古川壽亮氏に聞く
インタビュー
2010.02.15
【interview】
患者さんの考え方や行動の幅を広げる認知行動療法
古川壽亮氏(名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野教授)に聞く
ある出来事に対する人の反応は,1)発汗・動悸などの身体面,2)出来事をどう考えるかという認知,3)悲しい・楽しいなどの感情,4)行動,に現れる。このうち,本人が意識してある程度コントロールできるものが認知と行動であり,それらを変えることで身体面と感情面に生じている不具合を解消していこうとする治療法が認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy,CBT)である。
CBTは,その優れた治療効果などから,今あらためて医療者・患者双方の大きな注目を集めている。本紙では,CBTのエキスパートの一人である古川壽亮氏に,CBTが注目される理由と,今後の展開について話を聞いた。
――今,CBTに注目が集まっていますが,その要因は何でしょうか。
古川 1つは,CBTが,目標が明快で,基本的に短期間で行うことができる治療法だということです。また,実際にさまざまな精神疾患等に対するエビデンスがそろっており,治療効果の高さも知られています。当院では,2時間の集団CBTを週1回のペースで10-16回行っています。その結果,現在までに約300人の患者さんにかかわり,社会不安障害では約6割,パニック障害では約8割が改善しています。
また,薬物療法に比べて再発が少ないというのも魅力です。例えば不安障害では,急性期における治療効果は薬物療法もCBTも同程度ありますが,治療を中止あるいは中断した際の再発率は,CBTのほうが非常に低くなっています。また,うつ病に対しては治療を打ち切ったときにはどちらでも再発の可能性はかなり高くなってしまいますが,CBTのほうが再発を免れるケースが多いようです。薬物療法を用いずCBTを単独で行う場合のほかにも,薬との併用により大きな効果が上がることもわかっています。最近では,これらのメリットを知り,CBTによる治療を希望して来院される患者さんも増えてきています。
さらに,精神疾患の枠を超えて,その適応範囲を広げていることもCBTの注目すべきポイントでしょう。例えば,日々の生活上の行動パターンが疾病の大きな原因になっている,糖尿病や心筋梗塞などの生活習慣病に対してCBTを応用する試みが進んでいます。糖尿病で言いますと,食事のコントロールや運動の習慣化,服薬遵守について教育したり,それらを守るための工夫について患者さんとともに考える際に,CBTの手法を利用しています。
多くの先駆者との出会いの中で認知行動療法を学ぶ
――先生はどのようなきっかけでCBTの道に進まれたのですか。
古川 私が最初に赴任した豊橋市民病院はうつ病の患者さんが多く,難治性の方もたくさんいました。当時の私は精神分析など精神療法全般に興味があり,CBTと出合ったのもこの1990年代初期のころです。難治性のうつ病患者さんをCBTで治療することを試みていましたが,見よう見まねで実践していたため,あまり効果は上げられませんでした。
その後,難治性のうつ病患者さんがだんだん増えてくる中で,「私は,適切な治療を行えているのだろうか?」という疑問が大きくなっていきました。その答えを探す過程で出合ったのがEBMでした。集積された治療データを個人に応用して医療を組み立てるEBMに感銘を受けたのです。これを機に,1990年代の中ごろから後半にかけては,私はどちらかというとEBMの勉強に力を入れていました。
1999年に名古屋市立大学の教授に就任し,EBMを基本とする臨床の教室をめざして出発しました。そして,EBMが示唆する精神療法は何かと考えると,それがCBTだったのです。こうして私たちは,教室としてCBTに取り組む決意をしたものの,それを行える人はおらず,勉強法すらわかりませんでした。
模索を続けていた2000年に,英国の精神医学研究所(Institute of Psychiatry)のDavid Goldberg卿の定年退官の記念パーティでお話ししたのをきっかけに,オーストラリアのGavin Andrews先生(ニューサウスウェールズ大教授)のもとでCBTの研修を受けることができました。2001年6月から1か月間彼のもとに行き,社会不安障害とパニック障害に対するCBTを学びました。
さらに,当時は彼らが手掛けていた不安障害に対するCBTについての書籍『The Treatment of Anxiety Disorders――Clinician Guides and Patient Manuals(2nd ed)』(Cambridge University Press)がちょうど完成間近でした。この書籍は,教科書的な記述だけなく,治療者が患者さんとの面接に臨むためのマニュアルと,患者さんに手渡すマニュアルとがペアになっていて,非常に実践的なものでした。私はこれを日本に持ち帰って自分たちの臨床に役立てるとともに,翻訳・出版する許可をいただき,『不安障害の認知行動療法』シリーズ(全3巻,星和書店)として発行しました。こうして私たちは2001年から不安障害のCBTを始め,やがて治療効果も出てくるようになったのです。
――Judith Beck先生とかかわりが生まれたのも,このころでしたね。
古川 はい。パニック障害と社会不安障害に対するCBTを立ち上げた後は,今度はうつ病などの他疾患にもCBTを適応することをめざしていました。そんな折,CBT指導医育成のための研修プログラムをBeck InstituteのJudith Beck先生らが実施するという情報を耳にし,参加しました。
プログラムは6か月から成り,最初の3か月間は自分の症例のスーパービジョンを受けました。私のスーパーバイザーはフィラデルフィアのCory Newman先生で,患者さんとの面接を文章に起こして彼に送り,1週間後の面接までにインターネット電話でスーパービジョンをしていただきました。
後半の3か月間は,まさにCBT指導医育成のための内容でした。私の教室の若い先生が行ううつ病患者さんへの治療を私がスーパービジョンしたものに対してアドバイスを受けました。
それからこのプログラムでの,Judith Beck先生や,その父であるAaron Beck先生の,実際の患者さんを相手にした50分間の面接を映像化したDVDとの出合いも重要でした。「畳上の水練」という言葉がありますが,CBTでも,本を読んでいくら知識を得ても,それを実際に使えることとの間には,どうしても越えられない山があります。米国と異なり,日本にはCBTの手本を身を以て示してくれる方はまだあまり多くなかったので,このDVDはまさにそのお手本を見ることができる貴重なものだと思ったのです。そこで,私はこのDVDを翻訳し,日本で『DVD+BOOK Beck&Beckの認知行動療法ライブセッション』(医学書院)として発行しました。
それともう1つ,私のCBTの大きな源は,慢性うつ病に特化したCBTであるCBASP(Cognitive-Behavioral Analysis System of Psychotherapy;認知行動分析システム精神療法)との出合いです。この治療法を薬と組み合わせると非常に効果があるということを,2000年にJames McCullough先生らが発表しました(N Engl J Med. 2000 [PMID:10816183])。これに注目した私は,現・慶應大学教授の大野裕先生にご協力いただき,McCullough先生を日本に招いてワークショップを行いました。ワークショップは3日間の日程で開催され,合計で20人ほどが参加しました。さらにありがたいことに,私が慢性うつ病患者さんをCBASPで治療しているところ...
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