LEARNのアプローチとストライクゾーンを見極める意義(松下 明)
連載
2010.06.07
研修医イマイチ先生の成長日誌
行動科学で学ぶメディカルインタビュー
[第3回]
■LEARNのアプローチとストライクゾーンを見極める意義
松下 明(奈義ファミリークリニック・所長 岡山大学大学院・客員教授/三重大学・臨床准教授)(前回よりつづく)
僕の名はイマイチ,25歳独身。地元の国立大学医学部を卒業し,県立病院で初期臨床研修2年目を迎えた。病態の理解には自信があるが,患者・家族とのコミュニケーションはちょっと苦手。救急外来で救急車が続くときに,特に軽症の夜間外来患者を診るとイライラしてしまうことがある。
学生時代に医療面接は勉強したが,実際に患者さんを診るとどうも勝手が違う。そこで,研修2年目に入った今,地域医療研修を利用して何とかコミュニケーション能力を高めたいと考えている。今回は地域医療研修と選択研修を合わせて,5週間の予定で○×クリニックにやってきた。
田中一郎さん(仮名)は60歳男性。退職後に故郷に戻り,糖尿病の継続加療を依頼した紹介状を持参し来院しました。まず,イマイチ先生が予診を行います。
イマイチ 田中さん,はじめまして。研修医のイマイチです。院長先生の前に予診としてお話を聞かせていただいているのですが,よろしいでしょうか?
田中さん はい。糖尿病の検査を今後はこちらでお願いしようと思ってきました。
イマイチ 紹介状を読ませていただきました。3か月前に糖尿病と診断され,HbA1cが8%台と血糖が高い状況が続いているようですね。お薬は飲まれていますか?
田中さん ……まあ,ぼつぼつです……。
イマイチ そうですか。……ぼつぼつというのはどういう意味ですか?
田中さん 朝1回食事前に飲む薬で,低血糖に気をつけるようにと言われているのですが,まあ,飲んだり飲まなかったりということです。
イマイチ (よし,解釈モデルを聴こう! どうやって引き出すんだっけ?)
……どうしてそうされるのか,良かったら教えてもらえますか?
田中さん ……私の母が薬で頻繁に低血糖を起こしていたので,心配なんです。
イマイチ 低血糖が心配で薬が飲めないということですね?
田中さん ……ええ。実は飲んだり飲まなかったりではなく,本当は一度も飲んでいません。このことは院長先生には内緒にしてほしいのですが……。こちらでは薬をもらいたいのではなく,今後の糖尿病の検査をお願いしたいだけなんです。
イマイチ そうですか……。(うーん困ったなあ。どうしたらいいんだ?)まずは院長先生を呼んできますね。ただ内緒というわけには……。
田中さん まあ,しょうがないので話してもらってもいいですけど。
***
(診察室に2人で戻って)
院長先生 はじめまして,田中さん。イマイチ先生から聞きましたが,3か月前から糖尿病を診断されて,お薬を処方してもらったが,低血糖が怖くて飲めないということでしょうか?
田中さん ……そうなんです。
院長先生 以前お母様が糖尿病だったと伺いましたが,低血糖発作がひどかったんですね。
田中さん ええ。それはもうひどいものでした。ぶるぶる震えて,しんどい,しんどいと言っていたのを今でも覚えています。まだ小学生だった私は,母に頼まれてよく台所へ砂糖を取りに行ったものです。
院長先生 小学生の田中さんにとっては,「お母さんが死んでしまうかもしれない!」と本当に心配だったでしょうね。
田中さん わかってくれましたか。……私にとって低血糖は本当に怖いものなのです。
イマイチ (そうか! 過去のエピソードに関する気持ちを引き出すのか!)
院長先生 わかりました。……(間)……ところで,糖尿病の治療全般についてはどう思われるのですか?
田中さん 母は糖尿病で目と腎臓を患い,最後は肺炎で亡くなりました。なので,何とかしっかり治療しないといけないとは思っています。
院長先生 糖尿病はしっかり治療したいのに,低血糖が怖くて薬が飲めないというのは本当につらいことですね。
田中さん そうなんです。……前の診療所ではこの自分の気持ちを,うまく伝えることができなくて,先生には悪いと思いながらも薬をもらっても飲んでいなかったんです。
院長先生 そうだったんですね……。ところで田中さん,低血糖を起こしにくい薬があるのをご存じですか?
田中さん ええ? そんな薬があるのですか?
院長先生 糖尿病の薬にもいろいろなものがあって,低血糖を起こしにくい,もしくはほとんど低血糖を起こさない薬もあるんですよ。
田中さん 本当ですか? でも,起こしにくいといってもゼロではないでしょ?
