医学界新聞

対談・座談会

2010.02.01

【座談会】

心と身体をみる
“臨床中毒学”のススメ
坂本哲也氏
(帝京大学医学部救急医学講座主任教授)
黒川顯氏
(日本医科大学武蔵小杉病院院長日本中毒学会代表理事)=司会
上條吉人氏
(北里大学医学部救命救急医学講師)


 救急医療の現場には,さまざまな毒・薬物による中毒を発症した患者が搬送されてきます。自殺企図の患者も多いことから,多忙な現場においては敬遠されることも少なくありませんが,精神疾患患者や自殺者の増加が社会的な問題として取り上げられるなか,精神科的な視点も含めた急性中毒診療の必要性が叫ばれています。

 そこで本紙では,精神科医であり救急医という経歴を持つ上條吉人氏が『臨床中毒学』(医学書院)を上梓したのを機に,中毒学界を牽引し,臨床における豊かな経験を持った救急医による座談会を企画。患者のさまざまな症状から毒のメカニズムを解明していく中毒診療の醍醐味や,中毒診療をめぐる現在の課題について,お話しいただきました。


黒川 はじめに,お二人の中毒とのかかわりについて自己紹介をお願いします。

上條 私は大学を卒業後,精神科医を選択したのですが,医師になって5年目に,受け持っていた患者が院内で飛び降りるという経験をしました。その患者はすぐにERに運ばれたのですが,私には何もできませんでした。それを機に,精神科医であっても身体が診られなければいけないと思い,半年の予定で当院の救急へ研修に行きました。

 ところが,救急に入って驚いたのは,患者の10%以上が精神的な問題を持つ自殺企図者であることを含めて,救急には精神科にかかわる問題が山積しているということでした。そこで,相馬一亥先生(現・北里大教授)に「精神疾患を背景とした自殺企図の患者さんの身体を救いたい」と相談したところ,中毒を専門にしないかと言われ,血液浄化センターでの研修などを経て,中毒をサブスペシャリティとして今に至っています。

坂本 私は大学を卒業してすぐに,救急部へ入局しました。当時はまだ救急専門医の制度がなく,1年間の研修を終えると,2年目は救急に関連する専門分野のトレーニングに出るのが一般的で,私は脳神経外科を選択しました。

 中毒の患者を診るようになったのは,3年ほど研修した後に勤務した公立昭和病院の救命救急センターです。始めてみると,中毒診療はロジックの積み重ねで非常に面白い。救急のなかでも,中毒のように文献と首っ引きで治療するものはほかにありません。当時は中毒を専門にしている人がほとんどいなかったこともあり,頑張れば自分がこの分野のパイオニアになれるのではないかと思い,薬理学や生理学などを勉強しました。当時スタンダードとされていた『Poisoning & Drug Overdose』などで勉強するうちに,睡眠薬や向精神薬だけでなく,さまざまな毒に愛着が湧いてきて,どっぷり浸かってしまいました(笑)。

黒川 私は卒後5年間,心臓内科に勤務した後,1975年に都内3か所のうちのひとつとして開設された,本学の救急医療センター(現・救命救急センター)に出向しました。救急医療センターに来るのは外傷患者や焼身自殺をした熱傷患者など,それまで経験してきた心臓内科とはまったく異なっていて,非常に驚いた覚えがあります。ただ当時は,今のように中毒患者は多くなかった印象があります。

 その後,出向してきた多くの同僚が元の診療科に戻ったのですが,私はいろいろな分野の患者を診ることができる救急医療センターでの仕事に新鮮味を覚え,そのまま救急を専門にするようになりました。中毒には臨床医だけではなく法医学者,獣医学者,薬理学者,警察関係者など,多職種がかかわるので,異分野の方たちとの議論も非常に楽しいものです。

三次救急で増加する軽症の中毒患者

黒川 それではまず,中毒診療の現状についてお話しいただきます。先生方が日常診療をなさっていて,救急外来における中毒患者の割合はどのくらいですか。

上條 三次救急施設に救急車で搬送されてくる患者の10-20%が自殺企図者で,そのうちおよそ半数が薬物による中毒患者だと言われています。

坂本 本学は昨年5月,これまでの救命救急センターに加え,全診療科支援型のERと外傷センターを立ち上げました。それまでは三次救急のみだったので,一次・二次救急のなかで中毒患者がどのくらい占めるのかはわからなかったのですが,実際にERを開設して,二次救急の軽症中毒患者も非常に多いことがわかりました。

