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  • 必要な医療を,患者に届けるために[事例検討・3]高齢者看護施設における漢方介護の実際(牛島嘉代,犬塚央,田原英一,三潴忠道)

医学界新聞

連載

2010.03.22

漢方ナーシング

第12回

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

必要な医療を,患者に届けるために
[事例検討・3]
高齢者看護施設における漢方介護の実際

牛島嘉代(ベターライフ・ノア21 看護主任)
犬塚央/田原英一/三潴忠道(飯塚病院漢方診療科)


前回よりつづく

老人ホームでの漢方臨床

 介護付有料老人ホーム「ベターライフ・ノア21」では週に2回,飯塚病院漢方診療科の医師に健康管理(往診)を依頼している。現在男性9名,女性33名の計42名が入所中であり,42名中40名が漢方薬を内服している。平均年齢は86.1歳で,自立から要介護度5まで入居者の状態は多種多様であり,平均要介護度は3.38となっている。

 入居者に安心,安全な生活を送ってもらうため,看護・介護スタッフはいろいろな工夫と観察のアンテナを張っている。当然,一人ひとりの状態に応じて援助内容も変わり,漢方薬の内服時間や量を変えたり,嚥下の悪い方にはトロミ剤も加えて処方し,内服しやすい状態にするなど注意している。医師の定期往診時には状態を報告し,少しでも快適に生活してもらえるよう,処方薬の変更も必要に応じて行われている。

 とはいえ,入居者の発熱・嘔吐等は日常茶飯事である。日中の外来診療時間内であれば医師への診察依頼や相談が可能だが,診療時間に合わせて高齢者が体調を崩すようなことはまれで,実際は,特に19時以降,発熱や嘔吐等の不調を呈することが多い。医師は常駐していないため,連絡が取りにくい場合を考えあらかじめ想定可能な範囲の「服薬指示書」(図)の用意をお願いし,ホームのスタッフだけである程度の対応が可能になるよう準備している。ただしその際,看護・介護者は症状をきちんと把握し,状態が緊急性のあるものか,あるいはホーム内で対応できるものか,判断することが求められる。

 「服薬指示書」による漢方方剤選択の流れ
  (上:急性期・嘔吐下痢症指示書,下:急性期・発熱指示書)

 入居者が体調を崩し,飯塚病院の救急外来を受診することもしばしばあるが,救急外来の待ち時間の長さに疲弊し,診察を受ける前にホームに帰りたいと懇願されることが多い。そこで当ホームでは,緊急時に救急外来への搬送を希望するかどうか,入居時に本人および家族に対して意向調査を行っている。なるべくホーム内での対応を希望する入居者のためにも,医師による発熱・下痢・嘔吐に関する指示書が重要になってくるのである。

五感を用いた漢方の看護と介護

 服薬指示書に従い,入居者に漢方薬を内服してもらうこともしばしばある。夜間の内服のほか,介護職員による十分な水分補給等も合わせて,発熱・下痢・嘔吐による脱水の緩和に努めている。医師には翌朝あらためて報告し,受診や検査,および内服薬についての指示を受けている。

 ただ,指示書どおりにすべてがうまく運ぶとは限らず,いろいろと試行錯誤することもある。例えば,指示書において口渇や悪寒,汗などは重要な観察点になるが,認知症などにより,自覚症状を認識しはっきりと表現することが困難な方も多い。そこで,悪寒は布団の掛け方や身体の震えなどで判断し,口渇は水分の取り方などで推察する。また,汗についても入居者の身体や首回りなどに触れ,湿り具合を感じ取るといった,まさに「目と手」を使った看護・介護が必要となる。その点で漢方にかかわる看護および介護者は,抽象的な表現ではあるが,感性の鋭さが強く要求されるように思う。それは同時に,五感を的確に用いればある程度までの対応が可能であることも意味している。