イマイチ そうですねえ。でも,このジレンマを解決するにはそういった低血糖の危険が少ない薬を慎重に選んでいくことが最善のように思います……。
田中さん そうですね。これだけ低血糖の話をした上で選んでくれる薬だから,先生のことを信用してみましょうか。
イマイチ (さすが院長はやるなあ。ちゃんと共通基盤に立ち始めた)
行動変容を促す「LEARNのアプローチ」
今回は「LEARNのアプローチ」を用いた患者教育の方法1)について解説します。これはBerlinとFowkesが提唱した医療民族学的方法論2)ですが,異なった文化背景を持つ医師と患者の間で行われる患者教育に非常に適したモデルでもあります。L・E・A・R・Nの頭文字をとった5つのステップ(表)を踏まえることにより,いわゆる押しつけを避け,より効果的に患者の行動変容を促すことが可能となります1,2)。
表 LEARNのアプローチ | |
|
◆Listen(傾聴)
これまでの医療では,医師の枠組みで考えて必要だと思われる知識を,一方的に患者に提供することが行われてきました。しかしながら,糖尿病の薬物療法を実行できない患者に,「しなければだめでしょう」と言ってみても難しいのは目に見えています。まずは病気に対する患者の考え方や希望(解釈モデル)を明らかにする必要があります。(まずは相手を知ろう!)
◆Explain(説明)
次に,患者に病気にどう対処するのが最も良いとみなされているかを医学的見地から説明します。専門用語を使わずに,わかりやすい言葉で最小限の情報についてのみ説明することがポイントです。相手の反応を見ながら,小出しに情報提供を行います。(共通語でしゃべろう!)
◆Acknowledge(相違の明確化)
そして,患者の解釈モデルと医学的に正しいとされることの間での相違点や類似点を明らかにし,そこから生まれる疑問や問題点を話し合います。感情面に十分「共感」3)した上で行うことが,この段階をスムーズに行うポイントです。(同じ土俵に立ったか確認しよう!)
◆Recommend(提案)
さらにお互いの相違点や類似点を踏まえ,最も良いと考えられる方法を提案します。心理社会的な側面も含めて,相手の枠組みに合わせて伝えることが重要です。この提案は必ずしも医学的観点からはベストではないことがある点に注意します。(患者に合ったプランを勧めよう!)
◆Negotiate(交渉)
それでも,医療者の提案が患者にとって実行不可能と思えるときには,倫理的規範を乱さない程度の妥協をして,患者が実行可能な目標について話し合います。たとえそれが次善の策であっても,粘り強く少しずつでも改善できるように援助していきます。(ケンカをせずに患者をいかに支援できるか考えよう!)
患者のストライクゾーンを見極める
つまり,相手の枠組みをしっかりとらえてから,こちらの説明をすることが重要だということです。例えるなら,ストライクゾーンを知らずに目隠しをしてボールを投げるのと,相手のストライクゾーンをしっかりと見極めてから確実なボールを投げるという違いがあるのです。
一見難しそうにみえる患者ほど,このListenから始めるアプローチが重要で,しっかりと相手のストライクゾーンを見極めることができたなら,ゆっくりとしたボールでも“ズバッ”と相手の心に響くものです。
今回の症例では,「低血糖」にまつわるエピソードの詳細に耳を傾けることで,薬物療法のリスクに過剰に反応する患者心理を理解することができ,その上で行う提案が生きてくるのです。十分に話を聴いてもらう前にこの提案が行われると,どんなにすばらしい提案でも相手に響かないものなのです。
ポイント
(1) 医師側から説明をする場面(患者教育)では,LEARNのアプローチが基本姿勢。
(2) 相手のストライクゾーンの見極めを行った上でこちらのボールを投げるイメージが重要。
イマイチ 今日のつぶやき難しそうな患者さんほどListenに時間をかけて,ストライクゾーンをしっかり見極める必要があるのか……。これなら僕の投げる,ゆっくりしたボールでもちゃんと患者さんに響くかもしれないな! |
(つづく)
参考文献
1)松下明.薬を飲みたがらない患者への対応について教えてください.治療(増刊号).2002 ; 84 : 1042-3.
2)Berlin EA, et al. A teaching framework for cross-cultural health care : application in family practice. West J Med. 1983 ; 139(6) : 934-8.
3)津田司監訳.困ったときに役立つ医療面接法ガイド.MEDSI. 2001.
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
-
連載 2010.09.06
最新の記事
-
対談・座談会 2024.10.08
-
対談・座談会 2024.10.08
-
神経病理の未来はどこへ向かうのか?
脳神経内科医と病理医の有機的なコラボレーションをめざして対談・座談会 2024.10.08
-
インタビュー 2024.10.08
-
寄稿 2024.10.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。