医学界新聞

対談・座談会

2009.12.07

【座談会】
身体診察の「足し算」を始めよう
須藤博氏(大船中央病院総合内科部長)[司会]
川島篤志氏(市立福知山市民病院総合内科医長)
錦織宏氏(東京大学医学教育国際協力 研究センター講師)


 頭のてっぺんからつま先まで診られる医師になろう。身体診察は「足し算」のスキル。正常所見も含めてサボらず取っていけば,そのうち実力がつく。鑑別診断に役立ち,患者さんとの距離も近くなる。

 一例一例を大事に,賢く経験を積もう。やがて検査をオーダーできない環境でも,「手を診て20の病気がわかる」ようになるかもしれない。

 卒前・卒後で身体診察の教育を受けていない? ならば,身体診察のエキスパートの声に耳を傾けよう。勉強が面白くなりすぎて,「病人を診て面白いとは何ごとか!」と小言を言われる日が来るかもしれないけれど……。


Head to toeアプローチの文化

須藤 最初に,3人が身体診察を学んだ経験から話を始めたいと思います。

川島 私が身体診察の重要性に気づいたのは研修を始めてからです。1年目は大学病院で研修したのですが,身体診察で項部硬直を認めたにもかかわらず誰もフォローしてくれない。不明熱の患者さんに対して体表リンパ節を探しにいかない。検査偏重で,身体所見が議論される環境ではありませんでした。

 2年目から市立舞鶴市民病院で研修して,そこで初めて「鑑別診断」という言葉を知りました。日々の回診で病歴や身体所見についてディスカッションし,入院患者さんの経過をみることが「文化」として根付いた環境の中で育ちました。

 前任の市立堺病院や現在の福知山市民病院では指導する立場ですが,研修医には「若いうちはサボらず,すべての入院患者さんの身体所見を,正常所見も含めて愚直に取ることが大事」と言い続けています。

錦織 私が学生のときも,やはり身体診察はしっかりとは教わらなかったですね。卒後は私も市立舞鶴市民病院で研修を受けたのですが,そこでHead to toe,つまり「頭のてっぺんからつま先までひと通りの身体診察をしなさい」という教育を受けて,年間入院患者約200人の身体所見を文字通りHead to toeで取っていました。

 最初は1人の診察に1時間半かかっていました。単に診察が下手で要領が悪かったのですが,なぜだか患者さんには「こんなに丁寧に診察してもらったのは初めてです」と感謝されたのをよく覚えています。

 今は医学生に身体診察を教える立場にありますが,診断に役立つのはもちろんのこと,良好な医師患者関係の構築に役立つという点も学生たちに伝えたいと思って取り組んでいます。

須藤 私が研修を始めた病院は米国帰りの指導医が多かったこともあり,やはり身体診察は重視されていました。例えば,直腸診をやらずに腹痛患者のコンサルテーションをすると烈火のごとく怒られるような文化です。ただ,当時はそれほど熱心に身体診察の勉強をしたわけではありません。

 契機となったのは,「On bedside teaching」という有名なエッセイ(LaCombe MA. On bedside teaching. Ann Intern Med. 1997.126(3):217-20.)です。これは優れた臨床教育者によるベッドサイド教育の心得なのですが,初めて読んだとき非常に感動しました。そのエッセイの最後には「観察することを教えなさい。ウィリアム・オスラーをはじめとする教育者はみんなやってきた。だから君もやるのだ」といった意味のことが書いてあって,それを読んで「私もやるべきだ」と,教科書を買いこんで勉強し直したのです。

 もうひとつの契機は,東海大にいたころの,パキスタン人医師との出会いです。「手を診て20の病気がわかる」と言われてとても驚いたのを覚えています。彼とは1年一緒に働いて,いろんなことを学びました。

将来を見据えた「足し算」

須藤 身体診察の勉強を始めるとすごく面白い。面白くてのめり込んで,ちょっと趣味みたいになってきたところがありますね(笑)。特によいのは,身体診察は一生「足し算」のスキルだという点です。私ぐらいの年齢になると,自分で手技をやる機会は少なくなって,そのうち下手になっていつか若い医師に抜かれます。ところが,身体診察のスキルは決して抜かれることはない。

