医学界新聞

2009.12.07

「答えのない問題」に向き合う
家庭医道場 医療系学生が地域医療を体験


 高知大学医学部では,阿波谷敏英氏(同大家庭医療学講座教授)を中心に,学生に家庭医療を体験してもらうことを目的として「家庭医道場」という1泊2日の研修を行っている。家庭医道場は2007年12月に第1回が開催され,現在では参加経験のある学生は未参加の学生のために参加を辞退するほどの人気を集めている。6回目となる今回の研修は高知県高岡郡梼原町で行われ,36人の医療系学生が参加した。本紙では,家庭医道場に同行取材を行い,家庭医道場のようすと,阿波谷氏の道場に込めた思いを聞いた。

家庭医道場の主な日程

1日目
・梼原町立国民健康保険梼原病院の的場俊氏による同町の地域医療レクチャー
・癌告知の是非とターミナル・ケアをめぐるBさんの体験談
・「高齢者介護受け入れ先」と「夫の家庭内暴力」をテーマとしたワークショップ 
・梼原町で医療・介護に携わる3人の講演会
2日目
・梼原町が開いた「けんこうの集い」に参加。「べっぴんさん体操」「ツボマッサージ」を行う。


 朝の医学部駐車場に,学生たちが続々と集まってきた。家庭医道場に参加する学生は,高知大学医学部の医学生,看護学生が多いが,家庭医道場の存在は県外の医療系学生にも知られるようになってきており,今回は徳島大学や愛媛大学から3人が参加した。

 学生を乗せたバスが動き出した。梼原町へは1時間30分ほどの道のり。車内では自己紹介が行われた。参加者は低学年から高学年まで幅広く,1人で参加する者もいる。新しい出会いは,家庭医道場の魅力の一つだと阿波谷氏は語る。他学年,他学科,他大の学生と知り合うことで,さまざまなものの考え方に触れ,刺激を受けることができる。

地域医療の実践例に触れる

 にぎやかな会話が絶えないまま,最初の目的地である梼原町立国民健康保険梼原病院へ到着。家庭医道場の最初の「稽古」は,梼原病院院長の的場俊氏による梼原町の地域医療についてのレクチャーだ。

 氏はまず,町の医療を概説。行政・福祉・医療が一体となった地域包括ケアシステムをとっていることや高齢化の進展につれて高齢者医療費が少しずつ増えてきていることなどを示した。また,梼原町のヘルスケアで特徴的な傾向として自殺者が多いことを挙げた。これは冬季には長い間雪に閉ざされることから,日照不足と閉塞感が人々の精神面に悪影響をもたらしているのではないかとのこと。町の人々の疾病傾向を知り,対策を練ることも地域医療の重要な役割だ。

 さらに,地域医療に対する声を紹介。まず示されたのが,同院で週1回診療のある整形外科と小児科をめぐる議論。「子どもを育てているので,週1では不安」「隣町まで行かねばならず,不便」「赤字になってでも設置すべき」などの常設を望む声がある一方で,「赤字になるなら我慢する」などの慎重な意見もあるという。医療に対する住民の要望は多種多様で,より多くの住民の声を反映することの難しさを語った。

 このあとも,「経験が浅い医師が多く,医師によって対応,治療法が違う」「すぐに町外の病院に紹介するのはやめてほしい」など,学生たちの気を引き締めさせるためか,あえて厳しい意見も紹介した。また,薬剤の処方では,かかりつけ医の苦労を明かした。「薬,飲みますか」と服用の意思確認を行って自己決定権を尊重すべき患者と,「このお薬を飲めばきっとよくなりますよ」と医師が安心感を与えながらリードしていくことを望む患者がいて,それぞれの患者の性格に合わせて診療を進めていることを明かした。

