医学界新聞

インタビュー

2009.08.24

【interview】

「看護とは何か」を問い続けて40年
――ロイ適応看護モデルの本質を探る

シスター・カリスタ・ロイ氏(ボストンカレッジ大学院教授)に聞く


 看護理論は,いまや看護教育,看護実践の場において,看護の本質を理解するための手がかりとして,不可欠なものになっている。なかでも,シスター・カリスタ・ロイ氏が発表した「ロイ適応看護モデル」(以下,ロイ適応モデル)は,日本文化に馴染むものとして,わが国の看護の基盤の1つになりつつある。

 氏がロイ適応モデルの研究に着手したのは1964年。その後,新しい内容を取り入れながら精緻化・体系化を続け,2008年12月には氏自身が著した最新の解説書として『The Roy Adaptation Model 3rd Edition』が出版された。本紙では,わが国において,ロイ適応モデルをより効果的に生かすための方法を伺った。(収録日:2009年6月27日)


――『The Roy Adaptation Model 3rd Edition』では,どのような点が新しくなったのですか。

ロイ 第2版(1984年発行,翻訳書籍『ザ・ロイ適応看護モデル』として医学書院より発行)で出てきた新しいアイデアを整理し,体系化したのが原書第3版です。基本的な構成要素は変わっていませんし,歴史などの概観的な部分にも変更はありません。しかし,看護過程の全プロセスを,構成要素に沿ってこれまで以上に体系化してまとめています。

 内容について,大きく変わった点は3つあります。モデルの仮説,それから,集団に対する適応様式を加えたこと。そして,理論構築の過程について深く言及したことです。

ロイ適応モデルと文化

――変更点について,それぞれ,詳しく説明をお願いします。まず,モデルの仮説はどのように変わったのでしょうか。

ロイ これまで,ロイ適応モデルの基盤となる仮説として,哲学的仮説と科学的仮説の2つを説明してきました。第3版では,これらの哲学的な部分をさらに深く掘り下げています。それから,新たな項目として文化的仮説を加えました。

 ロイ適応モデルは世界中のさまざまな文化のもとで使われていて,その文化的背景がモデルに反映されていることはよく理解しています。しかし,文化ごとに「こうしなければならない」と記述することは大変困難なことです。そこで今回,文化的仮説について言及することで,文化が適応モデルに影響を与えているということを明確化しました。

 例えば,個人の自己概念様式について考えたときに,文化によっては家族の役割が主体になっていて,自己概念が二次的なものになっていることがあります。つまり,適応モデルの要素がどう表現されているかというのは,文化によっておのずと違ってくる。個人の発達を無視するわけではないですが,それがどういった状況――環境,社会,文化――のもとで起こっているのかも考慮する必要があるのです。

――文化の違いを意識されたということですね。ところで,ロイ適応モデルは,日本でも多くの学校や病院で使われています。文化を超え,日本で非常によくなじんでいることについては,どのようにお考えでしょうか。

ロイ ほかの文化圏ではうまくいかないと耳にすることがありますが,日本では否定的な反応を聞いたことがありません。なぜ日本でうまく使われているのかを考えると,一つには日本の文化が西洋化されていることが挙げられるのかもしれませんね。しかし,より重要な要素は,日本の看護師が,アメリカと日本の文化的な違いを理解して,自律的に調整しながら使っていることだと思います。例えば,糖尿病の患者さんに食事指導をするときに,日本では患者さんに対して「白米は駄目ですよ」という指導はしないと思います。むしろ,その文化の中で,今の食事がどうなのかということを考えていく。そういった文化的な微調整がなされているからではないでしょうか。

集団・社会への広がり

――今回の第3版の改訂では,人間の捉え方が,個人からより大きな集団・社会へと広がりを持ってきているように感じます。

ロイ そのとおりです。今回のいちばん大きな変更は,集団としての適応という考え方をより明確に加えたことです。これまで,個々の人間の適応システムを説明するのに,生理的様式,自己概念様式,役割機能様式,相互依存様式という4つの適応様式を提示してきましたが,それらを集団に対応させたときに,どう記述されるのかということを大幅に書き加えました()。

 例えば,適応様式の一つである自己概念様式は,それぞれ個人と集団に対応するものとして,「個人の自己概念様式」と「関係のある人々の集団アイデンティティ様式」に分けて,明確に説明しています。前の版でも自己概念様式を扱った箇所に,集団としての自己概念を多少ですが記述しました。しかし,これは看護基礎教育で学ぶ学生たちにとっては難解だったかもしれません。集団に関する内容は,以前から徐々に開発・発展してきてはいたのですが,新たな形で付け加えることで,より明確にしました。

――集団についての項目を加えたことは大きな変更点だと思いますが,そこに至った背景について,もう少し詳しく教えていただけますか?

ロイ ロイ適応モデルでは,人々のかかわりは個人から家族,組織,コミュニティ,それから社会全体というように,より大きく拡大されていきます。集団としての適応を明示したのは,看護師はあらゆる環境で看護実践を行わなければいけないので,どのような環境に置かれても実践に移すことができるように,理論的に体系化する必要があると考えたからです。

 現代医療の在り方は急速に変化しています。急性期の環境が小さくなり,患者が置かれる環境は,コミュニティのほうが多くなっています。しかも,家族がかかわる部分がこれまで以上に大きくなっている。看護師が家族とかかわるということは,集団にかかわるということです。さらに,医療をめぐるさまざまな問題――例えば,今般の新型インフルエンザの感染・発症でも,1人の患者さんを治療することはできても,それだけで終わる問題ではありません。コミュニティにかかわること,ひいては世界全体に向けた視点を持つ必要があるということなのです。

 集団としてどのようにうまく機能させるかについて説明するために,多くの事例を用いています。第3版では1つの家族を紹介し,章ごとにその家族の問題・症例に関連する事例を使って説明しました。例えば,「家族のなかに障害を持った子どもがいるとき...

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