大村健二氏に聞く
インタビュー
2010.03.08
【interview】
大村健二氏(厚生連高岡病院外科診療部長)に聞く
今こそ学ぼう!!栄養管理
NST(栄養サポートチーム)活動の普及に伴い,栄養管理の重要性が広く認識されるようになった。一方で,わが国の医学教育において栄養学が軽視されてきた経緯もあり,栄養管理に関する誤った知識が臨床現場に流布しているのが現状だ。
不適切な栄養管理は時に重篤な転帰をまねく。ナースと共にベッドサイドケアの主役である研修医には,栄養管理に関する正しい知識を身につけることが求められる。このたび『栄養塾――症例で学ぶクリニカルパール』(医学書院)を上梓した大村健二氏に,栄養管理のピットフォールや医師の役割について話を聞いた。
――卒前・卒後における臨床栄養教育の現状をどうお考えですか。
大村 わが国の医学教育において栄養学の教育が不十分であることは否めません。医学部では栄養学の講義はほとんど行われません。臨床の講義は疾患の診断や治療の話ばかりです。米国と日本とで内科や外科の教科書を比べてみても,日本は栄養に割かれるページ数が少なく,卒前教育が遅れているのは明らかです。
こうして医学生時代には栄養学という学問に触れることのないまま卒業し,臨床現場では指導医が自己流の“栄養管理らしきもの”を研修医に教えているわけです。
「考えない」栄養管理
大村 米国では,1970年代にNSTが誕生し,栄養管理が術後合併症の予防や入院期間の短縮などさまざまな効果をもたらすことが明らかになりました。臨床医もNST活動を通じて,栄養の重要性を認識してきました。
しかし,チーム医療の普及が遅れた日本では「栄養指導は栄養士の役目」という認識から,医師が臨床栄養の知識を深める努力を怠ってきた面があります。
――ようやく日本でもNST活動が普及し,さまざまなタイプの栄養剤が市販されるなど,栄養管理を適切に行うための条件は整ってきました。
大村 ただそれによって,便利だけれども考えずに済んでしまう状況になってしまったのかもしれません。高カロリー輸液用基本液や病態別アミノ酸製剤がなかった時代には,三大栄養素や微量栄養素の必要量を主治医が考えて輸液を処方していました。そこでは,栄養管理に対する最低限の知識が必要とされるわけです。
しかしTPN(完全静脈栄養)が全盛期を迎えた1980年代以降は,高カロリー輸液用基本液を投与すればあたかも最適の栄養管理が行われるような錯覚に陥り,栄養管理を学ぶ機会がさらに乏しくなってしまいました。
――栄養剤の不適切な使用例を挙げていただけますか。
大村 栄養剤,特に静脈栄養剤は1袋の容量が大きく,1000,1500,2000mL……と非連続的な投与量となっています。ほとんどの臨床現場では,「成人には1000mL製剤を1日2パック」など,この非連続的な投与量のパックをすべて使い切る方法で投与されているのが現状です。しかし,同じ成人でも体重30kg台の高齢女性から90kg台の若い男性までいて,本来は一律に1日2パックでよいわけがないのです。
――使い切ろうとするからいけないのですね。
大村 そうです。必要なぶんだけ入れて,余ったものは廃棄すればいい。人間の体には栄養摂取に関して精緻な調節機構があり,体重はほぼ一定に保たれます。TPNや経管栄養はその調節能を無視した強制栄養であることを肝に銘じる必要があります。許容範囲を超えた大雑把な輸液を「栄養管理」と呼ぶことはできませんね。
――経腸栄養剤も不適切な使用例が見受けられますか。
大村 静脈栄養剤に比べると経腸栄養剤は1パックごとの容量が少ないので,過剰投与の危険性は少ないかもしれません。ただ経腸栄養剤は微量元素が十分に入っていなかったり,塩分の含有量が少なかったりします。このような組成を理解せず栄養プラニングを行うことによって,低ナトリウム血症などの医原性トラブルに発展することも珍しくありません。
ですから,静脈栄養にしろ経腸栄養にしろ,その組成をきちんと理解し,個々の症例の至適栄養投与量を念頭に置いて栄養管理計画を作成し,開始後はしっかりモニタリングすることが大切なのです。
「透析患者に腎不全用輸液製剤とアミノ酸製剤」でいいのか
――特殊病態用栄養剤もさまざまなものが市販されていますが,『栄養塾』においてはその安易な使用が重篤な結果をまねく症例が提示されています(表1)。
表1 病名にしたがって機械的に特殊病態用栄養剤を用いたことで,低リン血症による乳酸アシドーシスに陥った一例 | |
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『栄養塾』216頁~「特殊病態用栄養製剤のピットフォール」より一部改変 |
