医学界新聞

寄稿

2009.11.30

【寄稿】

がん化学療法推進の取り組み
――「がん対策基本法」施行から2年が経過して

田村研治(国立がんセンター中央病院 乳線・腫瘍内科グループ/外来化学療法グループ)


 「がん対策基本法」は,2006年6月16日,参議院本会議で全会一致により可決された。これは,日本人の死因で最も多い「がん」の克服のため,国,または地方公共団体等の責務と,国の基本的な施策を明確化し,厚生労働省に「がん対策推進協議会」を置くことを定めた法律である。「がん対策基本法」の中で,「化学療法」について述べられている項目は,大きく3つの要素に分けられる。

 1つ目は「がん医療の均てん化」であり,これを実現するためには,がん専門医療従事者の育成が不可欠である。2つ目は「研究の推進・臨床研究の円滑化」である。3つ目は,海外で既に使用されている薬が日本国内で未承認である,いわゆる「ドラッグ・ラグ」の問題であり,新規抗がん剤の有効性・安全性に関する国内審査の迅速化を求めている。07年4月の「がん対策基本法」の施行から2年半が経過した今,既に開始されたいくつかの取り組みに焦点を当てる。

がん専門医療従事者の育成

 がん化学療法に専門的に携わる医師(Medical Oncologist)の資格に関しては,日本臨床腫瘍学会1)の認定する「がん薬物療法専門医」がある。書類選考,面接試験,筆記試験を用いて毎年約100人が認定されている。本年9月の段階での「がん薬物療法専門医」総数は306人である。一方,米国での06年の報告によると,認定腫瘍内科医は約1万人であり,日本ではまだ絶対数が不足しているといえるだろう。医学は臓器別に構築されてきた歴史があり,それは今後も同様であるが,がん化学療法の領域では,臓器横断的に専門的な知識を有する内科医の育成が急務である。看護師においては「がん看護専門看護師」や「がん化学療法看護認定看護師」,薬剤師においては「がん専門薬剤師」や「がん薬物療法認定薬剤師」などの専門資格が整備され,有資格者も増えつつある。将来的には,これらの専門医療従事者が,がんセンターやがん診療連携拠点病院の化学療法に中心的に携わる体制が必要である。

 問題点としては,地域での医師不足,教育病院や拠点病院などの資格維持が困難であることなどを反映して,意欲はあっても専門医の資格が取りにくい現状がある。また,専門・認定看護師または薬剤師資格を取得するために,一定の期間,日常業務から離れ研修のために国内出張することを,現場が許容できない場合も少なくない。国の施策として,有資格者の数や医療体制の整備という「結果」にのみ補助金を支出するだけではなく,そのプロセスが円滑に行えるようにする観点からのサポートが必要である。

 「がんプロフェッショナル養成プラン2)」は,国公私立大学から申請されたプログラムの中から,質の高いがん専門医などを養成し得る内容を有する優れたプログラムに対し,文部科学省が財政支援を行う制度である。07年度に第1回として18大学のプログラムが選定された。各大学の「がんプロフェッショナル養成プラン」では,臨床腫瘍学の系統的な学習と実施臨床経験が可能となっており,卒業時には,学位(医学博士)の取得が可能となる。2年目を迎え,現在中間評価が行われようとしているが,実際のところ,教育体制の完成度には大学ごとに大きな差がある。個々のプログラムおよび輩出された専門医の質を客観的に評価し,施設選定の見直しも必要である。

各分野のリーダーになるべき人材を育てる

 国立がんセンターでは,図に示すようにがん診療に携わるすべての職種に対するがん研修を行っている。そのうち特にがん専門医の育成を目的とした研修には,レジデント制度,がん専門修錬医制度,および短期がんレジデント制度がある。国立がんセンターは,2010年度に独立行政法人化することが決定している。今後,未承認薬の開発や,先進的な研究により重点をおくことになるであろう。教育面においては,拠点病院における指導者教育を継続しつつ,レジデント教育で将来的に各分野のリーダーになるべき人材(Innovators)の育成により力を注ぎ,拠点病院や大学での教育のゴールとの差別化が必要である。そのほかにも,「がん対策情報センター」を中心に,専門看護師の育成,緩和ケア,精神腫瘍学,がん化学療法,放射線専門医,相談支援センター,院内がん登録など,国立がんセンターでは多様ながん対策を行っている。

