医学界新聞

連載

2009.06.22

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第54回〉
承認

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

〈表の承認〉と〈裏の承認〉

 「金銭」「自己実現」による動機づけはすぐに行き詰まるが,「承認」による動機づけは永続的で巨大なパワーとなるという(太田肇,承認欲求,東洋経済新報社,2007年)。

 承認には優れた能力や業績をたたえるとか,個性を尊重するといった〈表の承認〉と,規律や序列を守ることを重視し,奥ゆかしさや陰徳を尊ぶ〈裏の承認〉があり,加点評価に近いのが前者であり,減点評価に近いのが後者であると太田は説明している。

 さらに,日本社会の特徴として,「出る杭は打たれる」「謙譲の美徳」といった言葉が象徴するように,〈表の承認〉より,〈裏の承認〉を重視する傾向があるとしている。しかし,人間の持つ「認められたい」という欲求を真正面から受け止めて〈表の承認〉を追求し獲得できるような条件づくりが,個人はもちろん組織や社会にとっても必要であると指摘している。

 〈表の承認〉の効果は,(1)モチベーションを上げる,(2)業績への好影響,(3)離職の抑制,(4)不祥事を減らすことなどがあるとされ,日本企業のオフィスが大部屋であることが〈日常の承認〉の場となっていると述べている。しかも,〈日常の承認〉は,社員のやる気や楽しさにつながり,そのことが離職を抑制することになるというのである。

 昨今,新築の病院の中には,医師,看護管理者,事務職などがひとつのフロアに机を並べてコミュニケーションを円滑にしており,院長もその一環にあって,院長室として隔離されないつくりもある。

 こうした「承認」の作用に注目し,修士論文のテーマにしているのがAである。病院に勤務する病棟師長として,上司から部下への〈表の承認〉行為を明らかにしたいと考えている。彼女は目下,仕事と学業の両立にがんばっている。そのことを「承認」しなければならないと,私も担当教授として自らを戒めている。

 看護の世界は,確かに〈裏の承認〉が多く,〈表の承認〉の比率が少ないと思う。しかも〈日常の承認〉がきわめて少ない。〈日常の承認〉をシャワーのように浴びることのできる病棟のナースたちは定着率がよいのではないか,という仮説を立証することができるとよい。

天国からの“ありがとう”

 いつも控え目に発言し,自らを励ましながら,少し強くなったAは,ある日,「自分の病棟に入院していた患者の家族が新聞に投書してくれたのです」と,これもまた控え目につぶやくように教えてくれた。どんな内容なのか知りたいという私の強引な申し出に応えて,届けてくれたのが以下の文章である。

 「明るく優しく最期を迎えた父」と題した鈴木弘子さん(48歳)の投書は2009年4月29日の読売新聞に掲載された。

 「父が77歳でがんで亡くなりました。主治医の先生は,“明日はお会いできないから,ごあいさつをさせてください”と言って,意識が混濁している父の胸にそっと手を置き,父の名を呼んだ後,黙って見つめていました。心の中で何か語りかけているようでした。

 “遺言があるから聞いてほしい”という父の唐突な申し出に,男性看護師は30分間も聞いてくれたのです。ほかの看護師さんたちも明るく優しく,家族のように父と接してくれました。

 亡くなる2週間前,ナースステーションで皆さんと一緒に笑顔でピースサインをしている父の写真は,私の宝物となりました。

 最期も皆さんと共に見送ることができました。私は悲しみより感動で胸がいっぱいでした。父も“ありがとう”と言いながら,天国に行ったことでしょう」

 鈴木さんのメッセージは,医療がまだ崩壊していないことを示すものであり,われわれ医療人すべてに〈表の承認〉をもたらしてくれた秀文である。

つづく

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