川島 ベテランになるほど経験が加わりますからね。それに,医療機器はどんどん進化するので知識や技術をその都度アップデートしなければなりませんが,身体診察は変わりません。エビデンスの集積はあるにせよ,5年後に心音のⅤ音ができることは絶対にない(笑)。一朝一夕に身につくものではないですが,身体診察スキルは一生使える武器になります。

錦織 経験を積むほどバリエーションを知る,いわば「果てしない旅」ですよね。

須藤 同感です。はるか彼方には「診断の神様」として有名なティアニー先生や,100年前のオスラー先生がいるわけです。自分もそういった偉大な医師をめざして,少しずつでも「足し算」を続けていけるのがいいですね。

川島 医学生・研修医には,身体診察を学ぶ面白さに加えて,その重要性も理解してもらいたいと思います。検査主体の環境を出て一般診療所などで働くときに,検査なしで診断・重症度判定に迫れるかどうか。そういったスキルの「足し算」が何点あるのか。若いうちから意識しておく必要があります。

須藤 それは現場に出て初めて気づくことかもしれませんね。

 以前,実習に来た医学生とベッドサイド回診をした際,「20代の患者さんで高熱と咳があり,目が少し赤い」と記録にあったのです。麻疹が流行っていたころだったので,「口の中を診たら診断が確定するかもね」と話して口内を診たら,やはりコプリック斑があった。そしたら,その医学生が「身体診察って本当に診断に役立つんですね。初めて知りました」と言うわけです。ひたすら検査ばかりで診察がないような環境に置かれるとそうなるのかな,とそのとき思いました。

鑑別診断を考えながら行う身体診察

須藤 次に「身体診察を医学生・研修医にどう教えるか」について,3人の実践(MEMO)から考えたいと思います。まず錦織先生,HDPE(Hypothesis-Driven Physical Examination;鑑別診断を考えながら行う身体診察の学習)をご紹介いただけますか。

MEMO 身体診察を医学生・研修医にどう教えるか(各氏の実践)

HDPE
  鑑別診断を考えながら行う身体診察の学習(Hypothesis-Driven Physical Examination)。診断への寄与(意味)を考えながら身体診察ができるようになることを目的とする。主にひと通りの基本的身体診察の手技を学習し終えた医学部4-6年生を対象とし,1シナリオ約1時間の小グループ学習を行っている。病歴情報による診察前確率の記入,取るべき身体診察と予想される所見の明確化,医師役・患者役によるロールプレイ,診察後確率の記入と討論(診断過程の明確化,感度・特異度の講義など)を行う。

身体所見の小テスト
  単純な身体所見の取り方ではなく,「どんなときにどんな身体所見を取ることによって,診断や重症度判定の検査前確率を上げられるのか」という“活きた身体所見”が試されるのがポイント。設問は短く,例えば「体位変換でのバイタル測定をしなければならない病態(2つ)は?」など,院内で使用される身体所見のフォーマットに関連付けて問われる。小テスト後の答え合わせは双方向性の議論となる。点数を競うわけではなく,同じテストを定期的(3か月間隔で年4回)に行うことによって,習得を図ることが目的。各地のワークショップなどで受講者は既に400人を超えている。「各施設で“身体所見の小テスト○○病院版”が行われていることが理想」(川島氏)。

一度みれば忘れない「SpPinな身体所見」
  SpPinとは,「特異度(Specificity)の高い所見が陽性(Positive)の場合,その疾患の診断(Rule in)に役立つ」という意味の略語。レクチャーは,須藤氏自身が臨床現場で収集した「SpPinな身体所見」の画像・動画をもとにしている。①年齢・性別・主訴+簡単な情報,②それに関連した特徴的な身体所見の画像・動画,③解説,という基本パターンで症例を疑似体験していく。1症例につきスライドは3-5枚,そのときのテーマに合わせて数十枚から120枚を次々と提示していく。