 発熱に関しては,漢方薬で36℃台まで解熱するのは難しい場合もあるが,急激な解熱による脱力感を与えず穏やかに熱を下げていくため,高齢者は疲労を感じにくく,食欲低下を来すことも少ないと思われる。当ホームでは以前より漢方診療科の医師が健康管理を行ってきたため,長年働くスタッフは,“緩やか”な解熱を当たり前のように感じていたが,他の老人ホームから当ホームに移ってきた看護師は「西洋薬だけを内服している高齢者よりも,漢方薬を内服している高齢者のほうが,体調の急激な悪化が起こりにくい」と感じられるとのことだ。

症例提示

 通常の漢方治療を行った中から,1例を紹介する。

症例:87歳女性,認知症。

経過

18:00
夕食8割摂取。夕食後歯磨きの際,体熱感があるのに気付く。

18:30
体温38.2℃,脈拍105回/分,血圧221/116mmHg,SpO298%,悪寒(+) 
ベッドに横になりたいとの訴えあり。

19:00
体温39.0℃,頭痛(+),呻吟(+)
悪寒激しく内服不能,電気毛布で保温し様子観察。

20:00
体温39.9℃,脈拍112回/分,血圧171/102mmHg,SpO295%,脈浮緊,自汗(-) 麻黄湯エキス2.5g内服

21:00
顔面に発汗(+)

23:30
体温37.5℃,体熱感(+),発汗(+),頭痛(+)
麻黄湯エキス2.5g内服

2:30
体温37.5℃,血圧154/93mmHg,SpO298%,発汗(+)
麻黄湯エキス2.5g内服

2:30-6:00
ぐっすり入眠

6:00
体温37.2℃,脈拍69回/分,血圧121/75mmHg,SpO297%

8:30
脈浮緩 桂麻各半湯(桂枝湯エキス2.5g+麻黄湯エキス2.5g)内服

9:30
体温36.6℃,脈拍63回/分,血圧136/70mmHg,SpO296%,肺雑音(+)

11:00
WBC2万5000/mm3,CRP3.1mg/dL
漢方診療科受診。胸部X線異常なし。
発熱の原因は特定できなかったが,その後は解熱し再発はなかった。

 10年以上老人ホームの生活援助を行い,高齢者を看取りつつ常に考えてきたのは,過剰と思えるほど十分な医療の中で迎える死と,ホームで好きなことをしながら家族や看護・介護者の見守る中で迎える死,どちらが入居者本人にとって価値ある生,そして価値ある死なのか,ということである。その点で,疲労が少なく“緩やか”な病状進行(≒老衰)が進む漢方医学的な治療には,大きな意義があるのではないかと考えている。

まとめ――漢方専門医より

 この老人ホームは,当科の医師2名が嘱託医となって日ごろの健康管理を行っており,煎じ薬を含めた漢方治療に対応しています。入居者のほとんどが普段から漢方薬を服用しており,そのせいか元気な方が多く発熱などのトラブルも少ないようです。

 看護師には,定期的に漢方医学的な観察ポイントや脈診などを指導しており,急な発熱時には医師が作成した「服薬指示書」に従ってすぐに漢方薬が投与できる仕組みにしています。ちょっとした風邪や尿路感染なら漢方治療でよくなってしまうことも多々あります。ノロウイルス感染症が流行した2005年度の冬は,入居者50名中21名が発症しましたが,20名に「黄芩湯」を投与したところ,11名が投与3回以内に症状が消失または寛解し(うち5名は1回のみ),入院治療を要した方はいませんでした。急性期の漢方治療は,早く始めるほど治りが早く重症化も少ないようです。

 ただし,高齢者では病態が急速に悪化することがあるため,治療開始後も注意して経過を観察する必要があります。例えば,先ほどの「黄芩湯」は,陽実証(闘病反応が旺盛で熱が主体)の病態に用いますが,もし手足が冷たい,脈が弱い,便臭がないなどの徴候があれば,陰証(寒が主体の病態)に落ち込んでいる可能性も考えなければなりません。入居者の多くは認知症で症状を訴えられないため,診察は主に他覚所見に頼らざるを得ませんが,スタッフが顔色,表情,行動,飲食などからさまざまな情報を集めてくれるので,治療上不自由を感じることはあまりありません。漢方による診察は五感が中心ですので,そうした情報は大いに役立つと考えています。

つづく

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