大村 この症例では,「腎不全」という診断名にしたがって機械的に腎不全用の高カロリー輸液用基本液とアミノ酸製剤が使用されました。実はその選択に大きな間違いがあったのです。
まず,腎不全用の高カロリー輸液用基本液は,腎機能の低下による高カリウム血症や高リン血症を防ぐため,カリウムとリンを含んでいません。しかし,この症例では週3回の血液透析によって腎臓の機能が代償されているわけですから,リンの排泄も適切に行われています。それにもかかわらず,腎不全用の高カロリー輸液用基本液がリンの添加なしに用いられ,(リンを多く含む)脂肪乳剤も用いられなかった。これでは,まったくリンが投与されないことになります。
――特殊なTPN組成の意図と適応を考慮せずに,「腎不全だから腎不全用の輸液製剤」としたところにピットフォールがあるのですね。
大村 その通りです。そしてまた,高リン血症を恐れて,腎不全患者に乳脂肪剤をいっさい用いない医師が現実にかなりいます。脂肪乳剤を投与せずに大量のブドウ糖だけで必要エネルギー量を補おうとすると,当然のごとく高血糖になる。それに対してインスリンを使うことによって,細胞内にグルコースとともにリンが取り込まれてしまう。低リン血症に拍車がかかるわけです。
――悪循環ですね。誰も気付かぬまま,このような不幸な転帰をたどる例があるのかもしれません。
大村 低リン血症は短時間で死に至ってしまうこともある,非常に重篤な症状です。強制栄養の施行中に乳酸アシドーシスを認めたら低リン血症が頭に浮かぶかどうか。ここが勝負を分けるポイントです。研修医の方々には,ぜひこのことを頭に入れておいてもらいたいと思います。
――それともうひとつ,先ほどの症例には腎不全用のアミノ酸製剤が用いられています。
大村 これも不適切ですね。日本腎臓学会のガイドライン(「慢性腎臓病に対する食事療法基準」)では,透析前(ステージ5)では0.6-0.8g/kg/日の蛋白質摂取が推奨されていますが,透析療法中は1.0-1.2g/kg/日と,透析療法導入前後で大きく異なります。
しかし,透析患者に腎不全用アミノ酸製剤が使われていて栄養状態が悪化する例が,実際はかなりあると考えられます。腎不全という診断名がついていると,たとえ透析中であっても総合アミノ酸製剤の使用を認めない都道府県があるからです。
――都道府県が認めないのですか?
大村 都道府県の社会保険診療報酬支払基金が,レセプト審査で切ってしまうのです。実は石川県でも以前は切られていました。私は支払基金の勉強会で「同じ腎不全でも透析中の患者さんは全く違う。蛋白合成を促すために十分量のエネルギーとともに良質のアミノ酸を正常人よりもむしろたくさん投与しなければいけない」と説明しました。支払基金の先生方はとても勉強熱心で,その後は総合アミノ酸製剤の投与が認められるようになりました。ただ他県では,まだ切られているところもあるようです。
低栄養症例で注意したいrefeeding 症候群
――『栄養塾』ではそのほか,栄養管理のピットフォールとしてrefeeding 症候群に力点を置かれていますね。
大村 これまでの臨床栄養教育でウィークポイントになっているところには特に力を入れたつもりです。
Refeeding 症候群として近年特に問題となるのは,消化器癌手術後の症例,低栄養状態で保護された独居老人,神経性無食欲症症例などです。そういった極度の低栄養症例に対して,「なるべく早く栄養状態を改善したほうがいいだろう」と大量のエネルギーを投与しようとする医師がいます。しかしそうすると,低リン血症,低カリウム血症,低マグネシウム血症,浮腫などを来し,死亡することもまれではありません。
これを防ぐには,まずはrefeeding 症候群のリスクを有する症例を見極めること(表2)。それからリスクが高い症例では,ビタミンや電解質などの予防的投与を行い,初期投与エネルギー量を控えめに設定し,ゆっくりとステップアップしていくこと。さらに,栄養管理開始初期のモニタリングがとても重要です。
表2 Refeeding症候群を発症する高リスク症例を判定するNICEクライテリア | |
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National Institute for Health and Clinical Excellence: Nutrition support in adults. Clinical Guideline CG32 2006.より |
