医学界新聞

連載

2009.10.12

論文解釈のピットフォール

第7回
臨床試験の“高血圧患者”は,あなたの外来の患者さんと同じ?2

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


なぜ臨床試験は「短期間」に「長期予後」を評価するのか?

 臨床試験に関する質問で多いのが,「5年ほどの試験で薬剤や治療法を評価することが適切かどうか」ということです。実際10年以上同じ患者をみている医師も多いですから,なんとなく釈然としませんね。

 本当は10年,20年と観察を続けなければならないのですが,そのような試験はほとんどありません。理由はいろいろありますが,ひとつには臨床試験には莫大な資金と労力がかかることが挙げられます。まず,文科省や厚労省の公的な研究費で現在の臨床試験にかかる費用をすべてまかなうことは困難です。そもそも長期間にわたって多くの患者を観察し,経過を追うことは大変なことですが,それに加えて以前に比べ,臨床試験に関する規制が厳しくなっています。この規制は被験者の保護を第一の目的にしているので,もちろん歓迎すべきことです。

 さらに,新薬の承認のためには科学的に厳密な評価が必要ですから,そのための規制も発達してきました。臨床試験は実験室で理想的な状況をセットアップして行う実験とは違うので,規制を守り,ある程度の水準の結果を得るためには大変な労力を要します。日本では,現時点では承認申請のための治験のみ規制(省令GCP)が適用されますが,欧米では医師主導型を含むすべての医薬品,医療機器の臨床試験が対象になります。例えば,英国ではこれまで製薬会社主導ではない,公的な資金による研究者・医師主導型臨床試験(Academic Clinical Trial)で多くの貢献をしてきました。しかし2004年から,EU内ではEuropean Clinical Trials Directive(EU臨床試験指令)により,治験,治験以外,研究者・医師主導型, 製薬会社主導型の区別なく規制がかかることになりました。これまでよりも大変な労力,資金が必要になり,“death of academic clinical trial”と嘆く研究者もいるようです(文献1)。結局乱暴な言い方をしてしまえば,お金がかかるので短く切り上げるしかないのです。

 もうひとつ,長期間の試験が特殊なものを除いて成立しないのは,試験薬を含めた治療の変遷が発生するからです。10年間かけて試験を行ってもほかの治療がリスクを下げることが判明したり,試験薬そのものが長時間作用型の薬剤などの開発で使用されなくなる場合があります。例えばHOPE研究は,血圧に関係なくACE阻害薬を使用することが冠動脈ハイリスク患者の予後を改善することをプラセボ対照の二重盲検試験で証明しました(文献2)。しかしその後,β遮断薬やスタチンの予後改善効果が報告され,数年後に発表された同様の患者での試験ではこの2剤の併用率が倍増しています。

 最近の米国の報告では冠動脈疾患患者での両者の使用は100%近くなり,目標とされるLDL値も70mg/dLまで低下しています。つまり,HOPE研究で対象となった患者の試験薬以外の治療は,現在の標準と異なるのです。古くからの研究も一緒に解析するメタ解析の弱点のひとつはここにあります。

短期間の試験で結果を得るには

 以上のような背景から,短期間の試験でも結果を出さなければなりません。現在の臨床試験は実現性を開始前に厳しく審査されるので,症例数の設定も短期間で結果が出るように考える必要があります。症例数の設定は基本的にイベント(予防しようとする疾患)の発症率と介入(新薬など)によるリスク低下を推定して行われます。

 「これまでの標準薬Aに比べて新薬Bは心筋梗塞を20%減らすことができる」という仮説を立てたとします。このとき50例の心筋梗塞を40例に減らしても,一見統計学的に有意差はつかない気がしますね。しかし,これが同じ20%でも500例が400例に減るのならどうでしょうか? あるいは1000例が800例に減るのなら? これだと差がありそうですね。したがって,薬剤の効果を評価するなら,なるべく発症が多い(リスクが高い)集団において試験を実施すれば全体の人数も少なくなるし,より短期間で結果が出ますね。高血圧だけを試験の対象とせず,心血管危険因子を3つ以上持つ,などの選択基準を用いることによって,ハイリスク患者の選択が可能です。このような事情もあり,最近の研究では低リスクの患者を対象...

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