錦織 これは医学教育学分野の研究(「臨床診断の思考過程を組み込んだ身体診察学習方式の開発に関する国際共同研究」主任研究者=東医大・大滝純司氏)の一環として行っています。身体診察の学習は,私も学生時代そうでしたが,一般的に網羅的・丸暗記型の学習になりがちです。この研究では,所見の意味,特に診断への寄与を考えながら,身体診察を効果的に学ぶ方法を開発することを目標としています。

川島 私も共同研究者としてHDPEに参画していますが,最近の医学生はOSCE(客観的臨床能力試験)を経ているので,診察前に手を温め始めます。

須藤 素晴らしい。

川島 すごいと思いました。私が学生のときは,こんなことが当たり前ってことはなかったような気がします。

錦織 OSCEの影響として,若い医師の医療面接も丁寧になってきたと思います。試験があるとやっぱり学生は勉強するようですね。

川島 ただ,例えば「マーフィー徴候陽性」や「ツルゴール低下」という言葉は知っていても,そういった所見を実際にどう取るのかを知らないのです。ケースカンファレンスで多発性単神経炎の所見を提示すると「血管炎があるかもしれない」と答えますが,その所見自体を見つけることはできません。

須藤 それはOSCEの次のレベルなのでしょうね。

錦織 そうですね。このHDPEも,基本的身体診察の手技の学習を終えた医学部生を主な対象として開発を進めています。

川島 医学生のうちから,身体診察の意識付けをする必要があって,HDPEはそのよいきっかけになるのかなと思っています。

「狙った」所見を取るには

川島 臨床では,漫然と身体所見を取るのではなく,病歴から考えられる疾患を念頭において,「狙った」身体所見を取る必要がありますよね。ただ,研修医は意外とそこがわかっていない。

須藤 身体診察は,実は「頭で診る」ものです。ある程度の知識があって所見を予想していないと,それを見つけることは難しい。

錦織 そこが難しいところですよね。

川島 舞鶴市民病院で卒後3-4年目ともなってくると,当時副院長だった松村理司先生(現・洛和会音羽病院長)がベッド回診でどんな話をするかまで予想できたわけです。研修医や薬剤師さんに,「これからこの話が出るよ」なんて耳打ちしたり……(笑)。

錦織 ありましたね(笑)。

川島 カンファレンスでも,研修医がその症例に必要な身体所見を取っていないと怒られる。そういう文化が自然にありました。

 その後,市立堺病院で指導に当たることになったのですが,研修医の習得度が意外と悪かったのですね。回診で「これ,前にも教えたよね?」と確認しても,「たまたま不在で初めて聞く気がします」「前のクールで話されたんじゃないでしょうか」みたいに返されてしまう。舞鶴市民病院では,一年中同じチームで診療しているので,同じ話を何回も聞いて習得できたのだと気づきました。

 市立堺病院は病歴・身体所見を重要視する文化が浸透していますし,継続性のあるカンファレンスもあり,比較的長いローテーション(総合内科は最低12週間)で,身体診察を勉強するよい環境が整っていると思っていました。しかしそれでも,指導医は「教えたつもり」,研修医は「聞いてない」となっていたのです。

錦織 なるほど,それで「身体所見の小テスト」を始めたわけですか。

川島 それともうひとつ,錦織先生から200例の身体所見を取ったという話がありましたが,新医師臨床研修制度の内科6か月間だとそこまではできないのです。

錦織 確かに無理でしょうね。

川島 限られた症例で意味のある身体所見を繰り返し取るのは難しいので,

 「こんな患者さんが来たら,この所見を取っておいたほうがいいよ」というメッセージを,小テスト形式で伝えようと考えたわけです。

 身体所見の小テストは3か月おきに実施するので,初期研修の2年間フルに参加すれば8回です。2年目になるとこの小テストを使って1年目を教える側にまわるので,おのずと勉強して臨むようになります。

須藤 しかもこのテストは,答えを用意して...

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