医学界新聞

連載

2010.05.10

研修医イマイチ先生の成長日誌
行動科学で学ぶメディカルインタビュー

[第2回]

■患者中心の医療モデルと医療面接の関係

松下 明(奈義ファミリークリニック・所長 岡山大学大学院・客員教授/三重大学・臨床准教授)


前回よりつづく

 僕の名はイマイチ,25歳独身。地元の国立大学医学部を卒業し,県立病院で初期臨床研修2年目を迎えた。病態の理解には自信があるが,患者・家族とのコミュニケーションはちょっと苦手。救急外来で救急車が続くときに,特に軽症の夜間外来患者を診るとイライラしてしまうことがある。

 学生時代に医療面接は勉強したが,実際に患者さんを診るとどうも勝手が違う。そこで,研修2年目に入った今,地域医療研修を利用して何とかコミュニケーション能力を高めたいと考えている。今回は地域医療研修と選択研修を合わせて,5週間の予定で○×クリニックにやってきた。


 本田学さん(仮名)は56歳男性,1週間前から続く発熱と咽頭痛,下腹部不快感で受診。イマイチ先生が予診をとるため,診察室に入りました。

イマイチ 本田さん,はじめまして。今日はどうされたのですか?
本田さん 1週間前から熱があり,のどが痛く,下腹も何かおかしいのです。
イマイチ  最近,ウイルスが流行っていますからね。熱は何度まで上がりましたか? のどはいつから痛いのですか? 下腹のようすは? 下痢は?
本田さん  ……(間)……,血液検査をしてもらえますか?
イマイチ  ええ? 別にいいですが……。(何か変だなと思いながら)じゃあ,まずは院長先生を呼んできます。

*****

院長先生 はじめまして,本田さん。1週間前から熱があって,のどが痛く,下腹も何かおかしいのですね?
本田さん そうなんです。

院長先生 では,1週間前にさかのぼって,こういった症状がどのように始まり,どんな経過をたどって今日に至ったか,もう少し詳しく教えてください。
本田さん 実は1週間前に親友が急死したんです。
イマイチ (???)

院長先生 お友達が亡くなったんですか?

本田さん ええ。悪性リンパ腫で,治療が手遅れになったそうで,最初はかぜと間違えられたそうなんです……。
院長先生 そうですか,それはお気の毒でしたね……本当に……。
本田さん 友人の葬式の直後からのどが痛くなり,まさか自分も同じ病気ではないかと急に心配になったんです。下腹も痛くなってきて,なんだか熱っぽいし。
院長先生 なるほど。ご友人と同じように,自分も何か悪い病気になったのではないかと,とても心配になって来られたのですね?
本田さん そうなんですよ,わかってくれましたか!
院長先生 わかりました。では,あなたの症状について詳しくうかがう前に,そのご友人がどんな症状で始まって,最終的にどのように亡くなられたのかを少し教えていただけますか?
本田さん はい。友人は……(略)……。

イマイチ (なぜ,こんなことを聞いているのだろうか?)
院長先生 ではご友人は,始めはのどの痛みと首のリンパ節の腫れ,そして徐々に体がだるくなり,微熱と腹水で最終診断がつき,治療を始めたものの約2か月で亡くなってしまったんですね。
本田さん ええ。本当に残念で仕方ありません。こんなに急に亡くなるなんて。
院長先生 本当に,びっくりして悲しいと同時に,病気というものがとても恐ろしく感じますよね。
本田さん そうなんです。今日受診したのも,最初はかぜだと思ったのですが,だんだん自信がなくなって,何か検査でもしてもらったほうがいいのかなぁと……。
院長先生 わかりました。では,心配している病気ではないかどうかを注意深く診察してみようと思いますが,もう少し詳しく症状を教えてください。
本田さん 熱は37.4℃までの微熱が1週間続いています,……(略)……。
イマイチ (なるほど,患者さんの不安と診察がこんなふうにつながるのか!)