 的場氏は,これらの要望をかなえるために,今年の8月から各集落へ出向いて住民と語り合う座談会を行っていることを紹介し,講演を終えた。

癌告知せずに母の闘病を見守った家族の揺れる想い

写真1 Bさんは癌を患った母親に病状を告知することなく,在宅でその最期を看取った。学生は当時のことを語るBさんの思いを噛みしめながら耳を傾け,中には涙を流す学生もいた。
 2つ目の「稽古」では,阿波谷氏が主治医を務め,在宅で87歳で亡くなられた女性Aさんとその家族の生活について,Aさんの息子であるBさんの話を聞いた(写真1)。話はBさんが住職を務めるお寺で行われ,厳かな雰囲気が学生たちを包んだ。

 Aさんは当時87歳,腹部の張りと食欲低下を訴えて受診した。検査の結果,原発不明の消化器癌とそれにともなう癌性腹膜炎により,余命は2-3か月と診断された。Aさんは夫,Bさん一家と同居しており,Bさん夫妻には娘がいた。

 阿波谷氏は診断結果と余命をBさんに告げ,Aさん本人にも告知した上で緩和ケアを中心とした治療を行っていくことを提案した。しかし,Bさんは治療方針には同意したものの,Aさんとその夫への病状・余命の告知は行わないよう求めてきた。この背景には,Bさんの妹夫婦の告知しないことへの強い要望があった。治療は在宅で行われ,受診から4か月後にAさんは自宅で亡くなった。

 Bさんは告知することを望んでいたが,仕事で多忙であったBさんに代わってAさんをつきっきりで看病したBさんの妹が告知を拒んだため,言い出せなかったのだという。それでもAさんもやがて自分の病状を察し始め,亡くなる1か月前には死を意識していた。Bさんは告知すべきだったのではないかと今も悔やむことがあるが,病状を自覚し始めたAさんを前に病気を隠し続けた妹は,告知しなくてよかったと今も思っているそうだ。「どうすることが正しかったのかは今もわからないが,家が好きだった母を在宅で看取ってあげることができたことはよかった」とBさんは語った。

 話を聞きながら涙を流す学生もみられ,学生たちとBさんの間には言葉を超えた共感のようなものが生まれたようだ。以下に学生の感想を紹介する。

・患者さんのためを思っていることは同じでも意見が分かれていることに命の奥深さを感じた。告知の是非は一概には言えない。患者さんの周囲の方々の話を聞きながら,ベストな方法を一つひとつ考えていくしかないと思う。
・話しながら言葉に詰まっているBさんを見て,悲痛な思いが伝わってきた。質問を求められても,当時を思い出させてしまいそうで質問できなかった。

高度の介護を要する男性の施設探しに難航 対応策は?

写真2 地域ケアワークショップの一場面。老人医療と共に設定されたもう一つのテーマは「夫の家庭内暴力に遭う女性の救済」。第三者の介入で夫の暴力が悪化することが考えられ,議論は難航した。
 次は,病院に戻って地域ケアに関するワークショップ。地域医療の問題は,医学的知識によって対処できる問題ばかりではない。当事者の事情・希望を聞き,その家族と相談したり,必要な場合には保健・福祉のサービス・施設を利用したりしながら問題の解決にあたる必要がある。このワークショップでは,学生が6人のグループに分かれ,用意された2つの事例について対策を議論した(写真2)。ここでは,そのうちの1つを紹介する(【事例】を参照)。

 Cさんの肺炎罹患の防止には誤嚥を防ぐことが有効であることが学生に説明され,その方法として,次の二つの選択肢が示された。①気管切開をして前頸部に気管チューブを挿入することにより,気管と食道を分離する。②経管栄養を実施する。ただし,①では食事はできるものの声が出せなくなるなどのQOLの低下が避けられない。

事例
Cさんは91歳の男性。誤嚥性肺炎で入退院を繰り返しており,この半年間で3度目の入院。約10年前からアルツハイマー型認知症を患い,3年前から寝たきり生活をしている。肺炎に繰り返し罹ることは体力の低下につながり,これ以上の罹患は避けたい。
肺炎の治療をめざした入院に際し,同居している息子夫婦からは「入退院の繰り返しで介護を続けることはもう限界。ずっと入院するか施設へ預けることを希望する」との申し出があった。誤嚥性肺炎の再発を防ぎ,家族の負担を軽減できる施設を紹介する方法を考えたい。