 特に最近の印象としては,以前と比較して,三次救急に該当しないような軽症の方が搬送困難として,三次救急に搬送されてきていると感じます。その理由として挙げられるのは,中毒診療を行う二次救急医療機関の減少です。中毒の診療報酬が非常に低いので赤字になってしまう,精神科的なことも含めて非常に労力がかかる,実際に患者とトラブルになることが多い,などの理由で敬遠されているようです。

黒川 東京消防庁が「薬剤50錠以上を服用したケースは三次救急に搬送する」というルールを決めていますよね。何を飲んだかではなく服用した錠数で判断するので,搬送基準としては明快でわかりやすいのですが,これも三次救急に搬送される中毒患者の増加の一因となっているかもしれません。

上條 三次救急に比較的軽症の中毒患者が増加している理由にはもう一つ,総合病院の精神科が不採算部門として次々に閉鎖されているという問題もあります。ですから,救急施設を持っていても,精神科のバックアップが得られないところが以前より増加しています。また,一般救急外来や当直の医師が中毒自体に詳しくないということも,中毒患者が敬遠される理由の一つだと思います。

黒川 そうですね。日本ではこれまで,どの診療科で中毒患者を診るのかが曖昧にされてきました。学生時代に学ぶ機会もほとんどなかったと思います。

坂本 米国では,中毒診療は内科学のなかの外因性疾患として,内科医が対応すべきとされています。『ハリソン内科学』や『ワシントンマニュアル』にも,中毒や薬物過剰服用,外因性疾患などの項目があり,ページ数を割いて詳細に解説しています。

 一方日本では,中毒患者を診る機会の多い救急医が経験的に診療を担ってきました。ただ,医師国家試験での出題数も多く,臨床研修制度の「経験すべき症状・病態・疾患」にも急性中毒が入っているので,医学教育では重視されている分野です。ですから,少なくとも睡眠薬や鎮静剤中毒に対する標準的な治療をきちんと行うことのできるような教育は必要です。

■推理小説を解くような面白さ

坂本 中毒は,疑わなければ気付かないし,頭に浮かばなければ鑑別診断に入りません。救急隊は現場で,精神科の通院歴がないか,周囲に薬が落ちていないか,最近死にたいと言っていなかったか,などの情報収集を必ず行います。それでも普通の内因性疾患のつもりで搬送されてきて,いろいろ調べた結果中毒だったということは少なくありません。

上條 種明かしをしたら中毒だったということはけっこう多いですね。

坂本 はい。例えば,意識障害の患者のなかには,脳卒中や糖尿病のような疾患の人もいますが,選択肢として必ず中毒を疑う必要があります。

 意識障害以外の症状でも,強心薬のジギタリスや降圧薬の中毒などによる不整脈は,臨床で出合う頻度が比較的高いです。少し変わったものでは,筋力低下で来院したため神経内科系の疾患を疑った患者が,実はボツリヌス中毒だったことがありました。

黒川 「常に中毒を念頭に置く」という考え方は,まだ意外に浸透していないのではないでしょうか。

坂本 そうですね。例えば青酸カリによる中毒症状の知識はあっても,患者の症状から見て,パッと青酸カリに思い当たるというのはけっこう難しいです。ですから,学生に中毒の講義を行うときには,意識障害でも高血圧でも,「これは,もしかしたら中毒によるものではないか」ということを念頭に置いて,その可能性を探るところから中毒学は始まるのだと話します。

黒川 経験を積んでいくと,症状やデータを絡めてわかるようになってきますから,バリエーションを知ることも非常に重要ですね。

上條氏が昨年秋に発見・撮影した猛毒のドクツルタケ
坂本 学会などの中毒のセッションでは,「こんな珍しい魚に噛まれた」とか「こんなキノコを食べた」という報告があって面白いですね。そういうものをずっと見ていると,「あれ? これはいつか見た症状に似ているな」と見当がつくようになります。

 もう一つ,私が面白いなと思ったのは,トキシドローム(Toxidrome:Toxic Syndrome)というものです註1)。例えば,「血圧が高い,意識がおかしい,暴れて痙攣を起こしている」という患者が来たら,私たちは「これは覚醒剤だな」と患者の症状から分類し,原因を推定して治療していくというアプローチをします。推理小説を解くようなところがあって,突き止めたときには「やった!」と思いますね(笑)。

上條 珍しい症例や新たな知見について,論理的にメカニズムを推理し,データで裏付け,まとめていく面白さがあって,本当にやりがいのある学問だと思います。

データベース構築と分析体制整備が喫緊の課題

黒川 では,現在の中毒診療の課題についてはどのようにお考えですか。

坂本 日本の中毒診療の弱点は,二つの点において分......

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