと強調しています。
多様なお金の使われ方がある
『HOOKED』では,製薬会社の営業的活動として以下を挙げています。
・個々の医師へのギフト,情報,無料サンプル
・医師の生涯教育への支援 ・医師の専門組織への援助 ・「草の根」患者支援グループへの援助 ・消費者への直接の宣伝 ・医学雑誌への援助 ・研究への援助,個々の研究者と「オピニオンリーダー」へのコンサルト料や講演料 ・有利な法律や規制作りのための政府へのロビー活動 |
例えば,副作用を理由に企業が発売を中止したある薬剤が患者グループのロビー活動により限定的処方が可能になった事例では,企業からグループへの資金提供がなされていたことが後に判明しています。
FDAも信用できない!?
米国のFDAは信頼のおける機関だ,という印象を私は持っていました。ところが実際には,FDA内部でさまざまな駆け引きが行われてきたことが述べられています。まず,製薬会社にとって重要なのは,FDAの元スタッフをどれだけ重役として雇っているかということです。そして,FDAと企業のかかわりの中で起きた事例として,やせ薬Fen-Phenの処方と重大な心弁膜症の副作用,糖尿病治療薬Rezulinの肝障害問題をめぐる認可取り消しにおける内部対立などが挙げられています。驚くべきことに,FDA内部には製薬会社の影響が色濃く及んでいたのです。
まとめ――企業の立ち位置と企業からみた医師とは
『HOOKED』を読み,私自身考えさせられることが多くありました。特許切れは,確かに企業にとって頭の痛い問題だと思われます。新薬開発にかかる多額の研究資金調達は製薬会社の課題であり,そのために特許保護を強めるべきか否か,議論も必要かもしれません。しかし,同書に引用されている,2002年,Fortune500(全米の総収入上位500社のランキング)に選ばれた製薬会社10社の総収入は2174億6700万ドル,うち利益は16.5%でした。そして総収入における研究費の割合はたった14.1%であるのに対し,営業には30.8%も投入されていました。研究よりも営業に莫大なお金が使われていることをどう考えるか。この点は各方面で議論が尽きないようです。
そして“Culture of Entitlement”仮説については,企業から研修医への働きかけが現状のままでよいのかどうか,検討する必要があると思われます。
製薬会社も医療者と同様,病気を治すことが第一の目的である点は変わらないはずですが,患者の利益より自社の利益を優先させた事例があり,その目的達成のために医師をどう扱ったか,知っておくことも必要だと思います。これはすなわち,製薬会社を医師がどうみているか,その視点の裏返しとも言えるかもしれません。
これらのことから,私は医師や患者が“企業の論理”を知ることがより重要であり,医師と企業の相互依存的な倫理問題は,双方が取り組むことによってのみ解決しうる,と考えています。
(つづく)
註)Health Maintenance Organization:米国内で医療サービス側が形成したグループに一定の金額を支払って登録することで,そのグループ内に限り少ない自己負担で医療が受けられる仕組みのこと。
郷間 厳 1987年阪市大卒。天理よろづ相談所病院内科研修医,呼吸器内科スタッフ。2000年米国アラバマ大留学後,02年神戸逓信病院。呼吸器中心に内科全般の診療とチーム医療充実に尽力するとともに,日本内科学会専門医部会,プロフェッショナリズムワーキンググループなどで活動。09年より市立堺病院,10年4月から現職。ジェネラルな視点から多彩な疾患を含む呼吸器領域に対応できる医師を目標に,研修医教育にさらに力を入れるとともに,自らも研鑽に励む。 |
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