 国立がんセンターにおけるがん対策研修事業

新薬・医療技術に関する新たな制度の開始

 欧米で既に承認され標準的に使用されているが,国内で未承認の抗悪性腫瘍薬などにおいて,その有効性,安全性に関する情報が十分であれば,速やかに国内においても承認し,いわゆる「ドラッグ・ラグ」を短くしていくことが今求められている。薬事法の未承認薬の開発や承認薬の適応拡大については,従来,製薬企業主導の「治験」を用いたデータ収集のみを基に行われてきたが,がん専門医療従事者や研究者主導の標準的な治療方法の開発に係る臨床研究が円滑に行われるための環境整備が進められている。未承認・保険外の使用を伴う技術を保険と併用する新たな制度としては,「医師主導治験3)」や「高度医療4)」などがある。

 2003年に薬事法が改正され,これまで企業しか行うことができなかった治験を,医師(自ら治験を実施しようとする者あるいは実施する者)が企画・実施できるようになり,これを「医師主導治験」と呼ぶ。「医師主導治験」を実施するための研究費の助成は日本医師会,治験促進センターから受ける。「医師主導治験」を実施する者は,治験に関する各種の手順書を作成し,治験薬の管理も担当し,副作用などの情報収集も行い,モニタリングや監査を実施させ,治験の終了・中止時に総括報告書を作成するなど種々の業務を担う。したがって,治験事務局,CRC,データセンター,薬剤部などの広範な職種により構成されるチームの整備が必須となる。一方,「高度医療」は2008年4月より施行されている制度である。これは,医療の高度化とこれらの医療技術に対する患者の要望などに対応するため,未承認医薬品・医療機器を用いた医療技術を一定の要件の下に「高度医療」として認め保険診療との併用を可能とし,承認申請などにつながる科学的評価可能なデータ収集の迅速化を図るものである。

 現在,新規抗悪性腫瘍薬は,海外を中心に早期から後期まで開発が行われている。海外で標準的治療法としての位置付けが確立し,承認を得た後に,ようやく国内での臨床試験(安全性試験)が開始される場合も少なくない。多くの製薬企業が,国内の限られたリソースを使うより海外中心の臨床試験にシフトすることも致し方ない面がある。「医師主導治験」や「高度医療」などの新しい制度により,製薬企業主導とは別に,研究者主導で未承認薬を用いる臨床試験5)を実施する方法は増えたが,実際に実施体制を整えている施設は限定される。また,その臨床試験の結果が,新たな承認・適応拡大につながっている例はいまだ少ない。国内の質の高い臨床試験グループが,これらの制度をいかに利用して,実地臨床につなげていくかが大きな課題である。

 「がん対策基本法」施行から2年半,確かに以前より,教育や臨床研究の整備の上での施策は増えた。それぞれの施策について,これまでの結果や問題点について中間的に評価し,修正する時期が来ていると言える。

文献
1)日本臨床腫瘍学会.
2)がんプロフェッショナル養成プラン:文部科学省.
3)社団法人日本医師会治験促進センター.医師主導治験とは.
4)厚生労働省:高度医療評価制度について.
5)厚生労働省:医学研究に係る厚生労働省の指針一覧.臨床研究に関する倫理指針.


田村研治氏
1992年広島大医学部卒,2006年名大にて医学博士号取得。95年国立がんセンター研究所,98年ピッツバーグ大薬効試験部,01年近畿大医学部腫瘍内科を経て,07年より現職。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。乳がんを中心に,多臓器の化学療法に横断的に携わる。

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