医学界新聞

連載

2010.04.05

論文解釈のピットフォール

第13回
二重盲検法でなければならない臨床試験とは

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


 前回は,客観性に劣るエンドポイントを用いたとき,二重盲検法が採用されていなかったり,割り付けの隠匿が不適切であった場合,薬剤によるリスク減少を過大評価してしまう可能性があることをお話ししました。すべての臨床試験が,デザインの影響を受けにくい「死亡」で評価されるわけではないので,二重盲検法の採用が結果の信頼性を高めることは明らかですね。

 日本からもいくつかの臨床試験の結果が報告されるようになり,昨年10月の日本高血圧学会,今年3月の日本循環器学会では,臨床研究,臨床試験のあり方が議論されました。このような場で必ず取り上げられるのが,二重盲検法の問題です。すなわち,「日本では二重盲検法を実施することが困難なので,質の高い臨床試験を実施しにくい」「二重盲検法の実施こそ研究の質を上げるのに,なぜ二重盲検法が実施できないのか」などの議論です。これは正論ですが,二重盲検法の採用ですべてが解決するわけではありません。前回少し述べたように,二重盲検法が必須である研究もありますが,採用できない試験も存在するし,二重盲検法以外にも信頼性の高い結果を得るためにしなければいけないことはたくさんあるのです。

Efficacyを厳密に評価するには

 盲検法が初めて採用された研究は,18世紀にまでさかのぼります。18世紀後半,オーストリアの医師,メスメルによる“動物磁気”療法が流行しました。これを1784年に,ルイ16世に任命された調査委員会が患者に目隠しをすることによって評価し,インチキであることを証明したのです。また,初めてのプラセボ対照研究は,イギリスの医師,ヘイガースによる医療機器(トラクターという針のようなもので鎮痛作用があるとされた)の偽物をプラセボとして,鎮痛作用を評価した1800年の研究です。その後,ホメオパシーの研究などを経て,薬剤を使用していることを患者が知ることにより生じるバイアスを減らすために,プラセボは多くの臨床試験で用いられるようになりました。1948年に登場するランダム化比較試験(RCT)よりも,ずっと長い歴史を有しているのです。

 このような背景から,薬の治験では基本的に二重盲検法が採用されます。これは,薬の承認に際しては,薬としての効能(efficacy)を厳密に証明しなければならないからです。efficacyの評価のためには,二重盲検法による観察バイアス,その他の患者が知ることにより生じるバイアスの除去以外に薬の効き目に影響すると思われる因子の除去(併用薬,併用禁止薬等の厳密な設定,通院頻度などを含む医療行為の設定)も行われます。

 患者の選択も重要で,一つは安全性の見地から,もう一つはefficacyをなるべくはっきりと証明するために,多くの患者選択基準,除外基準が設けられています。研究計画書には,これまでの非臨床試験や早期臨床試験の結果,現在の試験に至った経緯,現試験計画の妥当性などが記載されています。試験手続きに関しても,「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP省令)により定められており,治験審査委員会(IRB)の審査,モニタリング,有害事象報告などに辟易した経験のある方も多いと思います。

 日本では,いささかoverquality,overregulationの感もぬぐえませんが,これらは基本的に厳密かつ安全に薬のefficacyを評価する上で必要なことなのです。このようなefficacy評価型の試験は,薬剤が基礎的な生命科学研究,非臨床試験などを経て,ヒトにおける有効性・安全性を評価する際に絶対必要です。ただし,二重盲検法もあくまでも研究デザイン上の必須の要素の一つで,ほかにもやらなければならないことがたくさんあります。言葉を変えれば,質の高い(得られる結果の内的妥当性,つまり信頼性が高い)臨床試験を実施しようとすれば,治験で用いられている研究デザインや実施体制を用いればよいことになります。しかし,臨床試験は必ずしも新薬や適応外使用の薬剤についてだけ行われるわけではありません。

Effectiveness評価の必要性と用いられるデザイン

 既にある程度の安全性や有効性は証明されていても,診療におけるその薬剤の使用法などはまだまだわからないことが多くあります。例えば,血圧やコレステロール,血糖がある薬剤で下がることは証明されていても,どのくらい下げれば最も予後を改善するのか,薬の組み合わせはどうか,さまざまな合併症のある患者さんにも使用できて効果があるのかなどは,治験ではわかりません。

 また,治験のようなある意味非常に実験的な環境における臨床試験の結果は,実際の患者さんには適用しにくいことが多いはずです。連載第4回(第2837号)でも,スピロノラクトンの心不全患者における“治験”で得られた安全性(高カリウム血症の頻度)が現実の心不全診療には当てはまらないことをお話ししたと思います。図は,連載第5回(2841号)でも掲載したものです。すなわち,薬剤が開発され,薬剤そのもののefficacyを評価する治験を実施したのち,先述したようなその薬剤を使用した治療法の効果(effectiveness)をより広範囲の患者で,現実の診療(医療環境や併用薬など)において評価する必要があるのです。

 それぞれの研究の役割

 表に,efficacyを評価する研究とeffectivenessを評価する研究の特徴についてまとめました。これも連載第5回で紹介しましたが,β遮断薬は1980年代のいわば治験としてのRCTでefficacyが評価されました。しかし,現実の診療では合併症を持つ患者や高齢者には十分に使用されているとは言えませんでした。それが,1998年に発表された観察研究の結果でeffectivenessが評価され,広い範囲の患者で有効であることが証明されたのです1)

 薬のefficacy(効能)を評価する試験と治療法のeffictiveness(効果)を評価する試験は異なる

 「現実の診療において評価する」ためには,ある意味で治験での実験的な環境,研究計画では無理があります。先ほど,二重盲検法を採用する理由の一つとして,その薬剤の服用を患者が知ることによるさまざまな影響を排除することを挙げましたが,逆に,実際の診療では,知っていることで付随的に発生する医療行為もその薬剤を使用した治療法に含まれます。それらの総合的なeffectivenessを評価する研究も必要なのです。

 したがって,この段階では必ずしもRCTでなければならないわけではなく,観察研究でも可能です。RCTを行うにしても,外科的な治療と薬物治療の比較試験,厳格な血圧2)や血糖コントロール3)を評価した試験,比較的新しい降圧薬とこれまでの降圧薬を比較するような試験などでは二重盲検法は使用できませんね。

 次回は,具体的な研究の例を挙げて説明します。

つづく

参考文献
1)Gottlieb SS, et al. Effect of beta‐blockade on mortality among high‐risk and low‐risk patients after myocardial infarction. N Engl J Med. 1998 ; 339(8): 489-97.
2)Hansson L, et al; HOT Study Group. Effects of intensive blood-pressure lowering and low-dose aspirin in patients with hypertension: principal results of the Hypertension Optimal Treatment (HOT) randomised trial. Lancet. 1998 ; 351(9118): 1755-62.
3)UK Prospective Diabetes Study (UKPDS). VIII. Study design, progress and performance. Diabetologia. 1991 ; 34(12): 877-90.
4)Dahlöf B, et al; ASCOT Investigators. Prevention of cardiovascular events with an antihypertensive regimen of amlodipine adding perindopril as required versus atenolol adding bendroflumethiazide as required, in the Anglo-Scandinavian Cardiac Outcomes Trial-Blood Pressure Lowering Arm (ASCOT-BPLA): a multicentre randomised controlled trial.Lancet. 2005 ; 366(9489): 895-906.

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