――NST活動の普及によって「栄養を入れる」意識は高まりつつありますが,「栄養を入れすぎる」過剰投与の害については認識が希薄なのではないでしょうか。
大村 そうですね。例えば,高度侵襲例では代謝亢進状態となり,消費エネルギー量は増加します。それをもとに求めた必要エネルギー量の算出式が成書には書いてあります。しかし実際には,代謝亢進と同時に耐糖能も低下している場合が多く,その通りに投与できることはほとんどありません。
侵襲から脱するまでは算出したものより少ない投与量で始め,その不足分は頭に入れつつ,侵襲から脱して耐糖能が正常化する状態をみて,やがて目標投与量にもっていく。こういう匙加減が必要なのですが,臨床現場ではそこまで教わっていない医師がほとんどです。術後のグルコース過剰投与もrefeeding 症候群も,過剰投与のリスクが広く認識されていない現状が背景にあるのだと思います。
――そのほか,臨床医の栄養管理に対する認識において,欠如している点は何でしょうか。
大村 「栄養管理は疾病の治療と平行して行う」という認識が欠如しています。病気が治って退院が近くなったら,「そろそろ栄養管理でもしてもらおうか」と,栄養管理を退院前の生活指導か何かと間違えている医師が多いんですね。
そうではなくて,疾病の治療と並行して栄養管理を行うべきなのです。例えば,急性腎炎症候群では蛋白制限が行われます。しかし,高度の蛋白制限をいたずらに長期間継続すれば,筋力が低下して褥瘡の発生リスクも高まります。これでは,臓器はよくなってもQOLを格段に低下させかねません。何のための医療なのか,わからないわけです。
――「栄養ケアなくしてリハなし。リハなくして栄養ケアなし」というクリニカルパール(『栄養塾』摂食・嚥下障害の項より)も,同じような考え方ですね。
大村 実際,低栄養状態の方にリハビリテーションを強いても,場合によってはかえって骨格筋の萎縮をまねきます。「栄養ケアなくしてリハなし」です。一方で,適切なリハビリテーションを行わずに栄養状態の改善を試みても,もっぱら体脂肪ばかりを増加させてインスリン抵抗性が増してしまう可能性がある。ADLやQOLもむしろ低下する恐れがあります。「リハなくして栄養ケアなし」です。栄養管理とリハビリテーションは不可分の関係にありますから,同時期にチームでアプローチする必要があるのです。
国試の勉強から患者さんのための勉強へ
――医学生のうちは,基礎医学の授業に価値を見いだせないまま終わることがあるようです。しかし例えば,臨床栄養においては,生化学の知識は重要ではないでしょうか。
大村 基礎医学で学んだことは,毎日の臨床行為の裏づけとなるものです。医学生はすばらしい基礎医学の授業を受けているのに,もったいないことですね。
生化学の知識が頭に入っていると,栄養管理に厚みが出てきます。抗癌薬でも糖尿病用薬でも,その薬理作用が頭に入っていると薬物治療のレベルがワンランクアップする。それと同じで,栄養に関しても糖質や脂質,アミノ酸代謝などの生化学的な知識を得ると,理解度が違ってきます。『栄養塾』では栄養管理に役立つ生化学に関する知識をピックアップした章を設けました。医学生時代に覚えた知識が頭に残っているうちに,少しずつ勉強してほしいですね。卒後十年も経てば,忘却の彼方ですから(笑)。
――臨床医としての勉強は,学生時代とはまた違ってきますね。
大村 私が臨床医として30年やってきて思うのは,医者は一生勉強だということです。いくら勉強してもまだまだ勉強すべきことは山ほどあって,しかも大学入試や国家試験に受かるための勉強とはぜんぜん違う。患者さんのために勉強して,知識を深めていく楽しさがあります。
特に栄養管理は研修医の腕の見せどころです。栄養を学ぶことによって,その楽しさがきっとわかってもらえると思います。
――ありがとうございました。
(了)
大村健二氏 1980年金沢大医学部卒。同第一外科(現心肺・総合外科)入局。以来,消化器外科を専攻しながら代謝・栄養の研究に従事。2002年には全国の大学病院に先駆けて全科型NSTを立ち上げた後,「石川NST研究会」「能登 NST研究会」の設立・運営に参画するなど,病院の枠を超えた活動にも尽力する。06年より金沢大病院内分泌・総合外科科長,臨床教授。08年より現職。日本静脈経腸栄養学会理事。同学会北陸支部会会長。専門は消化器外科学,代謝・栄養学,消化器癌の化学療法。編著に『身につく水・電解質と酸塩基平衡』(南江堂),『消化器癌化学療法』(南山堂)など。 |
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