 これに並行して,家族の要望についても考えなければならない。肺炎完治後も入院を続けることは困難なため,療養病床や特別養護老人ホームへの入所が考えられる。しかし,①では特別養護老人ホームや療養病床への受け入れが敬遠される。また最寄りの療養病床は45km離れていて,家族が行き来するにも負担が大きい。いかにして誤嚥性肺炎を防ぎ,Cさんと家族が安心できる生活の場を提供するかがポイントだ。

 問題提起を受けて,学生たちはディスカッションを始めた。Cさんの肺炎罹患防止を考えれば施設への入所などが有効だが,受け入れ先が見つかることは現実的にはあまり期待できない。「Cさんも家族と一緒に過ごしたいはず」と家族が離れて暮らすことのつらさに思いをめぐらせる学生もいた。「考えられる選択肢をすべて示した上で,家族で相談して決めてもらうしかない。私たちのサポートはそこから始まる」という結論に落ち着いた。その際,医療者は患者のケアにばかり集中しがちだが,看病している患者の家族へのケアにも注意を払うべきだと確認された。

 学生たちは根本的な解決策を見つけ出せなかった。実は,今回の家庭医道場の狙いはそこにあった。医療の世界には答えのない問題がたくさんあり,一通りの結論が出たとしてもそれが正しいとは確信できないことが多い。そういった問題の存在を知ることが今回の大きな目的の一つだと阿波谷氏は語る。

 ワークショップ終了後,宿に移動して食事をしながら,梼原町で医療・保健にかかわっている3人の話を聞いた。梼原町長の中越武義氏は,人々の暮らしにおける医療の重要性を行政を担う立場から語った。保健師の矢野恵氏は,地域における保健師の役割および医師との連携の重要性を強調。最後に,家族介護の最中あるいはその経験を持つ人々の集まりである「げらげら家族会」代表で保育士の掛橋培子氏は,認知症の母を働きながら介護したときの自身の苦労を語った。学生たちは皆,熱心に聞いていた。地域で今まさに医療に携っている人々の話には,強い説得力と貴重な学びがある。

 これで,初日の日程は終了。学生たちはBさんの経験談やワークショップのことを振り返りつつ,医療についての思いを語り合っていた。中には深夜まで語り合う学生もいたようだ。

住民の笑顔こそが,原動力

 2日目。この日,学生たちは梼原町の「けんこうの集い」へ参加。健康増進をめざした「べっぴんさん体操」のデモンストレーターと体のツボ押しのマッサージ班に分かれ,住民たちと直接触れ合う時間を過ごした。これが最後の「稽古」だ。

 まず,都竹茂樹氏(高知大医療学講座予防医学・地域医療学分野准教授)が,食事のとり方と健康についてレクチャー。医療者の仕事は,病院や往診時の診察だけではない。病気を予防し,健康を保つためのポイントを示すことも,重要な仕事の一つだと,都竹氏は語る。レクチャーが終わると,会場の住民の間に学生が入って,いよいよ交流の時間だ。当日行われたのはスロースクワット。椅子に座った状態からゆっくりと立ち上がっていく運動を繰り返すことで,足腰を鍛えることができる。学生たちは立ち上がるときの速さや足を開く角度を住民にアドバイスしたり,都竹氏の説明の補足を求められ,答えたりしていた(写真3)。

 「べっぴんさん体操」が終わると,今度はマッサージ班の出番だ(写真4)。マッサージ班の指導をしている淺羽宏一氏(高知大病院総合診療部講師)は,マッサージは地域医療に適していると語る。都市部から離れた地域では,十分な薬や高度な医療器具がない場合もある。そんなときこそ,さまざまな機能を手だけで整えることができるマッサージは効果を発揮する。体に直接触れることで生まれる信頼感も重要だ。