「患者中心の医療」とは

 今回は「患者中心の医療」についてお話しします。病院・診療所を訪れる患者は何らかの症状を持っていますが,医師が医学的に聞きたい情報と患者が語りたいストーリーは食い違うことがあります。この食い違いを医療のなかで解決するに当たって,カナダのStewartらによって開発された「患者中心の医療」1,2)モデルを用いることができます。

 この医療モデルは,有能な家庭医がどのように患者とやり取りし,より有効な医療を提供しているかを観察・研究するなかから生み出されました。良好な患者・医師関係を築くための医療面接や,行動変容を促すための患者教育の方法などを網羅し,家庭医に限らず利用可能なものです。

 一般的に,医師は患者の語るストーリーよりも患者の「現病歴」に興味を示し,病気の原因を突き止め診断・治療に結び付けることにエネルギーを注ぎます。しかしながら,患者はある症状を通して一つの「病い」を経験し,医学的に正しいか否かにかかわらず,患者なりの「病い」の解釈モデル(原因・診断・治療・予後に関する考え)を抱き,患者なりの「病い」に対する不安や恐れ,そして生活への影響を経験していると言われています。

 この食い違いが,医学的に正しい行為にもかかわらず,「まったく話を聞いてもらえなかった」という患者側の不満足につながるのではないかと考えられます。「患者中心の医療」は表に示す6つの要素によって成り立っています。それぞれの要素は図のように互いに関連しています。

 患者中心の臨床技法:6つの関連し合う要素1,2)
1.「疾患」と「病い体験」の両方を探る
1)病歴,身体診察,検査
2)病いの側面(感じ方,考え,日常機能への影響,医療への期待)
2.全人的に理解する
1)その「人」(生活歴,個人の問題,ライフサイクル上の問題)
2)近くの背景因子(家族,仕事,社会的支援)
3)遠くの背景因子(文化,地域,生態環境)
3.共通基盤を見いだす
1)問題点と優先順位
2)治療/健康管理の目標
3)患者と医師の役割
4.予防と健康増進を組み込む
1)健康増進
2)危険因子回避
3)危険因子軽減
4)早期発見
5)合併症の予防
5.患者・医師関係を強化する
1)共感
2)力関係
3)癒し
4)自己認識
5)転移と逆転移
6.現実的になる
1)時間とタイミング
2)チームの構築とチームワーク
3)資源の有効活用

 患者中心の臨床技法――6つの要素の関連図1,2)

強固な患者・医師関係を構築する

 今回の症例を図,表の医療モデルに照らし合わせて考えてみましょう。

「疾患」と「病い体験」の両方を探る
 「血液検査をしてもらえますか?」や「1週間前に親友が急死したんです」といった患者のサインをイマイチ先生は見逃してしまいましたが,医師として患者の「病い体験」に耳を傾けるチャンスを得たところから「患者中心の医療」は始まります。一問一答でない開かれた質問で患者のストーリーを引き出し,同時に患者の解釈モデルを把握します。そこから患者の感情(悲しみと恐怖)が理解でき,その感情のもたらす生活への影響(自分の体に対する自信喪失)と,医療機関への期待(検査をして悪い病気でないことを証明してほしい)がはっきりします。詳細な症状は後半に詰めることができるので,前半になるべくストーリーを語ってもらうことがポイントです。

患者・医師関係を強化する
 院長先生が「本当に,びっくりして悲しいと同時に,病気というものがとても恐ろしく感じますよね」と言うと,本田さんは「そうなんです」と了解を示しました。医師が患者の感情を自らの言葉で言語化して,感情面も理解することがより強固な患者・医師関係を構築し,診断・治療に関する共通基盤をつくる上で重要な因子となります。

全人的に理解する
 亡くなった友人の話に一度それることで,この患者を全人的に理解するプロセスが進んだと思われます。ここに家族背景や仕事に関する情報も加わると,さらに全人的に患者を理解することがより容易になると思われます。

 一連のプロセスでより強固な患者・医師関係を構築し,新たな問題に対して容易に共通基盤をつくりやすくなります。Stewartらは,患者中心の医療が診療へ及ぼす効果として,患者の苦痛・心配の軽減と,検査数・紹介数の低下を挙げ,患者の健康状態改善と同時に診療の効率化を報告しています3)

ポイント
(1) 「疾患と病い体験の両方を探る(医療面接)」プロセスが最も重要。2つの円を行き来するイメージ。
(2) 感情への対応は「患者・医師関係の強化」にも有用。

イマイチ 今日のつぶやき

一見診療と関係ないような話のなかに患者さんと共通基盤を築くヒントが隠れているのか。何だか患者さんの話を聴くのが楽しみになってきたぞ。

つづく

参考文献
1)山本和利監訳.患者中心の医療.診断と治療社,2002.
2)Stewart M, et al. Patient-Centered Medicine: Transforming the clinical method. 2nd ed. Radicliffe Medical Press, 2003.
3)Stewart M, et al. The impact of Patient-Centered Care on outcomes. J Fam Pract. 2000 ; 49(9): 796-804.

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