写真3(左) 「べっぴんさん体操」の一場面。緊張しながらも語り合うことで,住民と学生の距離は近づいていく。
写真4(右) ツボマッサージの一場面。肌を通じて伝わる真剣な思いが,体の痛みを癒していく

 学生たちは,住民たちの肩こりなどの悩みを聞きながら,熱心にマッサージしていた。気持ちよさそうな笑顔を浮かべる住民たちのようすをみて,学生たちもやりがいを感じていたようであった。学生に感想を聞いてみると,「昨日は地域医療の難しさを知って肩に力が入ってしまっていたが,今日こうして実際に住民と触れ合ってみると,大きな達成感があった」と,笑顔で話してくれた。

 最後に,学生に家庭医道場の魅力について尋ねてみた。「私たちは,普段は大学の授業で精一杯の日々を過ごしている。そうすると,医療者としての心構えや患者さんとその家族への思いやりの心,手と手を取り合って感じあうことの大切さといったものは,頭の片隅に追いやられてしまいがちだ。家庭医道場は,そういう医療者ならば誰もが心に刻んでおくべきものを思い出させてくれる場所だと思う」。家庭医道場には,あらゆる分野へ進む医療者に共有されるべき医療の極意がある。

 次回は,来年4月の開催を予定している。他大の学生も受け入れているので,ぜひ参加してみてはいかがだろうか。

高知大学医学部家庭医療学講座

専門医をめざす人こそ,家庭医療を体験しよう
阿波谷敏英氏(高知大学医学部家庭医療学講座教授)に聞く


――家庭医道場で学生に伝えたいこととは何でしょうか?

阿波谷 医療系学生として学ぶべきことの中には答えがないものがあるということと,それらとの向き合い方です。学生たちが大学での日ごろの授業で学んでいるものは,論理的な裏づけがあって,誰が考えても同じ答えが導かれる性質の学びです。こういった学びは国家試験の問題として出題され,学生は熱心に勉強します。しかし,実際に医療の現場で起こっている問題は,答えのあるものばかりではありません。

――家庭医療には,そういった問題がたくさんあるということですね。

阿波谷 はい。家庭医には地域において期待されるさまざまな役割があり,遭遇する問題の中には答えのないものもあります。今回,学生さんが議論した家庭内暴力やターミナルケア,地域ケアなどがその一例ですが,そういう問題の存在を示すためには,実際の現場でじっくり考えることが有効であると考えたのです。

 地域医療の崩壊を例に挙げましょう。マスコミが盛んにこの問題を報じていますが,本当の問題点はインターネットや新聞の記事を読んでいるだけでは見えてきません。自分の五感で感じることで初めてわかることがあります。現場を実体験することで,学生さんたちの気持ちにも変化が生まれてくることでしょう。それは短期的には,勉強のモチベーションアップであり,長期的には将来の進路にかかわってくる人が出てくるかもしれないですね。

――最後に読者にメッセージをお願いします。

阿波谷 患者さんを診ているときに,同時に患者さんの地域での暮らしを想像できるような医療者になってほしいですね。地域の人々は医療に対してどんなイメージや要望を抱えているのかを知ると,本当の意味での患者さんのためになる医療を実践できるようになると思います。その意味でも,家庭医療から学ぶものは多いはずです。将来,家庭医療やプライマリ・ケアとは異なる分野へ進もうとしている方にはなおさら,家庭医療に触れてみることをお勧めします。


阿波谷敏英氏
1990年自治医大卒。高知県立中央病院で初期臨床研修の後,大月町国民健康保険大月病院,梼原町立国民健康保険梼原病院院長兼梼原町保健福祉支援センター所長,高知県・高知市病院企業団高知医療センター総合診療部長などを経て,2007年より現職。日本プライマリ・ケア学会認定医,日本プライマリ・ケア学会研修指導医。

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